??話 未来のお話
ある程度物語が進んだ後のお話です。
思いっきりギャグに振り切った話ですが、将来的にはこんな感じになるよというお試し版だと思って読んで貰えれば幸いです。
勿論、この話は飛ばして読んでも何の問題もありません。
「引退してニートになろうと思う!」
会議室に集まったいつものメンバーを見渡して、俺はそう高らかに宣言した。
「まーた太郎がおかしなことを言い始めたよ」
俺の決意表明を聞いた途端、皆が『あーいつものね』みたいな表情をして、爪の手入れやら読みかけの本を開くやらと自分の作業に没頭し始める。
「おおい! 今回は本気! 本気なんだ!」
周りのリアクションからも分かるように、俺の引退宣言は今回が初めてではない。
いつも引退したいと強く実感するたびに、何かしら行動に移し、そして失敗してきた。
「そう言ってこの前も島を飛び出して龍を討伐してきたじゃない」
……あれは酷い事件だった。
引退しようと島から逃げ出したら、山奥で龍とバッタリ出会っちゃったんだもん。
この世界で龍と言えば名実ともに最強の生物。俺みたいな一般人なら出会って5秒で即死亡だ。だから俺は死ぬ気で土下座した。機嫌を取るために一発ギャグもやった。決して敵意が無いことを示すため、全裸になった上で。
そんな俺の誠意が通じたのか、それとも哀れだと同情されたのか、龍は俺を見逃してくれた。
そして――――
――――何故か龍は俺を無理矢理背中に乗せて、俺が元いたこの島まで連れて戻したのだ。
後で聞いた話だが、龍は人の記憶をある程度読み取れるらしい。きっと俺の住んでいる所までサービスで送り届けてくれたんだろうとの事だったが、俺からしたら完全に余計なお世話であった。
あの時の皆の驚いた顔は忘れられない。
「いや討伐じゃないから。今も龍ピンピンしてるし」
「確かにね。でもお土産として抜けた牙まで貰ってたわよね? 龍が自分の牙を送るのは親愛の証よ? 龍にそこまで認められるなんてひょっとすると討伐以上の快挙かも」
あの龍、頭おかしいだろ。なんで全裸で土下座と一発ギャグを披露してきた相手をそんなに認めちゃうんだよ、クレイジー過ぎない?
……まぁ今はそんな頭のおかしい龍の事はどうでもいい。
俺が如何にして引退するかだ!
ここにいる俺の仲間達はべらぼうに強い。そして頭も良い(1人を除いて)。
だが俺はそうじゃない。
いつの間にかこの島のトップに据えられてしまったことも考えると、このままでは多くの人に迷惑が掛かる。……それか普通に実力不足で死ぬ。
ということで、皆や俺自身の為にも一刻も早く俺は引退しなくてはいけないのだ。
「はい、じゃあ俺が引退する良い案ある人!」
「アタシら頼みなのかよ……」
「俺の案は今まで散々失敗してきたからな」
そう言って周囲を見渡すと、ヒナが元気よく手を挙げた。
「はいはいはい! ヒナに名案があるよ!」
「聞こうじゃないか」
「お兄ちゃんは今、この島の王様みたいなものでしょ?」
「まぁ何故かそうなってしまってるな」
「だからお姫様になっちゃおう!」
「何故そうなった!?」
ヒナがどういう発想でその結論に至ったのか、まるで理解不能だ。ていうかニートになりたいって言ってるんだけど……。お姫様って働いてるよね?
「だって王様はみんなのために一生懸命働くけど、お姫様は毎日ケーキを食べてればいいんだよ?」
「酷い偏見だよ! お姫様だって頑張って仕事してるはずだ!」
「ううん、そんなことないの。お姫様は生きてさえいれば、それが国民の最大の喜びになるんだよ?」
「そんな国民はどうかしてると思うよ? というかヒナの中のお姫様は人生が生温過ぎる」
「え、お姫様って生ぬるい人生を送る代表格だよね?」
「謝れ! 全世界のお姫様に謝れ! 昨日うちに来てたお姫様なんて胃薬中毒で不眠症なんだぞ!」
あのお姫様、最近胃が痛い事がデフォになったおかげで5キロ瘦せたって喜んでたからな。痩せ方が不健康すぎる……。
「あ、あれもお姫様だったんだ」
「今までどういう認識でいたの!?」
国のためにあんなにも毎日激務をこなして頑張ってるのに、お姫様と認識されていなかったなんて、あまりに哀れだ……。
「笑顔に陰りのある人はヒナの中ではお姫様じゃありませんので」
「意外とヒナの中のお姫様基準が厳しい」
そしてヒナから見ればあのお姫様の笑顔には陰りがあると。確かによくよく思い返してみれば、彼女は睡眠不足特有の狂気を感じさせる怖い笑顔をしていた気がする。ヒナよく見ているな。
「ということで手始めに、お兄ちゃんはちょん切ればいいと思う!」
「なにを!?」
いやナニの事だというのは分かってるが……相変わらずヒナは悪意の無い笑顔で酷い事を口にする。
ヒナはあまり冗談を言うタイプではない。つまり、本気で俺はアソコをちょん切れば良いと思っているのだ。ヒナ……恐ろしい子!
思わず内股になってしまった俺は、これ以上ヒナの案を聞くのが怖くなったので緊急避難先としてサヤカに話を振る。
「さ、サヤカはなにか案があるか?」
「うん、桃はわたしが養う……!」
「いや結婚はしないからな?」
確かにニートになれば金が稼げない。その点について今から何かしら対策を練っておかなければいけないだろう。
だが結婚して養ってもらうという選択肢は無しだ。
結婚なんてしたらそれはニートではない! 主夫だ!
俺は誰の目も気にせず、毎日ダラダラとゲームをしたり、本を読んだり、奇声を上げたりと自由を満喫したいのだ。
ということでいつもの結婚して!の流れになる前に、俺は先んじて結婚を断る。
「大丈夫。わたしと子どもさえ作ってくれれば……」
「いやいやいや、全然大丈夫じゃないよねそれ!」
もはやヒモっていうレベルを超えてるよ!?
子供は作るけど金を貰ってニート生活を続けますって、俺とんでもないクソ男じゃん!
「ノノ、よく見なさい。あれが女の敵よ。ああいうのを野放しにしてはいけないわ」
「女の敵。女の敵。女の敵。野放し、ダメ。太郎、殺す」
「ちょっと殺すって何!? 俺まだ何もしてないよ!? それにリリア! なに妹を洗脳しようとしてやがる!」
リリアとノノが俺達を指差してとんでもないことを話してた。
「心配しないで? 私の手は汚さないから」
「こっちは自分の心配してるんだよ! てか自分は指示だけして実際に手を下すのは妹って、お前は悪魔か!」
にっこりと清々しい笑顔でそう言い切るリリアはやっぱり悪女の素質がある。
「お兄ちゃん……。やっぱちょん切る?」
「ちょん切らないよ! そうやって隙を見てはちょん切ろうとするのはやめろ!」
ヒナはどれだけ俺のアレをちょん切りたいんだよ。俺が女になってヒナに一体何のメリットがあるって言うんだ。
「気にしないで桃、認知はしてくれなくていいから……」
「俺サヤカにそこまでクソ男だと思われてんの!?」
ニート第一志望の俺だって、子供が出来ら働くよ(多分)? 認知だってするよ(絶対)?
ほら、サヤカが変なこと言うからリリア、ノノ、ヒナの3人が俺をゴミを見るような目でじーっと見てる!
あ、リリアがゴミ袋を持って来た。なんだ? ゴミはゴミ袋にってか? やかましいわ!
ノノなんてなんか準備体操始めちゃったよ? うわシャドーボクシングまでしてる! 絶対俺をボコボコにするつもりだ!
ヒナ! どっからハサミなんて持って来た! やめろ! ハサミをシャキシャキしながら俺の股間を凝視するんじゃない!
「サヤカ、万が一、いや億が一子供が出来たらちゃんと認知するから。……いやいや結婚するから!」
あまりにも周囲の視線が怖すぎて、俺はサヤカに謎の宣誓をさせられる羽目になった。……まだ童貞なのに。
認知と言ったまでは3人共、殺しますよ? みたいな目で俺を見ていたが、結婚の二文字を出したらうんうんと穏やかな笑顔になったので、きっと彼女達の中の合格ラインを超えたのだろう。
「よし、これで私も子供さえ出来てしまえば――」
「しっしっし、子作りか。腕がなるぜ!」
「じーーーー」
なんかサヤカの為というより自分たちの為に怒ってたっぽいけど気にしないことにする。
あとヒナ、いつまで俺の股間を見つめ続ける気なんだよ!
「結婚……結婚……桃と結婚…………」
サヤカは結婚と言う言葉で妄想の世界にトリップしてしまっていたので次の案だ!
「じゃあ次、ノノ」
「おう。アタシは手っ取り早く、引退を邪魔する者を全てぶっ潰していけば良いと思うぜ!」
「物騒過ぎない!?」
出会った時からノノは脳筋だったが、最近はそれが益々加速してきている気がする。ここにいるメンバーで唯一、俺よりも馬鹿だ。
「世の中、大抵のことは拳で解決できる。引退もまた然りだ!」
そう言ってノノは再びシャドーボクシングを再開する。
拳を繰り出すたびに、シュッ、シュッと大きく風を切る音が鳴って、当たったらとても痛そう。
「もうちょっと穏当な手段を求めたいんだけど……。あれ? てかノノが拳で解決出来ないこともあると思ってるのは意外だな」
「あぁアタシだって馬鹿じゃない。世の中そう上手くいかないことくらい十分理解しているさ」
「ちなみにどんなことが拳ではなんとも出来ない事だと思うんだ?」
「例えば……元〇玉かな?」
「元気〇!?」
「あぁ、流石のアタシでも〇気玉を繰り出されたら、拳で簡単に跳ね返すのはちょっと躊躇うからな」
「元気〇出されても躊躇うだけなんだ! てか拳で跳ね返すって魔〇ブウよりすごくね?」
「あぁ、なにせ相手のとっておきの大技だからな。楽々無効化されると展開的に萎えるだろ? 勿論、その後に覚醒シーンがあるというのならその前振りとして、絶望を与えるのはアリなんだがその見極めが非常に難しくてな……」
「何でさっきから漫画の敵目線なの!? ってかノノは一体何者なんだよ」
以前から思っていたが、こいつらの地球の知識は一体どこで身に着けてるんだろうか……?
「まあそんなアタシの最近の悩みはともかく、引退するだけなら頭を使う事なんて無いだろ! 悪即斬! みんな殺しちまえ!」
「結論さっきよりも物騒になってない!? 殺すのは無し! あとぶっ潰すのも無しで!」
「えぇ? 太郎はわがままだなあ。殺すのも無し、潰すのも無しじゃ、この先、生きていけねぇぞ?」
「生きていけるわ! お前だけ世界が世紀末にでも見えてんのか!」
「え? てことはもしかして、太郎には見えてねえのか? 今も会議室の中をモヒカンヘッドの集団がバイクで爆走してるんだけど……」
「んなわけあるか。…………え、ないよね? ちょっと皆やめてよ」
俺以外の全員が、あたかも会議室を走り回っているバイクの集団が見えているかのように、『前から2番目のモヒカンは芸術品だな』とか『あれは売ったら高そうなバイクね』とか言いながら視線をくるくると回し続けている。
「昔からモヒカンは馬鹿には見えないっていうけど、もしかして、お兄ちゃん…………」
「いやいやいや、なにその裸の王様的なアレ! 馬鹿には見えないモヒカンって何!? 意味不明すぎる!」
そんな俺の言葉に、皆がうわぁこいつ見えてねぇのかよという表情を向けてくる。
こいつらたまに俺をのけ者にして一致団結するよな。俺はドMじゃないのでそんな視線には長時間耐えられないよ!
という事で強引にこの空気を変えるため、最後にリリアの意見を聞く。
「ようやく私の番ね」
リリアはまだ何も言っていないのにも関わらず、俺の視線を受けて一瞬で自分の番だと察したようだ。
「まず、現状の桃太郎の立場を考えると、引退というのはまず不可能ね」
この中で一番頭の良いリリアは現実的な観点から俺の引退は不可能と断じる。
え、ニートになるどころか退職も出来ないの?
「不可能って、流石にそれは言いすぎだろ……」
「いいえ事実よ。この地に住まう者は皆あなたを深く信頼しているし、あなたの話を聞きつけて続々とこの地に向けて人々が集まっているわ。中にはあなたを崇拝している者だっている」
「崇拝ってそんな大げさな……」
「そう言えば……つい先日、桃太郎が祀られる神社が建ったわね」
「俺を祀る神社!?」
「ええ、狛犬の代わりにサヤカの銅像が階段を上がってすぐの入り口にある、すごい力の入れようだったわ」
「嬉しい……」
何その神社、ちょっとヤバすぎだろ! てか俺まだ生きてるんですけど!? 生きている人を祀るっておかしくない!?
「驚いたのは、サヤカの銅像がビキニ姿できわどいポーズをしていたことね。ご丁寧にカラーリングまでされていたわ」
「それって本当に神社なの!? オタク文化炸裂しすぎじゃね?」
「桃、安心して? 本物の裸は桃にしか見せないから……」
「いや嫉妬してるわけではないからね!?」
それにしても神社にそんな俗物的な物を置いて、各方面から怒られないものなのか。
「入り口からさらに奥へ進むと、大きな門があって、そこには左側にノノ、右側に私の像があったわ。ちなみに勿論ビキニ姿でカラーリング済みよ?」
「阿形像と吽形像の代わりがそれ!? てか普通それがあるのって寺だよね?」
「ア、アタシのまであんのかよ……。照れるなぁ」
ノノは恥ずかしそうに顔を赤らめ、右手で後頭部をさすってる。
「何でお前はちょっと嬉しそうなんだよ……」
普通自分のビキニ姿の像があったら嫌がると思うんだが。うーん、女ってミステリー。
「ねぇねぇ! ヒナはヒナは?」
「……流石にヒナちゃんの像はまだ無かったわね」
あ、ヒナは無いのね。まあそりゃそうか。だってヒナが肉体を手に入れたのはつい最近の話だしな。
「うー、ざんねん」
「それにしても、そこまで気合が入ってる神社なら、俺の像は一体どんな凄いものになってるんだ?」
実物大ガンダ〇並の巨大な像か、はたまた眉毛の一本一本まで再現した超精巧な像か。
「あぁ桃太郎の像も無いわよ?」
「無いの!? 仲間の像はとんでもなく気合が入ってるのに肝心の俺の像無いの!?」
「本堂に果物の桃が1個置いてあるだけね」
「俺の扱いぃー!! その神社どうなってんだよ! 明らかに俺を祀るための神社というよりは、お前らのエロい像を造るための口実として俺を祀ってるだけじゃねーか!」
「……という感じに今、桃太郎に引退されたら確実に暴動が起きるわ」
「今の話を聞いたらそんなことも無いんじゃないかと思えるけどな」
「だから桃太郎。引退したかったら、為すべきこと為した後にしなさい。そうすれば皆納得してくれるわ」
「為すべきこと……?」
俺に為すべきことなんてあっただろうか? 全く思い付かない。
「そう、世界征服を成し遂げてから!」
「俺に対する期待が重すぎる!」
世界征服とか、そんなゲームの悪役みたいな目標達成できるわけがないだろうが。
というか逆に、世界征服達成しないと俺の引退って認めてもらえないの? 前途多難過ぎない?
「安心して? 世界中の殺し屋は既に私の支配下にあるわ」
「こえーよ! 殺し屋がリリアの手中にあるという事実が何よりも恐ろしすぎるよ」
「ふふ、私が一言命じるだけで、世界中のどんな大物も一瞬であの世行きよ? あ、今日の私の運勢を最悪の結果にしたテレビの占い師にもここらで死んでもらいましょうか」
「ヤバい、一番殺し屋への命令権を手に入れちゃいけない人だこの人」
そして占い師の人、とんだとばっちりすぎる。
「そうそう、世界中の拷問官達も今では私の可愛い部下なの」
「さっきからチョイスがおかしいだろ! どうやったらそこまでダークな人材だけを集められるんだよ」
「さぁ桃太郎。私がアシストしてあげるから、引退するためにも世界征服を成し遂げましょう!」
「途轍もない量の血が流れる世界征服になりそうだな……」
ダメだ。これだけ引退する案を集めたのに、まるで引退できる気がしない。
「もう諦めろよ太郎。お前に引退は無理だ。てかアタシがさせねぇ」
「そうそう、お兄ちゃんがニートになったらヒナ達も困っちゃうんだからね」
「桃、諦めて……?」
「というか、もし桃太郎が引退したら当然私達も付いていくわよ? そうなったらとてもニートになんてなれないと思うけど」
くそ、このまま引退できなかったらマジでいつか死んじまう。
なんとか、なんとかしなければ……。
俺の名は桃太郎。
引退してニートになりたい者だ。