9.魔王、シャノンの素顔を知る
来週一杯忙しいので来週更新できないかもです。ただ、これが今年最後の忙しい週間のはず。
「それでは、認識票の作成に移らせて頂きますね。ええと、今からの発注だと、完成は明朝になりますが――」
「ああ、イザベルくん」
イザベルが話を進めようとしたところに、またまた後ろから割り込みを入れる所長のトム。
「今度は何ですか、所長?」
「投げるぞ」
「え?」
イザベルが振り向いたところに、再び本に目をやっていた所長は、視線を本に置いたままに何かを放り投げた。それは見事な放物線を描いて、イザベルの手の中に収まったのだった。そして彼女は、その二つの金属片を目にして、驚きの声を上げる。
「これは……イセスさん達の認識票じゃないですか! 試験結果が出る前に発注されてたんですか?」
「ああ、この人達が落ちるわけ、無いからね。――規格外に強かった、だろ?」
「あ、はい。確かに、仰る通りでしたが……もしかして、イセスさん達をご存じだったんですか?」
「まさか、初対面さ。オレの勝手な見立てだよ」
二人のやりとりを見ていたイセスは、シャノンの兜の側面に唇を寄せて耳打ちする。
(シャノンよ。余は完全に人間に見えておろうな?)
(はい、角も翼も出ておりませんし、魔気も隠蔽できています。特に違和感はないはずですが)
(まあ、目利き、という奴なのじゃろうな。ふむ、冒険者ギルドのトムか。覚えておく事にしよう)
◇ ◇ ◇
ひそひそ話し合っている間に、トムとイザベルの話も終わっていたようだ。イザベルは机の上に認識票を置いてイセス達の方に向き直る。
「それでは、イセスさん、シャノンさん」
「うむ、なんじゃ?」
「はいはい、何でしょう?」
「これで、冒険者登録は完了しました。この認識票は帝国内での身分証明証として使えますので、無くされないようにお願いします」
そしてイザベルはイセス達の方に認識票を差し出した。イセスはつまみ上げた自分の認識票、首に掛けられるような鎖がついた金属の小片をしげしげと観察する。
「ふぅむ」
名前に生まれ年、認識番号らしき記号が彫り込まれている。
「なるべく肌身離さずお持ち下さいね。あと、もし、この認識票を身につけた死体を見かけられた場合は、認識票の回収もお願いします。ギルドからも報奨金が出ますから」
「うむ。ま、気には留めておこう」
と言いながら、認識票を首に掛けるイセス。シャノンもそれに習って掛けようとしたが、鎖が兜を通りそうになかったので、とりあえず懐にしまい込もうとしていた。
「あ、それから、シャノンさん」
「私ですか?」
イザベルに声を掛けられたシャノンは、軽く首を傾げた。
「はい、最後に、申し訳ないんですが……兜を脱いで素顔を見せていただけませんか?」
「素顔……ですか?」
唐突なお願いに、今度は逆の方向に首を傾げる。
「はい、登録時に髪と瞳の色の記入は頂いていますが、詐称を避けるためにギルド職員の目視確認が必須なんです」
シャノンはしばらくの間完全に固まり、ようやく絞り出すような声を出した。
「ど、どうしても、必要なんですか?」
「はい、規則ですので」
にこやかに、しかしきっぱりと返すイザベル。イセスは固まったままのシャノンの肩をぽんと叩く。
「シャノンよ、あきらめい。そういえば余もお主の素顔を見た事無かったわ」
「は、はい……分かりました。はぁ」
シャノンは、おずおずと自らの兜に両手をやった。細かく左右に動かし、ガチャリと音を立てる。固定が外れた兜を、ゆっくりと両手で脱いでいった。
兜が完全に脱げた瞬間、編み込んで纏め上げられていたブロンドの後れ毛が、ぱさりと垂れ下がった。その素顔は、イセスより僅かに年上に見えるだろうか、年の頃は二十代前半に見える、美しい女性のものであった。
化粧っ気は特にないようだが、その唇は虹色に輝き、色白の頬は少し汗ばんで上気している。兜を脱いでいる間に閉じていた目を開くと、そこには涼しげなライトブルーの瞳が揺れていた。
「あらら、これはまた美人さんじゃない♪」
「参ったな、女の子だったのか」
その素顔を見て、色めき立つ"蒼炎の飛竜"の男性陣。もっともロッドの方は、自分より年若(に見える)女の子にあっさり負けた事に対する自虐感もあったようではあるが。
「こ、これで、よろしいでしょうか?」
兜を被っていた時は、反響して性別不明の金属質の声であったが、素顔の今は年相応の少し高めの柔らかい声質であった。
「……」
兜を脱いだシャノンの素顔を、イザベルは真剣なまなざしで見詰めていた。そして周囲の人間もまた、シャノンの素顔に視線を集中している。
もともと上気した顔ではあったのだが、皆の視線が集中しているからか、次第に赤みを増していき、その額には脂汗が浮かび始めていた。
次第にシャノンは首をすくめていき、胴体側の鎧のパーツでなんとか顔を隠そうとしているようだった。
「あの……?」
もう辛抱たまらないと声を上げたところで、ようやくイザベルは口を開く。
「髪の色はブロンド、瞳の色はライトブルー……はい、間違い有りません。確認しましたので、兜を被っていただいて結構ですよ」
その声を聞くやいなや、シャノンはそそくさと兜を被り直し、大きく息をついたのだった。
「ふぅ~っ」
その姿を見たイザベルは再び笑顔を浮かべ、イセスとシャノンに向かって改まった口調で口を開く。
「ご協力、ありがとうございました。以上で、登録作業は終わりました。もし、任務に興味があるようでしたら、外に張り出してありますので、どうぞご覧下さい!」
「ふむ、ま、任務とやらに手を出すかは分からんが、気が向けば見ておこう」
「御手数をおかけしました!」
と、立ち上がったところで、"蒼炎の飛竜"の一行がイセス達に向かって右手を差し出してきた。
「これからは同じ冒険者仲間だな! ――と言っても、君たちならば、すぐに高みに駆け上がってしまうだろうが。だが、いつか共に冒険ができるといいな!」
「一緒に冒険もいいけど、まずは酒場で交流を深めないかな♪」
「このお調子者の言う事は無視して構わない。ただ、あなたの魔術についてはまた話を聞く機会が欲しい」
「地母神様のお恵みが、あなた方の道を照らしますように! ――なんとなぁく、神様とも張り合えそうな力をお持ちな気もしますけどぉ」
イセス達も、笑みを浮かべながら彼らの手を取り、互いに握手を交わす。
「うむ、世話になったの。それにしても、汝等に借りができたようじゃな。――余の助けが必要であれば、いつでも頼ると良い」
「お付き合いいただき、ありがとうございました」
こうしてイセス達と"蒼炎の飛竜"の一行は、冒険者ギルドを後にしたのだった。
◇ ◇ ◇
イセス達が冒険者ギルドを出た頃には、既に日が傾いていた。
「さて、どうされます?」
シャノンの問いに、イセスは顎の下に手をやって少しの間考え込んだが、すぐに結論を出したのだった。
「ふむ、ま、そろそろ頃合いじゃの。城に戻ることにしよう」
「それが良いですね。夕食は如何致しましょう?」
「おう、そうじゃな。何か買って帰る事にするか。屋敷妖精共は自分たちで何とかできるじゃろうが、バフォメットは腹を空かせておろう」
「は、承知しました」
と、歩き出した所で、突如立ち止まるイセス。
「そうじゃ、シャノンよ」
「はい、イセス様?」
「余はお主が女じゃとは知らんかったぞ」
イセスの文句に、シャノンは頭を掻くかのように兜に手をやりながら、頭を下げる。
「あー、申し訳ありません。あちらでも基本、素顔を見せる事はありませんでしたからね。種族として、どうしても苦手なんです。素顔をさらけ出すって言うのが」
「ま、種族としての性では仕方ないの。じゃが、人間界で生きて行くには、今後も顔を出さねばならん場合もあるかもしれんぞ。覚悟しておけ」
「は、努力します」
そしてイセスとシャノンは、昼食に訪れた食堂で幾つか持ち帰れる食事を購入し、再びシャノンの馬車に乗って魔王城に帰って行ったのだった。
シャノンの素顔を見せるタイミングは、他にいい所もあったかも知れませんが、流石にかぶり物で登録できるのもアレかなと思ったので、ここで見せました。
ちなみに史実?のデュラハンは、姿を見た人間は鞭で目をつぶしに来るそうです。シャノンがそこまで凶悪かどうかは、とりあえず今は決めていません。




