プロローグ
むか~しむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。
おじいさんは山へ芝刈りに、という名目で密猟に。
おばあさんは川へ洗濯に、という名目で密造酒製造に行きました。
おじいさんもおばあさんも人の子。綺麗事だけでは生きていけません。だからこうして生きる為に、法律という縛りを破ってでも食べ物と、そしてたまの息抜きの為のお酒を手に入れるのです。
おじいさんとおばあさんは若い頃からこうやって生きてきました。今更生き方を変えることは出来ません。
二人が新婚ほやほやの頃、実は二人はもっと人の大勢いる賑やかな町で暮らしていました。
しかし、二人はこの頃から法律に縛られない生き方をしていて、おじいさんは保護指定動物を狩り、おばあさんはやはり密造酒の製造をして、偉い人に酷く叱られたものです。
ですが、何度叱られても二人は自らの行動を改めることはしませんでした。これが自分達の生き方だ、と開き直ってしまっていたのです。
それにとうとう痺れを切らした偉い人達は二人を町から追放してしまいます。更に二人が近くの他の町や村に行かないように、偉い人達はこれまでの脱法行為を名目に指名手配までしてしまいました。
こうして行く当てが無くなった、おじいさんとおばあさんは今住んでいる山奥に小屋を作り、そこで暮らすようになったのです。
そんな二人も、もういい年です。年々、動き回るのが辛くなってきました。
おじいさんは、最近では週に一頭、鹿を狩れれば良い方です。昔は熊も狩れる程の狩猟上手だったのにねぇ……とおばあさんにちくっと嫌味を言われてしまう程衰えてしまいました。
おじいさんは十年程前に衰えを自覚してからは、毎日の筋トレを欠かしたことはありません。おかげで筋肉はかなり付き、年齢に見合わない逆三角形の肉体を保持しています。
ですが、そんな筋肉だけでは狩猟は上手くいきません。獲物を早く見つける目も重要ですし、何時間もチャンスを待ち続ける精神力も必要です。
何より、おじいさんが狩猟をしている山は法律によって狩猟禁止区域に指定されています。なので、おじいさんはたまにやって来る政府の犬の見回りにも警戒しながら狩猟をしなければいけないのです。
「鹿いないのぉ」
おじいさんは山を歩き回りながらそう呟きます。ここ三日程、鹿を狩るどころか目撃する事すら出来ていません。おじいさんは段々と弱気になってきました。
「はぁ、早く帰って筋トレしたいもんじゃ」
おじいさんは最近、生き甲斐だった狩りが上手くいかないようになってきたことで、筋トレにより深く嵌ってしまっていたのです。今では筋トレが生き甲斐と言っても過言では無いでしょう。頭の中では今も今日の筋トレのメニューを考えています。
おじいさんが山を歩き始めて三時間程経った頃。おじいさんの集中力は完全にゼロになっていました。
いつもなら見逃さない小動物の足跡や糞を見逃してしまう程に。
「もう昼じゃ。腹減ったのぉ。鹿なんてもうこの山にいないんじゃないか? うむ、きっとそうじゃ。ワシがいつの間にか、全て狩りつくしてしまったんじゃ。そうと分かればもうこの山に用は無い。さっさと家に帰って筋トレしよ」
おじいさんはそう一人で結論付け、山を降りて行ってしまいました。一応背中の籠には木の実やらキノコやらが大量に入っていたので、食べるものに困るということは無さそうです。
「ほっほっほ、上腕二頭筋と大腿四頭筋が昂ぶっておるわ! うおぉぉおお、待っておれよ我がバルク達。今苦しめてやるからのぉ」
おばあさんは川で水を汲んでいました。この川は山の雪解け水が流れてきたもので、一年中冷たく、とても美味しいお水です。このお水が飲めるからおじいさんとおばあさんは今の家に住み続けていると言っても過言ではありません。もちろん密造酒造りにも大いに役立っています。
おじいさんとおばあさんの住んでいる国では、無許可でのお酒の製造は法律で禁止されています。
しかし、おじいさんとおばあさん、特におばあさんは若い頃からお酒を水やお茶の代わりに飲んでいた程の立派なアルコール依存症。そんな法律なんかでお酒造りを諦めたりなんてしません。
今日は、おじいさんが昨日取って来た木の実で新しいお酒を造ろうと考えているらしく、いつになくウキウキしています。
「あぁ、酒、酒が早く飲みたいねぇ」
お酒の事を考え過ぎて、ついそんな独り言も飛び出しちゃうくらいです。
川の水も充分汲み終わり、近くに建てた酒蔵(小屋)に向かおうとしたその時、川の上流から不思議な物が流れてきました。
「な、なんだいありゃ。なんかおっきいのが流れてくるけど、こんなのあたしゃ初めて見たよ」
川の流れに乗って、その巨大な物体は少しずつ少しずつ、おばあさんの方に近付いてきます。
「もしかして、ありゃ桃かい? 随分おっきいねぇ。あんな物食えるのか分からないけど、取り敢えず陸に上げてみるとするか」
おばあさんの手の届く距離までやってきてようやくおばあさんは、その巨大な物体を桃と認識することが出来ました。
年のせいか、最近遠くの物も、近くの物も見えづらくなっていたのです。
おばあさんは、見たことも無いような巨大な桃に対して、少し警戒しながらもそれを無事川から陸に上げることに成功しました。
「ほ、本当に桃だねぇ。ちゃんと匂いも美味しそうな匂いだし。よし、家に持って帰ってあのじじいと一緒に食ってみるか! もし美味しかったら、この桃を使って新しい酒を造ってみようかね」
そうしておばあさんは桃を、ゴロゴロと転がしながら家に帰っていきました。
「こりゃでかい桃じゃのぅ」
家に帰って来たおばあさんを、筋トレしながら出迎えたおじいさんはそう驚きます。
「だろぉ? あたしが川で拾って来たんだ。あんたも食べるだろう?」
「そりゃあ久しぶりのフルーツじゃからな。食うに決まっとる。しかし、桃って川で拾うものじゃったかのぅ?」
「あたしも驚いたけど、現実に拾えちまったんだからそれで良いじゃないのさ。さ、包丁を持ってきとくれ」
何だか、腑に落ちないというような顔をしていたおじいさんですが、それでも久しぶりの木の実やキノコ以外の食事という事でウキウキで包丁を取りに台所で走っていきました。
「それにしても、なぁんでこんなでっかいんだろうね、この桃」
おばあさんも家に帰ってきたことで、桃を見つけた時の衝撃から冷静さを取り戻したのか、この異常すぎる桃について考えを巡らせます。
「明らかに普通の桃じゃないけど、これ本当に食っても大丈夫なんだろうねぇ」
「食うもんもねぇし、それを食うしかねえじゃねぇか」
包丁を持ってきたおじいさんが、おばあさんの独り言にそう答えます。
「まぁ、なるようになるか。じゃぁ、あんた、やっちゃって!」
「え? ワシがこれを切るんか? なんか罰が当たりそうで嫌なんじゃが……」
おばあさんの、桃を切れという指示におじいさんは少しうろたえます。
食べるのは覚悟したけど、こんな大きい立派な桃を切るとなると、桃の精か、それとも桃の神にでも祟られてしまうような気がしてしまうのです。
「何言ってんだい! あんたのその無駄な筋肉をここで使わなきゃいつ使うって言うんだい!」
そんな酷いことをおばあさんに言われたおじいさんですが、おじいさんも確かにこんなでっかい桃、自分のような見事に鍛え上げられた筋肉が無ければ切ることはまず出来まい、そう納得してしまいます。
「よし、じゃぁ切るぞ?」
「あぁやっちまいな!」
おじいさんは覚悟を決め、包丁を頭の上に掲げると、それを思いっきり桃に向かって振り下ろしました。
スパンッ
桃は見事、綺麗に真っ二つに。
「やったね」
おばあさんがおじいさんの妙技に歓声をあげます。
桃の断面を見ようとおじいさんとおばあさんが、桃の実の部分を覗き込みます。
すると……、なんと驚くことに中には何故か赤ん坊が入っていました。
その事にとても驚き、声も出せないおじいさんとおばあさんの二人。しかしここに一人、声を上げる者がいました。
「おい、危ねぇじゃねーかッ! 俺も真っ二つになっちまうところだったぞ、コノヤロー!」
中の赤ん坊は生まれて早々、そう言っておじいさんとおばあさんに30分程猛抗議したと言います。
久しぶりの投稿、そして新作です。
あまり文字数を意識して書いていないので、一話当たりの文字数が結構バラバラになっちゃってますがご了承ください。
面白いと思ってもらえるようにこれから頑張ります!