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3.魔王、弱いところを触られる

 田舎ながらそれなりに整備された街道を進んだ馬車は、ものの30分も進んだ所で、隣町のフォーゼンにたどり着いた。街の手前には川が流れているが、そこに架かった橋さえ越えれば、すぐに城壁と城門だ。城壁の中はよく見えないが、小高い場所に建てられた城館だけが顔を覗かせていた。


 御者台で馬車を操っていたデュラハンは橋の手前で一旦停車させ、小窓を開けて車内のイセスの顔を伺った。


「イセス様、このまま乗り付けますか? ただ、馬車を降りて徒歩で向かった方が目立たないかとは存じますが」


「ふむ、今回は潜入じゃからな。なるべく目立たぬ方が良かろう」


「承知しました」


 デュラハンは馬車を木立の中に操っていき、イセスと自らも降車した後、馬車に向かって短く口笛を吹く。次の瞬間、召喚したときと同様に、もやもやと黒い霧が現れ、それが消えたときには跡形も無く馬車の姿は消え去っていたのだった。

 ――イセスが渡した馬の首のぬいぐるみを残して。


 そして、イセスが先に立って徒歩で橋を渡りながら、これからの事について軽く相談を始めていた。


「中に入ったら、まずは服じゃな」


「で、あれば、仕立て屋ですね。あとは時間があれば、食事もよろしいかと」


「食事じゃと? ――ふむ、確かに、そう言われると、人間界(こちら)は腹が減るのう」


 デュラハンに言われて初めて気が付いたかのように、腹に手をやるイセス。


「魔界と違ってどこでも魔素が漂っているわけではありませんからね。生物から精気を吸うか、さもなければ、人間界の生きとし生けるものと同様に、我々も食事をする必要がありますよ」


「ふむ、面倒じゃのう」


「当面は、城に残された保存食料でまかなえますが、長期的には食料をなんとかする必要がありますね。自分やイセス様はともかく、バフォメット様の身体の維持は大変でしょう」


彼奴(きゃつ)はデカいからの。ま、そのあたりは帰ってからじゃな。まずはこの街の偵察じゃ」


 少しの間無言で歩む二人であったが、デュラハンが何か思い出したかのようにイセスに声を掛けた。


「そうだ、私たちの立場はどのようにしておきましょうか? 誰何(すいか)されたときに統一しておかないと、ボロが出てしまいますよ」


「そうじゃの。ふむ、お主ならどう考える?」


「それでは……そうですね。では、イセス様は旅の途中の異国のお嬢様という事にしましょうか。私は護衛の戦士という事で」


「ふむ。ま、当たらずとも遠からずと言った所か。悪くない。それで行こう」



              ◇   ◇   ◇



 城門では検問が行われているが、調べられているのはあくまで荷車の商人や荷物を担いだ農民など、この街で売買をする人間に限られている。巡礼者や旅人、冒険者などは、特にチェックされる事もなく自由に出入りできているようだった。


 徒歩で特に荷物を持っている訳でも無いイセスとデュラハンは、衛兵にちらりと見られただけで、特に怪しまれることも無く街に入ることができた。


 城門をくぐった二人は、大通りを進んで仕立て屋らしき店を探す。


 すぐにハサミが描かれた看板が掛かった、それらしき佇まいの店を見つけたが、店に入ろうとしたところでデュラハンは、はたと足を止める。


「そうだ、イセス様、お金はお持ちですか? この人間界は、取引に金貨や銀貨などの貨幣を使っております」


「うむ、それくらいは知っておるぞ。城におった人間から徴発した物がここにある。そうじゃな、とりあえず一袋、汝に預けておこう」


 イセスは懐に手をやると、重そうな革袋を取りだしてデュラハンに差し出した。


「あ、結構ありますね。これだけあれば、当面は困らないでしょう」


 デュラハンは袋の口を開いて一瞥すると、目立たないように自らの懐にしまい込んでおく。


「それでは()()()、こちらでございます」


 そして、仕立て屋入り口の扉を開いて、イセスを招き入れたのだった。



              ◇   ◇   ◇



 仕立て屋の店内には、老若男女、様々な年代の人々に向けた衣装が陳列されていた。もっとも街とは言え、帝国辺境の田舎街、貴族向けの絹や綿商品などもあるはずも無く、庶民向けの羊毛や亜麻による普段着が中心となった品揃えのようだった。


「いらっしゃいまぁせ」


 そして二人を出迎えたのは、恰幅の良い中年女性だった。


 入ってきたのが頭の先から足の先までプレートメイルに覆われた戦士に、フード付きのクロークを被って全く姿形が掴めない女性と言うこともあり、少しだけ首を傾げている。


「旅の者ですが、着替えを紛失してしまいまして。こちらのお嬢様に肌着も含めて何着か見繕って頂けませんか?」


 その警戒を解くべく、なるべく明るい声を出すデュラハン。


「あらあらまあまあ、それは大変でしたぁね!」


 客である事が分かったのか、安心した表情で明るい声を上げた中年女性は、イセスを試着室の前に誘導した。


「それじゃ、まずはサイズを測らせていただきまぁすね」


 と、おばさんはイセスの後ろに回り、彼女のフード付きクロークを脱がそうとしている。デュラハンは、その姿を眺めながら、何かを忘れているような気がしていた。


「あらぁ……?」


 イセスのクロークを脱がした中年女性は、彼女の頭の角と、背中の翼を見て手が止まる。そこでデュラハンは、イセスの角と翼に何も対処していなかった事を思い出した。


(ま、マズイ! 何とか誤魔化さないと……)


「あ~~~~~~~~~~っと!?」


 おばさんの注意を引くべく、大声を上げ、最終兵器、首ぽろりを敢行する。


 ガランガランと音を立てて転がる兜(中身入り)に、おばさんはびくっとして固まっている。慌てて兜を拾い上げて首の上に載せ直すデュラハン。


「す、すみません、芸の仕掛けが暴発してしまいました。お気になさらずに」


「あらあらまあまあ、芸人さんだったんでぇすかぁ」


 デュラハンの誤魔化しに納得したのか、おばさんはそのままクロークをハンガーに掛けて、巻き尺を取り出してきた。


「お嬢さんも仮装って言うんですかねぇ? お国での流行りでしょうかぁ? 服も可愛らしいでぇすねぇ」


「む……そ、そうか」


 イセスに話しかけつつ、漆黒ながら美しく光を反射しているドレスに手を当て、手際よく採寸していくおばさん。イセスはその勢いに飲まれたのか、そのまま為すがままに採寸されていた。


「ちょっと失礼しますねぇ」


 背中側に回り、漆黒の翼に手をやるおばさん。


「あ、ち、ちょっ」


「まるで生きてるようでぇすね。よくできてますねぇ」


「んっ……」


 翼を手で軽く動かして、巻き尺を通していくが、どうもイセスにはたまらなくくすぐったいのか、顔を赤くしてもじもじとするばかりだった。


「はぁい、大丈夫ですよぉ。ちょっと待ってて下さいねぇ」


 採寸を終えたのか、巻き尺をエプロンのポケットにしまい込んだおばさんは、奥の倉庫らしき所に向かっていった。


 イセスは息を荒くして、よろよろと後ずさるばかり。半分涙目でデュラハンを睨んでいる。


「デュラハンよ……いつから余と汝は芸人になったのじゃ?」


「あわわわわわ……も、申し訳ありません。先に角と翼を隠すように進言しておくべきでした」


「だが、汝の機転で大事(おおごと)にならなかったのは事実じゃ。よって今回は、許す」


 イラだった様子をぐっと我慢したイセスは、ほっとした表情を見せているデュラハンに、一応、念だけは押しておくのだった。


「じゃが、余が翼を触られた事は忘れよ。良いな!」



              ◇   ◇   ◇



「お待たせしまぁしたぁ」


 奥から何着か服を持ってきたおばさんは、長机の上にそれらを広げていった。


「ディアンドルって言うんですけどねぇ、この辺りの定番の服なんでぇすよぉ」


 白いブラウスと、様々な色に染められた胴衣(ボディス)、くるぶしまでの長いスカートにエプロンで構成されているようだ。


「お気に召す色はありまぁすかぁ?」


「ふむ、この色がよさそうじゃな」


 イセスは幾つかの色を見定めた結果、自らの髪の色である深紅にも映えそうな、艶やかな紅色である真朱(しんしゅ)色を選択する。


「そうですね、この色ならお嬢さんに似合いそうでぇすねぇ。あ、でも、これ、芸を披露する時にも着られるんですか?」


「ま……まあ、そうじゃな」


「じゃ、背中の羽根はつけたままでぇすよねぇ。ブラウスの穴開け加工、やりましょうか?」


「そうじゃな。よろしく頼む。あと、このスカートじゃが、余には少々長すぎるのでな、今のこれと同じくらいにできんか?」


 自らのドレスの裾を指差しながら頼むイセスに、おばさんは人差し指を顎に当てて少し考え込んだ後に了承した。


「膝上丈ですかぁ? 異国のファッションは斬新でぇすねぇ。うーん……ええまあ、できますよぅ?」


 おばさんの返事を聞いたデュラハンは、懐に手を入れながら話を引き取った。


「それでは、同色で二着お願いします。あとは肌着も何着か。お幾らでしょう?」


「ディアンドル二着に肌着、お直しを入れて……銀貨12枚でぇすかねぇ」


 おばさんは値段を指折り数えてデュラハンに回答し、デュラハンはそれに応えて銀貨を手渡した。


「では、こちらで。――直しにはどのくらいの時間が掛かりますか?」


「うーん、昼くらいにはできまぁすよ。ちょっと早いですがぁ、時間つぶしがてらお昼にいらっしゃるのは如何(いかが)かしらぁ?」


「そうですね、そうさせて貰います。それでは、また後で」


「うむ、よろしく頼むぞ」


 おばさんの提案に乗ったイセスとデュラハンは、昼食を摂るために仕立て屋を後にしたのだった。

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