誰にも解けない暗号
楽しんでいただけると嬉しいです。
「サンズ君!サンズ君!ちょっと来てくれ!」
年甲斐もなく興奮した様子の博士の呼びかけを聞き、助手のサンズは真新しい厚手の白衣を羽織り、ゆっくりと向かった。
「どうかされました?」
「ついに、遂に完成したんだよ!とにかく見てくれ!」
指し示されたモニターには、乱雑に連ねられた文字列がびっしりと表示されていた。
「プログラムAに文章を入力したんだ。そして改変されたこの文字列を従来の暗号解析機に入れたんだよ。」
目は血走り鼻息を荒くさせる博士。サンズは今まで何度も見た光景に内心 またか… と思いながらも、祖国に尽くすことができるかもしれないという喜びから、期待せずにはいられなかった。
「解けなかったんだ、従来の解析機のどれも、何時間かけても解けなかったんだ。でもこの文字列をプログラムBに入れると…ってあれ…間違えた。」
博士は興奮のあまり、間違えて文字列を印刷してしまった。少し離れたところにあるコピー機からでろんと一枚の紙が吐き出される。視線を戻すと、プログラムBに文字列を入力している。手が震えて操作がおぼつかないのか、普段の何倍もの時間がかかっている。しかし無理もないことだった。
第三次世界大戦が激化の一途をたどる今、兵器の開発よりも優先されていることがあった。暗号開発である。情報社会である今、通信の傍受対策は作戦の成功率を考えた時に無視できない要因であった。しかし傍受されないというのは難しいこと。そこで目を向けられたのは暗号であった。傍受してもその暗号が解析されなければ、作戦が漏れることは無い。すると敵の行動が分からなくなり、常に後手に回ることになる。すなわち、解析困難な暗号を開発できれば、一気に優位に立つことができる。暗号開発は各国の急務であった。
それはここドイツでも同じ。博士はそんな世の中で功績を遺すべく、個人で開発をしている奇人であった。
入力が終わり、解読進行のパーセンテージを二人で見つめていると、コピー機から吐き出された紙が床に落ちた。二人はその音に気を取られ、視線を外した瞬間に解析が突然終わり、文章が表示された。それが目に飛び込んだ瞬間、二人は立ち上がり抱き合った。
「見てくれ!ほかの解析機では解けなかった暗号を、このプログラムBは解いている!成功だ!誰にも解けない暗号を、遂に発明したんだ!」
「ついにやったんですね、博士…!」
「助手であるサンズ君のおかげだよ…、君の意見は私に気づきを与えてくれた。この暗号は私と君との合作だ!」
二人は心の底から喜んだ。
「これでドイツに貢献することができる…私の名声も轟くぞ…!」
「ええ、ロシアの民としてこれほど喜ばしいものはありません!」
「え?」
そういうとサンズは、白衣の内ポケットから拳銃を取り出して博士に突き付けた。
「あなたに限らずに、ドイツ国内で大きな成果を上げる可能性が考えられる人物には、大抵私のようなスパイが傍にいますよ。人員の無駄遣いだという輩も少数居ますが、それが間違いだということがこの私によって証明される…!なんせこれほどの成果を祖国に持ち帰ることができるのですから!」
乾いた銃声と共に博士の脳髄がブチ撒かれた。
「ああ、やってしまいました、ここまで汚すつもりはなかったのですが…。」
苦楽を共にした相手を何の躊躇もなく撃ち殺したサンズ。その顔は多幸感に満ちており、罪悪感などは微塵も感じさせないほどに晴れやかであった。
辺境の古ぼけた一軒家の一室。その場で起きた凄惨な事件の痕跡は、跡形もなく消え去っていた。研究資料もパソコンもその他電子機器も、腐りかけた木製家具以外の全てが持ち去られていた。ダイニングテーブルの上に綺麗に置かれた一枚の紙には、謎の文字列が書き連ねられていた。
こんな感じでショートショートを書いていこうと思います。少しづつでいいからうまくなれるといいな。