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10話 ババアは凄い人だった

「桃太郎君、これはどこで手に入れたんだい?」


 先程までの親ばかな顔は鳴りを潜め、一転して真剣な表情をしてゲンジロウさんは俺にそう尋ねる。村長というのは伊達じゃないらしく、こうして真面目にしているととても威厳に満ちていて、ついついこちらが委縮してしまいそうになる。


「家を出る時に育ての親に貰いました。役に立つだろうって」


「よければその方の名前を聞いても良いかな?」


「えーっと……、確かユリコだったような……?」


「ッ! あなた!」


 俺がババアの名前を告げると、アヤコさんとゲンジロウさんは2人で目を合わせて驚く。


 もしかしてババアと友達? あの人死ぬほど酒好きだから、地酒や希少な酒を求めて大陸中を旅してそうだもんな。


「その反応、もしかしてババアの酒飲み仲間だったりしますか?」


「んなわけあるかッ! ……ユリコ様は我々獣人の救世主なのだ!」


「救世主?」


 救世主? 酒類免許も持ってないのに好き放題酒を造りたくて、わざわざあんな山奥の川近くに住んでいるあのババアが?


「どうやらご本人から聞いていないようね?」


「あの方は謙虚だからな」


 謙虚? 俺とジジイを食いたい幻の鹿の肉があるからと言って、確保できるまで帰って来るなと家から放り出したあのババアが? 結局その鹿は見つけるのに二週間かかったんだぞ、二週間!


「……人違いじゃないですか?」


 どう考えてもゲンジロウさんとアヤコさんの考えているユリコさんとは別人だ。性格が正反対と言ってもいい。


「いや間違いない。現に君はきびだんごを持っているだろう? それが何よりの証拠だ」


「あの……、きびだんごって、ただのだんごじゃないんですか?」


「それも教えられていないのかい!? うーん、よし! じゃあ私がきびだんごについてと、彼女が我々獣人にとって救世主と呼ばれている理由を説明してあげよう」


 ヤバい、メッチャ話長くなりそう……。早く飯食って、久しぶりのベッドで爆睡したいのに。


 金も無いのに泊めてもらえるからとずっと下手に出て敬語も使っていたが、ババアの昔話なんて毛ほどの興味も無いし、きびだんごなんてさっさと処分したいくらいだからどうでもいいんだよ。


「あの……、三行で説明お願いします」


「あれはそう私がまだ若く――って三行ッ!??」


 俺は長話が聞きたくなくてつい三行での説明を要求してしまった。ゲンジロウさんもとても驚いている。俺もつい本音が出てしまって驚いた。


「桃太郎君、これはけっこう内容の濃い話だから、三行って言うのはちょっと……」


「三行でお願いします! 三行じゃなきゃ嫌なんです!!」


「桃が三行って言ってる。それに、わたしも長い話はイヤ……」


 ここでずっと沈黙を保っていたサヤカがここで俺の援護射撃。 


 いや今の言い方的に、ただ自分が長話を聞きたくなかっただけなような気もする。


 サヤカってあまり積極的に自分から喋らないくせに、人の話を聞いているのも好きじゃないっぽいね。なんて面倒な奴なんだ……。


「サヤカ……、君までそんなことを……。パパちょっと悲しい」


 ゲンジロウさんは、せっかく若い子に昔話をしようとしたら初っ端から拒否されて少しいじけてしまっている。


「あなた、三行で頑張って?」


「お願い……」


 それを瞬時に察した奥さんのアヤコさんと、娘のサヤカは2人しておねだり攻勢にかかる。そんな2人の言葉を聞いたゲンジロウさんはいきなりソファーから立ち上がり、


「はぁーはっはっは! 愛する妻と娘にそこまで言われたなら仕方ない! 本当は3時間程掛けてじっくりと話したかったが、ここは三行にまとめて語ってしんぜよう」


 なんかめちゃくちゃテンションが上がっておかしな口調になってしまっている。


 この親父、3時間も話し続ける気だったのかよ! 危ねー。良かったぁ、三行にしてもらえて。


 同じく色々と事情を知っているらしいアヤコさんも、3時間掛けるつもりだったという事実に驚いて危なかったぁとタオルで冷汗をぬぐっている。


 ゲンジロウさんは、頭の中で文章をまとめる時間をくれと言って、それから一分もしない内に語りだした。


「20年以上昔、近くの大国が獣人の町や都市を自国の支配下に置こうと攻めて来たんだ。そこで助けてくれたのがユリコ様。国の20%もの兵士が攻めてきていたのに我々の先頭に立ってその全て追っ払ってくれた。そして戦いが終わったら、きびだんごでケガ人も治療してくれたんだ」


 おぉ、ちゃんと三行でまとまってる!(PCで読んだ場合)


 てかババアヤバくね!? 国の20%の兵士撃退したの!?? 獣人たちもいたとはいえ人間業とは思えねえ。  


「といった感じだ。私もあの時は利き腕を失くしてしまってな! 同じく戦場にいたアヤコに随分と心配されてしまったものだ」


「この人ったら腕を吹っ飛ばされてもお構いなしに敵に向かって行こうとするものだから……。気持ちはわかるけど止血くらいして行きなさいって、私が無理矢理前線から引き離したのよ? まったく、血が流れ過ぎたら戦えなくなるじゃない!」


 アハハハハと仲良さげに笑い合うゲンジロウさんとアヤコさん。



 ――……ドン引きである。



 一般人である俺からしたら、利き腕を失くして冷静でいられるのもおかしいと思うし、ましてやそのまま戦いに行くとか狂人としか思えない。さらにこれまで常識人的な振る舞いをしていたアヤコさんまで、心配しているのは夫の安否ではなく如何に長く戦い続けられるかにあったという事実。


 怖い、獣人怖い。


 そう言えばサヤカも俺の狩りの腕に惚れたとか言ってたな。え、なに獣人って考え方まで動物的なの?


「初めて聞いた……。楽しそう……」


 サヤカも初めて聞く両親の戦闘談話を聞いてテンションが上がってしまっている。これ聞いて楽しそうって、どうなってんのこの家系。


「きびだんごでケガ人を治療したと言ってましたが、ということはきびだんごは回復薬的な何かなのですか?」


「回復薬……というのが何かは知らないが、怪我を治療するのに最高の薬であることは確かだ」


 回復薬無いのか……。異世界なのに。


「この人の腕もきびだんごを食べて復活したのよ?」


 確かに目の前のゲンジロウさんには腕がちゃんと二本生えている。ええ!? きびだんごってそんな凄い物だったの?


「すごい……」


 サヤカもきびだんごの驚くべき性能にとても驚いている。


 ババアの魔法の性質を考えれば、確かにそんな物も作れちゃうかも。


 この世界で魔法が使える人材はかなり希少だ。というのも魔法は生まれながらの才能に完全に依存していて、才能を持っているものなら赤ん坊の時から癇癪と同時に魔法をぶっ放すし、才能の無い者はいくら努力しても魔法は100%出せないらしい。


 さらに、魔法が使えると一言で言ってもその使える魔法は人それぞれ。火の魔法が使える者、水の魔法が使える者と一人が使える魔法の系統はかなり限定されており、物語のように一人で何でもこなせてしまう魔法使いというのは存在しないと言う。


 そして、ババアの魔法の系統はと言うと、時だ。


 ババアは時間に関する魔法が使え、逆にそれ以外の魔法は使えない。


 まぁ時間の魔法と言っても世界の時間を巻き戻すとか、未来にタイムリープするとか、そこまで大掛かりなことは出来ないらしいけど。


 ちなみにババアはこの時間魔法を使って酒を短時間に大量に作っている。発酵や熟成させるのにすごく便利なんだとか。なんて才能の無駄遣いなんだ……。


 とはいえ、そういう魔法の系統が使えるババアだからきびだんごがそんなびっくり性能をしていてもおかしくない。きっと肉体の時間を巻き戻してるとかそんな所だろう。


「――――と言うことがあって、私達が何か恩返しをと言ったら彼女はにっこりと笑ってね、「旨い酒をくれ」って言うんだ。それだけじゃ受けた恩を返せないって皆言うんだけど、彼女はまた笑って「報酬はこれで充分さ」と言ってたくさんのお酒を抱えて帰って行ったよ。実力だけでなく人格まで素晴らしい人だった」  


 俺がババアの魔法について考えていたらゲンジロウさんがやはり三行だけでは物足りなかったのか、ババアの素晴らしさについて滔々と語っていた。


 ……ババアを英雄視しているゲンジロウさんとアヤコさんには悪いが、ババアは無償で人助けをするような聖人では断じてない。


 むしろ俺のように、自分の為になら他人を蹴落としたり罠に嵌めることも厭わない人間だ。これはジジイも同様である。だからこそ、この話にはかなりの違和感を感じずにはいられない。


 ババアが何故獣人たちを救ったのか。


 これはババアの「旨い酒をくれ」というセリフが全てを物語っているように思う。


 大国に獣人たちの町や都市が吸収されたらどうなるか。


 税金が発生したり、戸籍制度が取り入れられたりと様々な事柄が大国のやり方に沿う形に切り替わることだろう。そしてなによりも、酒造りが免許制になるのが大きい。


 酒を造るにはまず免許を取り、そしてその製法を国に申請しなければいけない。さらに場合によっては、国が認める安全性のある造り方に指導されてしまう可能性もある。


 獣人には酒好きが人間よりも圧倒的に多いらしく、だからこそ一族秘伝の酒や地酒の種類も豊富なんだとか。そして獣人は仲間意識が強く、身内以外にそうした先祖代々伝わる秘伝の酒の製法が伝わるのを良しとするとは考えにくい。


 つまりだ。そのまま獣人の町や都市が全て大国に吸収されると、代々受け継がれてきた酒の味が変化したり、あるいは失伝したりする恐れがあるのだ。


 これを何よりも酒を愛してやまないババアが許すはずが無い。


 きっとババアはこの事実に気が付いて獣人を助けることにしたのだろう。そして見事報酬としてなかなか表に出てこない酒を大量に貰った。


 ババアは神の舌を持っている。食べた料理に入っていた食材や調味料の種類、分量は勿論のこと、焼く、煮る、蒸すなど、どういった製法でどういう時間配分で作られているのかまで正確に当てて見せる特技を持っている。


 きっと貰った酒も飲んですぐにかなり細かい製法まで看破したことだろう。そして今では確実に自分で再現できるようになっているハズ。


 あの強欲なババアが報酬はこれで充分と言ったのも頷ける話だ。


 いくら金を払っても教えてもらえない門外不出の酒の製法をいくつも気前よく教えてもらったようなものなのだから。


 ババアにとってはこれ以上ない最高の報酬だっただろうさ。きっとババアは酒をくれた獣人だけでなく、獣人の町を攻めて来た大国にもとても感謝したことだろう。そうでなければこうも簡単に恩は売れないからな。


 ――当時のババアの考えはこんな感じで十中八九間違いない。


 この事実をゲンジロウさんとアヤコさんに教えるか……。


 いや、やめておこう。身内のよしみだ。せっかくこんなに感謝してもらえているのにそれをぶち壊すことも無いだろう。


 いつかその気持ちを盾にして、なにか頼み事をする日が来るかもしれないからな。 

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