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4.魔王、初体験の衝撃に感動する

少し間が開いてしまいました。やっぱり週一ペースのがいいでしょうか?

 イセスとデュラハンの二人は、仕立て屋のおばさんに教えて貰ったお勧めの食堂を訪れていた。


 カランカランと言うドアベルの軽い音を鳴らしながら入店した二人は、壁際のテーブル席に案内された。ウェイトレスにこの地方のおすすめ料理を注文した二人は、料理の到着を待っていたのだった。


 中途半端な時間帯であるため、店内の客は少ない。しかしそれでも、屋内にもかかわらず、外套(クローク)のフードを目深(まぶか)くかぶったイセスと、板金鎧(プレートメイル)一式を身につけたデュラハンは、やや目を引いてしまっているようだった。


「お嬢様、室内では被り物を脱ぐのがマナーかと思います」


「む、お主こそ、その兜は脱がんのか?」


「私は、お嬢様の護衛ですので。それに、妖精族の一員としては、謎が残っていた方が心地よいんですよ」


「ふむ、そういう物かの」


 イセスは頭を外套の上からポンポンと軽く手で叩いた後、かぶっていたフードをばさりと上げた。その頭部からは(つの)が既に消えていて、深紅の長髪がふわりと広がって行く。


 フードの下から現れた美女の姿に周囲からは思わず感嘆の声が上がっていたが、その声に振り向いたイセスと目が合うと、彼らは慌てて顔を背けたのだった。


「お待たせしましたぁ。白ビールとプレッツェルに白ソーセージ(ヴァイスヴルスト)です。腸詰め(ヴルスト)は皮をむいて、マスタードをつけてお召し上がり下さぁい」


 店員は木のジョッキに注がれた白ビールと、料理の皿をテーブルの上に置いて去って行った。イセスはまずは塩味が効いたプレッツェルを口にし、続いてジョッキを傾けビールを流し込む。


「なるほど、なかなかの美味じゃの」


 デュラハンの方は、面をわずかに開けてその隙間からプレッツェルとビールを口にしていた。


「この地方はこれがありますからね。久しぶりですよ」


「そういえば、お主は人間界にはよく来ておったのかの」


自分たち(妖精族)は呼ばれなくても来られますからね、割と敷居は低いですよ。もっとも、私たち(デュラハン)の本場はアルビオンですから、ここまでは滅多に来ませんが」


 しばらくは黙々と食事を続ける二人。


「そういえば、この後はどうされます?」


「ふむ。特にこれと言って決めてはないな……ま、適当にブラつきながら、面白そうな店があれば覗くと言った感じでよかろう」


「お嬢様が興味を持ちそうな物ですね……うーん、仕立て屋は行ったから、あとは鍛冶屋、細工屋、図書館に……教会とか、興味あります?」


「天界の奴らの偶像を拝みに行くのか? 現実より()()()たら、それはそれで指差して笑えるから構わんが」


「――止めておきましょうか」



              ◇   ◇   ◇



 二人が料理をほぼ食べ終えたタイミングで、ウェイトレスがデザートを持ってやって来た。


「デザートのイチゴのトルテです。ごゆっくりどうぞ」


 イセスは首を傾げた後、皿を持ち上げてトルテをしげしげと観察する。


「トルテ? なんじゃ? これは」


「お菓子ですね。焼いた小麦粉の生地の上にクリームとイチゴを載せた物です」


 そしてトルテの皿をテーブルの上に戻し、フォークで少し切り分けて、口の中に恐る恐る入れてみる。


「…………」


 イセスは無言で視線を虚空にやって考え込んだ。


 そのまま、もう一切れを口に。


 更に一口。


 無言で総てを平らげると、顔を伏せ、一息だけ、大きく息をついた。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


「お嬢様、お気に召しませんでしたか?」


 恐る恐る確認するデュラハン。イセスはテーブルに顔を伏せたままで、その両手は、固く握りしめられたまま、ぷるぷると震えている。


「余は……」


 イセスは一言発して絶句し、そしてゆっくりと顔を上げた。


「余は、未だかつて、これほどの甘露を食した事はないぞ!」


 そのまま立ち上がりかねない勢いで、両手を振り上げているイセス。


「そこなウェイトレス! シェフを、シェフをここへ!」


 何事かと顔色を変えたウェイトレスが奥に行き、慌てて調理人らしきでっぷりした中年男性を連れて戻ってきた。


「あ、あの、お客様……トルテに何か問題でも?」


「これを調理せしめたのは汝か?」


「は、はい、その通りです」


「なるほど。いやなに、いたく美味であったぞ。余は汝にこの感動を伝えたいだけじゃ」


「あ、ありがとうございます」


「まずはこの紅き果物(イチゴ)であるが、甘みと酸味のバランスが絶妙であり、更にこの微妙な固さがアクセントになっておる。そしてそれを受け止める白きクリームの部分であるが――」


 と、いかに美味しくて感動したかを、イセスは調理人に向けて身振り手振りを交えて全力で語り始めていた。ウェイトレスと調理人は、勢いに押されてカクカク頷きながら拝聴するしかない。


「うーん、そんなに美味しいのかな?」


 と、一人盛り上がっているイセスを余所に、デュラハンも自分のトルテを一口つまんでみた。


「あ、美味(おい)し。――でも、そこまで感激するほどかなぁ?」


 イチゴの酸味とクリームの甘さ、そして生地のサクサク感がマッチしていて、確かによくできている。でも、そこまで大騒ぎする程でもない気がする。


「でもまぁ確かに、よく考えると、あっち(魔界)に甘味って、無かったような気がするなぁ」


(おいそれと人間界には来られない、やんごとなき人達ほど、甘味には飢えているのかも。バフォメット様が食べたとしても、この勢いで感動するのかな?)


 黒山羊の頭部と黒い翼を持った巨人であるバフォメットが、トルテ片手に感涙にむせんでいる姿を想像して、デュラハンは肩をすくめるしか無かった。



              ◇   ◇   ◇



「お帰りなさいまぁせぇ。服、できてまぁすよぉ」


 食事を終えて仕立て屋に戻ったイセスとデュラハンを、おばさんは機嫌良く迎えてくれた。


「まずはご試着をお願いできまぁすかぁ?」


 と、早速、イセスを試着室に誘導するおばさん。イセスは受け取った服を片手に試着室に入り、ごそごそと着替えに入っていった。


「これでどうじゃ」


 カーテンを開けて出てきたイセス。彼女が着ていたのは、ディアンドルと呼ばれるこの地方の民族衣装だった。


 まず目に付くのは真朱(しんしゅ)色の胴衣(ボディス)と同色のミニスカートだ。その下には胸の部分が大きく開いた白いシャツを着ている。彼女のよく育った双丘は、その上半分が露わになって色白の肌が輝くように光を反射していた。そして下半分はシャツに覆われているが、十分な存在感を発揮しており、コルセットのように締め付けている胴衣でしっかりと支えられている。


 通常は(くるぶし)まであるロングスカートであるが、イセスの依頼によって膝上まで詰められていた。そのため、元々穿いていたシルクのガーターストッキングが露わになっており、庶民の衣服であるディアンドルと、庶民は纏わないであろう、ストッキングにハイヒールがミスマッチを生じていた。


「あ、いいでぇすねぇ。うちの服でも、着る人が着ると雰囲気違いまぁすねぇ」


 目を丸くしたおばさんは、様々な角度でイセスの服装を確認している。


「背中の方は……あらぁ、羽根、取っちゃったんですかぁ?」


 いつの間に隠したのか、翼を通すために広く開けられたシャツの背中部分は、イセスの白く輝く肌が見えるのみであった。


「うむ、見た人間が驚いてしまうからの」


「でも、サイズは問題無さそうでぇすね。このまま着て行かれまぁす?」


「うむ、そうじゃな。今日はこのままで行こうぞ」


「はぁい。それでは、こちらがお買い上げになった服と肌着で……あと、こちらのコートもどぉぞぉ」


 と、仕立て屋のおばさんは、イセスが購入した服を詰めた袋とは別に、胴衣と同色である真朱(しんしゅ)色のフード付き乗馬用コートを手渡してきた。


「これは何じゃ?」


 コートを手で広げて問うイセスに、おばさんは笑みを浮かべて返答する。


「おまけでぇす。同色のコートの方が映えますからねぇ」


「そうか。すまんの」


 と、包みを抱えて店を出るイセス達一行に、後ろからおばさんの元気な声が追いかけて来たのだった。


「また、ご贔屓(ひいき)にぃ! ありがとうございましたぁ」

 ここで魔王にトルテ好き属性が追加されました。

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