6.魔王、冒険者として登録する
「さて、それでは余と、此奴の冒険者登録を頼むぞ」
ギルド職員のイザベルさんの前の席に腰を下ろしたイセスとデュラハン。ちなみに"蒼炎の飛竜"の面々は、イセス達の後方で興味津々といった雰囲気で見守っていた。
「なんじゃ? お主等は依頼を見に行かんのか?」
振り向いたイセスに、口々に答える面々。
「イセスちゃんみたいな美人ちゃんを、ただ愛でたいだけなんだから、気にしないでね♪」
「登録風景を見るのは楽しい。自分たちが新人だった頃を思い出すから」
「地母神様の恵みがあるように、お祈りさせていただきたいのですぅ」
「新たな冒険者の誕生を見たいのもあるが……ちょいと野暮用があって、な」
イセスは好意的な反応に、一瞬首を傾げるが、すぐに肩をすくめて向き直る。
「ま、よいか。さて、説明の続きを頼む」
「はい! それでは、帝国冒険者制度について、私、イザベルから説明させていただきますね!」
ギルド職員であるイザベルの説明によると、冒険者資格は帝国全土で共通であり、冒険者である事を示すタグはどこでも身分証として通用するとの事だった。
強さを表すランクはSからGまであるが、これはパーティとしてどの程度の強さの敵と戦えるかを示しており、最高のSではドラゴン一体、Fでゴブリンの一団と言った具合である。ちなみにGは戦闘未経験者を指している。
通常は最低のGから始まるのではあるが、既に他で実績を積んでいるか、紹介状があった場合に限り、上のランクでの登録が可能となるスキップ制度が用意されていると説明してくれた。
「それでは、こちらに記入をお願いします」
と、イザベルは、二枚のカードとペンを差し出してきた。
「お嬢様、私が書きましょう」
デュラハンが二枚とも引き受けて、早速書き始めている。自分の分はあっと言う間に書き上げてしまったが、イセスの分を書いていたとき、途中でペンがぴたりと止まってしまった。
「お嬢様、職業は何にいたしましょうか?」
「む、職業か……」
意表を突かれた質問に、一瞬目を丸くしたイセスであるが、顎の下に手をやって考え込む。そして、デュラハンの耳元に口をやって、ささやき声で聞いてきた。
「魔王、と言うのは無かろうな?」
「そりゃまあ……どこかの辺境で、第六天魔王を名乗った人間がいたそうですが、冒険者ではなかったかと思います」
手が止まっている二人を見かねたのか、イザベルさんが助け船を出してきた。
「あの、これと言って職が無ければ、とりあえず旅人と言うのでも構いませんよ?」
「ふむ、いや、これで良かろう」
と、デュラハンからペンを取り上げ、さらさらと記入するイセス。デュラハンはその内容を見てぽつりと漏らした。
「魔術師……ですか」
「うむ。この格好じゃからな。戦士と言うのもおかしかろう」
・シャノン 22歳 人間 戦士 クリフォト王国出身
・イセス 18歳 人間 魔術師 クリフォト王国出身
記入済みカードの受け取ったイザベルは、見知らぬ国名に首をひねっている。
「クリフォト王国……?」
「知らんのも無理は無い。ここから遙か彼方じゃからな」
「は、はぁ。それはまた遠くからいらっしゃったんですね。ともあれ、確かに受領しました」
◇ ◇ ◇
記入済みカードをファイルに綴じ込んだイザベルは、職員が記入すべき部分を確認しながら、イセス達に向かって質問する。
「ところで、お国では冒険者か、それに準ずる活動はされていましたか?」
「――いや、余も此奴も、そのような活動は行ったことはないな」
「で、あれば、通常は最低ランクのGからの開始となりますが……」
と、そこで、後ろから割り込みの声が掛けられた。
「いや、オレ達からの紹介と言う事で、スキップ制度を適用できないだろうか?」
「スキップ制度じゃと?」
振り向いたイセスとデュラハンの前で、"蒼炎の飛竜"、リーダーのロッドがサムアップで快活に笑っていた。
「あ、はい。その実力を保証できる方がいらっしゃいましたら、Gより上のランクで初期登録する事が可能です」
「ああ。少なくともその戦士殿は、なかなかの腕前のように見えるからな!」
「あらま、そう見えます?」
首を傾げるデュラハン。ロッドはデュラハンの装備、細かい傷だらけながらも、大事に手入れされている板金鎧に視線を向けている。
「その使い込まれた装備に、体さばきを見ると、な。手合わせが楽しみだ!」
「え、手合わせ、するんですか?」
「はい、スキップ制度の適用には、C以上の高ランク冒険者が試験官となり、戦闘職の場合は、演武あるいは模擬戦を、魔法職の場合は、魔法の実演を行って頂く事になります」
イザベルは、少し顔を曇らせながら言葉を続ける。
「残念ながら現在、当ギルドに常駐の高ランク冒険者は存在しません。"蒼炎の飛竜"が試験官を務めていただけると言うことでよろしいですか? もちろん、規定の報酬が支払われます」
「ああ、無論だ。そのために残ったんだからな!」
「"魔術師"であるイセスは、私が観よう」
ぐっと拳を上げるロッド。その横で、魔術師のレナは静かにたたずんでいた。
「これで、試験官の問題は解決しました。それでは、お二人はスキップ適用を希望されますか?」
「無論じゃ!」
「はあ、まあ、私は別にどちらでも……」
と、言いかけたデュラハンの足の甲を、イセスが思いっきり踏みつけた。
「いッ!? あ、は、はい、試験、お願いします!」
デュラハンの反応に、イザベルは少しだけ怪訝な顔をしたが、すぐに気を取り直して説明を続けている。
「承知しました。それでは、お手数ですが、試験の許可を得るため、所長との面談が必要となります」
そこまで説明したイザベルは、後方でだらけたままの中年のおっさんの方へ振り返り、大きな声を上げた。
「所長、仕事ですよ!」
イザベルが声を掛けてから、たっぷり十数秒経った後、おっさんは頭を掻きながらゆっくりと立ち上がった。
「ああ~? 面倒臭いなぁ」
そして、背中を丸めながら、のたのたとイセス達の方にやってくる。
「数少ない仕事なんですから、お願いします! 新規登録されたこちらのお二人に対する、スキップ試験認否のための面談です」
「へぇ~え?」
所長は肩越しにイザベルの手元にある書類を見たあと、腰を屈めて少し目を細め、イセスとデュラハンの目を(デュラハンは目がありそうな部分を)、じっと見詰め始めた。
十数秒ほど無言で見詰めた後、腰を伸ばしてあっさりした声で了承する。
「うん、いいよ、スキップ試験」
「は?」
当惑した声を上げるイザベルを尻目に、所長は後ろ手で腰を叩きながら、再びのたのたと自席に戻り始めた。
「オレが良いって言ってんの。"蒼炎の飛竜"さんが見てくれるんでしょ? なら間違いないでしょ」
自席に着くと、先程まで読んでいた本を開いて読み始めた。イザベルに視線を向けることもなく、彼女を追い出すように右手をプラプラと振って合図をしている。
「オレはお留守番してるからね。試験、行ってらっしゃい」
◇ ◇ ◇
「すみません、うちの所長が失礼しました」
イセス達と"蒼炎の飛竜"の面々は、イザベルの誘導に従って、街の外への道を歩んでいた。
「中央でバリバリやっていたらしいんですけど、改革を断行しようとして干されちゃったらしいんですよね……それで、あの有様なんです」
「いや、あの目つきは気に入ったぞ。生意気にも、余の力を測ろうとしておったわ」
「まあ確かに、一目見て、ダメだよ~と却下される事もありますね。そのような方は確かに、大成されていない印象を受けます」
「なるほど、腐れども切れ者此処に在り、といったところかの」
腕を組んで一人、納得したように頷くイセスだった。
一行は門番にこれから模擬戦を含んだ試験を行うことを告げ、そのまま城門を出ていく。街道から少し外れた河川敷まで進んだところで、ようやくイザベルは足を止めた。
「この辺りでよろしいでしょうか」
「ああ、広さも充分だし、ここなら誰かに迷惑になる事はなさそうだな!」
「それでは、まずはシャノンさんの評価試験を開始します。シャノンさん、"蒼炎の飛竜"ロッドさん、よろしくお願いします」
イザベルの誘導に従い、デュラハンとロッドは、ある程度の間隔を取って向かい合った。デュラハンは両手持ちの大剣に板金鎧、ロッドは幅広剣に三角盾、板金の胸当てに煮固めた革鎧を身につけている。なお、防具は自前の物を使っているが、武器はそれぞれ冒険者ギルドが貸し出した、刃を潰した練習用武器だ。
イザベルは二人の中間から少し離れた場所に立ち、それ以外の面々は、更に少し後方で待機している。
「準備はよろしいですか? あくまで腕前を見るための試験ですので、極力相手を傷つける事はないようにお願いします」
「勿論だとも!」
「はいはい、承知してます」
普段通り、ロッドは快活に、デュラハンは飄々と返事を返している。それを見て肯いたイザベルは、右手を高く挙げ、そして、振り下ろしたのだった。
「それでは、始め!」
名前は出てませんが、所長のトムさんは、カミソリトムと言って本部では有名なワル、だったのかも知れません。




