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8.魔王、試験でオーバーキルをしてしまう

 一ヶ月近く開いてしまいましたが、なんとか再開です。

 攻撃魔法の"雷撃"を、名前のイメージだけで再現してみたイセス。しかし、試験官である"蒼炎の飛竜"の魔術師レナから、それは本物とは違うと指摘を受けてしまう。

 しばし考え込んでいたイセスであったが、ぽんと手を叩くと、レナに対して、とある提案を持ちかけたのであった。


「――そうじゃ、こうしよう。何か、手本を見せてくれぬか? 余がそれを模せば、自ずからレベルが分かるのでは無かろうか」


「了解。それは理解できる。では、"爆裂弾"を。これは術式魔法、第4環の攻撃魔法。これができたらDランクは間違いない」


 小さく肯いたレナは、他の参加者に向かって下がるように声を掛けた後、目標である地面に突き刺さった大剣に向かって、両手に持った魔術師の杖を構え、魔法を唱え始めた。


「"マナよ、我が求めに応じ万物を砕く破壊の炎となれ"――」


 彼女の目の前に真っ赤に輝く魔法陣が浮かび上がる。それをイセスは興味深そうに観察していた。


「――爆裂弾(エクスプロージョン)


 最後に彼女が力の言葉を唱えると、魔法陣の中央から拳くらいの大きさの火球が飛び出していった。それは火の粉を引きながら飛んで行き、目標として立ててあった大剣に衝突する。


 次の瞬間、火球は爆発音と共に膨れあがり、周辺を焼き尽くしたのだった。


「ほうほう、なるほど、圧縮された火球が飛んで行って、当たったらこの範囲で爆発するのじゃな」


 イセスは爆心地に近づいてしげしげと観察している。爆発の衝撃で倒れた大剣を見つけると、それをひょいとばかりに掴んで再び地面に突き刺した。イセスの外見年齢は二十歳前、体格も年相応ではあるのだが、その細腕で突き刺した割には、シャノンの時と比較してより深く突き刺さっているように見える。



              ◇   ◇   ◇



「今度は余の番じゃな!」


 レナの側に戻ったイセスは、いかにも魔法を掛けるが如く、両手を前に突きだした。


「いくぞ! ――まなよ、わがもとめにおうじ、えーと、以下略。えくすぷろぉじょぉん!」


 適当に呪文らしき物を詠唱し、指をぱしんと鳴らすイセス。


 イセスの目の前に現れたのは、レナの爆裂弾と比較すると遙かに小さい、胡桃(くるみ)ほどの大きさの光球であった。しかし、その輝度は異常に高く、直視すると目が眩みそうになる。


 思わず手をかざしたり、顔を伏せたりしている"蒼炎の飛竜"の面々と、ギルド職員のイザベル。それに対し、シャノンは愕然としてイセスの顔を見ていた。


「お嬢様、まさかこれは――!?」


「ん、"極小超新星(プチノヴァ)"じゃが? 流石にこれ以上は絞り込めんが」


 出現直後は揺蕩(たゆた)っていた光球は、少しずつ前進を始め、次第に加速していった。


「ま、まずい……み、皆さん、伏せて下さいッ!」


 慌てて大剣とは逆方向に伏せるシャノン。目を伏せていた他の面々は反応が遅れてしまっている。


 もっとも、イセスは「大丈夫じゃぞー?」などと口にしていたのではあったが。


 ともあれ、加速度を増した光球は、ついに大剣に命中してしまった。


 その瞬間、先程の爆裂弾とは比べものにならない程の輝度をもった光が周囲を満たしてしまう。手で目を覆っていた"蒼炎の飛竜"の面々は、手を透かしてその輝きが目に入るほどであった。


 が、次の瞬間、同じ場所で()()()が輝いたかと思うと、光球はまるで動作を逆回転するようにしゅるしゅると収縮し、消え去っていった。


「め、目の前が真っ赤に燃えたぁっ!?」


「君の輝きは目の毒だねッ♪」


「神様が降臨されたのかと……」


「こ、こんなの見た事ありません!」


 目を(しばたた)かせながら顔を上げる"蒼炎の飛竜"の面々とイザベル。伏せていたシャノンも、身体を起こして立ち上がっていた。


「今のは……」


「うむ、余の"えくすぷろぉじょん"じゃ! お主の"爆裂弾"の効果範囲から、一寸たりともはみ出しておらんじゃろう?」


「あなたは、これが"爆裂弾"と?」


 腰を抜かしたかのように、ぺたんと腰を落としたまま固まっているレナを尻目に、シャノンは光球が着弾した場所に近づき、()()覗き込んだ。


「恐れながらお嬢様、どう見てもオーバーキルです」


 確かに、"爆裂弾"の効果範囲からはみ出る事は無かった。しかし、目標である大剣を中心としたその効果範囲は、地面も含めてことごとく溶けて蒸発しており、半球型に(えぐ)られた大地の表面はガラス化してしまっていた。


「ただ、お嬢様の"極小超新星"であれば、この程度で済むはずが無いんですが……」


「うむ、その通りじゃな!」


 シャノンの問いかけに、満面の笑みで答えるイセス。


「お主が知っておる通り、これだけ絞り込んでも、普通ならここら一帯を吹き飛ばしてしまうわ。ここがミソなんじゃが、すぐ後ろに"虚空爆弾(ヴォイドボム)"を続けたのじゃ。それで余剰出力を虚数空間に放り込んでチャラ、と言った訳じゃな!」


「相変わらず、大剣で細工物を作るような真似をしますね。そんな必要、あったのでしょうか?」


「これはお手本を真似る試験じゃからな」


 と、シャノンに答えたイセスは、改めてレナの方を向いた。


「――で、レナとやらよ。これで余の力が分かっただろうか?」


「わ、私には、あなたが言っている事が全く理解できない」


 イセスに見詰められたレナは、座り込んだまま力なく首を左右に振った。


「で、でも、一つだけ、分かった事はある」


「ほう?」と、片方の眉を上げるイセス。


「あなたは、Cランクの私を遙かに超えた……いや、私と比べる事すらおこがましい、そのような出鱈目な力を持っている、と言う事」


「――と、言うことは、合格と言う事で良いのじゃな?」


「も、もちろん。否定する理由は一つも無い」


「そうか! うむ、他人に認められると言うのも、たまにはいいものじゃな!」


 と、イセスは、片手をレナの方に差し出して立ち上がらせながら、満面の笑みを浮かべたのだった。



              ◇   ◇   ◇



 試験を終えた一行は、再び冒険者ギルドに戻ってきていた。


 カウンターの内側に一人入ったギルド職員のイザベルは、試験官を勤めた"蒼炎の飛竜"のロッドとレナと何やら話し込みながら書類の準備を進めていた。


「はい、こちらで問題ありません。試験のご協力、本っ当に、ありがとうございました!」


 最後に書類をフォルダーに綴じ込むと、イザベルはロッドとレナに試験官としての日当を手渡していた。銀貨を受け取った彼らがカウンターから離れた所で、今度はイセスとシャノンに声を掛ける。


「イセスさん、シャノンさん、お待たせしました!」


 ロッドとレナと入れ替わるようにカウンターの前に移動するイセスとシャノン。


「うむ。それで、余と此奴(こやつ)のランクとやらは、幾つになるのじゃ?」


「はい、スキップ制度の適用により、Cランクでの登録となります」


 不満げに目を細めて僅かに口を尖らすイセス。


「なんじゃ、思ったより地味じゃの」


「すみません、出張所(ここ)では、Cランクまでしか認定できないんです」


「ここでは、か。つまり、他ではより上のランクの認定が出せると言うことなのかの?」


「あ、はい。地方本部であれば、試験を受ければSランク認定を出すことができます。最寄りだと、ここから4日くらい先の大都市、ミンガにありますね」


「ふーむ、ここから4日か……」


 腕を組んで考え込むイセス。イザベルはその様子を無言で眺めていたが――


「イザベルくん、不可能な事を伝えても意味が無いんじゃないかな?」


 背後から聞こえてきた声に、イザベルが振り向くと、所長のトムが相変わらずだらしなく座りながら本を読んでいた。視線は本に落としたままだが、耳に入った声は間違いなくトムの声だ。


「あの、規則では、地方本部でSランク認定試験を受けられましたよね?」


「規則では、な。だが、実際にはそうはならない。――そうだろう?」


 ようやくトムは顔を上げたが、その視線は、"蒼炎の飛竜"のリーダー、ロッドに向けられていた。問われたロッドは、無言で肩をすくめるばかり。彼らの様子を見ていたイセスは首を傾げていた。


「一体、どういう事なのじゃ?」


「うん。Sランク冒険者と言うのは、正直言うと、普通の冒険者はなる事ができないんだ。どんなに強くても、な」


「では、どんな冒険者ならなれると言うのじゃ?」


 イセスの疑問に、ロッドは苦笑交じりに説明してくれた。


 ――ロッドの説明によると、Sランク冒険者は半ば名誉職となっているとの事だった。貴族やその手下、あるいは貴族に取り入った豪商などが功績有り、として任命されているのだそうだ。

 Sランクが名誉職という事であれば、実質の最強はAランクになるのではあるが、それも、認定試験を請け負ってくれるお人好しを見つける事は困難との事だった。

 認定試験はそのランクの人間が行う必要があり、しかも、強さに見合わないランクに無理矢理上げてしまう事を防ぐため、試験官は受験者の活動に責任を持たなければならない。


「強ければライバルになるし、弱ければ自分がペナルティを受ける。そして、同格の冒険者からは、頭数を増やしたことを恨まれる。正直、試験官は割に合わないんだ」


「じゃが、お主はやってくれたぞ?」


「まあ、ライバルを気にするほど、Cランクに希少価値は無いからな!」


「いえ、Cランクと言えば、中堅でも上位になります。当ギルドにはCランクの常駐冒険者はおりませんでしたので、本当に助かりました」


 笑い飛ばすロッドに、イザベルは首を振って否定している。


「ふむ、既得権益やら前例やらを重視して硬直した官僚組織、と言う奴じゃな。――ま、事情は分かった。Sランクとやらがそのような状態では、余も興味が失せるというものじゃ」


 イセスはその様子を腕組みしながら眺めていたが、事情を概ね理解し、肩をすくめるばかりだった。

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