17.魔王、作戦会議を行う
最近、2週間かけて4000文字強書くと言うスタイルになってしまっています……(実はこれでも1シーンカットしています)
魔王城の寝室で休んでいたイセスだったが、その眠りは突然のノックの音で破られてしまった。
「イセス様、お休みのところ申し訳ありません」
「む、バフォメットか。構わん、入れ」
上体を起こしたイセスが窓を見ると、外は既にほの明るく、太陽が昇る寸前の早朝のようだった。イセスは不機嫌そうな声で入室を許可すると、扉を開けたバフォメットが入室し、深々と頭を下げる。
「早期警戒中の兵が敵軍を発見いたしました。まだ時間的な余裕はございますが、迎撃の手はずを整える必要がございます」
「ほう、もう来たか。分かった、着替えを頼む」
その言を聞き、ベッドから飛び降りるイセス。戸口に立つバフォメットが身体を斜めにすると、その後ろに控えていた二人組のメイドが、イセスのドレスを抱えて入室してきたのだった。
◇ ◇ ◇
「で、兵力と位置はどうなっておる?」
寝室に仁王立ちになり、二人組のメイド、リリィとルリィに着替えさせながら、イセスはバフォメットとの会話を続けていた。現在下着姿につき、バフォメットは入室はしているものの、遠慮してイセスには背中を向けている。
「は、高空からの偵察につき詳細は不明ですが、1万から1万5千と考えられます。発見当時は、フェーゼンの東北東80スタディオン(15km)の村落周辺において宿営しており、出立準備を進めておりました。恐らく、本日の昼頃にフェーゼン付近に到達するものと思われます」
「魔王城ではないのじゃな?」
「は、フェーゼンの目前を通らない限り、魔王城には向かえませぬ。大迂回も考えづらいでしょう」
「分かった。まずは作戦会議じゃな」
「は、大広間に指揮所を設営しております」
着替え終わったイセスが扉に向かうと、バフォメットはその後に付き従って寝室を出て行ったのだった。
◇ ◇ ◇
「それでは、作戦会議を開始する!」
大広間に到着したイセスは、近辺を記した大地図を広げた机の前で腕を組み、仁王立ちになって会議の開始を宣言した。
ただ、それに相対するのはバフォメットのみ。デュラハンのシャノンはイセスの背後で待機しており、メイド二人は更に部屋の隅で待機していた。イセスはバフォメットの顔を見て、僅かに肩を落として苦笑した。
「とはいえ、こう人数が少ないと、何とも締まらんのう。最近転送した経理や調理人どもを並べても無意味じゃし」
「臣が召喚した兵でも並べますか?」
バフォメットの提案に、肩をすくめて返答する。
「多様な意見が必要となれば頼むかも知れんが、今は必要無かろう。想定よりもちと早いが、それでも想定の範囲内の襲撃じゃ。規定の計画に基づいて迎撃するだけじゃな」
「では、陛下お一人で?」
「無論じゃ。汝はこの魔王城の警備を頼む。余はフェーゼンに赴き、敵軍の迎撃に当たる事にしよう」
と、そこにノックする音が響き渡った。メイドの二人、リリィとルリィが殆ど音を立てずに素早く扉前まで移動して僅かに隙間を開け、扉の外の人物の応対を行う。
「「人間共の街より、使者が参りました。陛下に火急の用有りとの事でございます」」
「構わん、入れ!」
イセスの声にリリィとルリィが扉を開けると、内勤の魔族に案内された人間の騎士が一人、入室してきた。それは以前、所持する剣にイセスの祝福を受けた騎士であった。
「フェーゼン騎士団所属、コンラート・マウザーであります!」
入室したコンラートは、キレのある動作で敬礼を行った。室内を見渡し、バフォメットの巨躯を目にして驚いた様子を見せるも、奥で立っているイセスとシャノンの姿を見て、少し安心した顔を見せていた。そして、早朝にも関わらず既に起きており、周辺地図を前にしているイセス達を見て状況を理解する。
「現在、フェーゼンに向かって、帝国からの討伐軍が接近中である事が分かりましたので、その連絡に参りましたが……状況はご存じのようでいらっしゃいますな」
「うむ、我々もその情報を掴んでおる。防衛の責任を果たすため、余はこれより汝等の街に向かう所じゃ」
足早に扉に向かうイセス。バフォメット、シャノンもそれに続いて出て行く所で、コンラートは慌てて彼らに付いていく。
「は、それでは、自分が先導させていただきます」
本館から中庭に出たところで、イセスはふと足を止め、バフォメット、コンラート達の方を振り向く。
「無用じゃ。余は先に向かうのでな」
「は?」
首を傾げるコンラートの前で、イセスは背中の翼を勢いよく広げると、ばさっと大きく羽ばたかせた。
「うわぁっ!?」
いきなり目の前で吹き荒れた風に、目を瞑ったコンラート。目を開いた時には、既にイセスは目の前から消え去っており、慌てて姿を探して周囲を見回すと、旋回しながら高度を上げているイセスの姿が目に入ったのだった。
「汝とシャノンは二人でフェーゼンに向かうように! バフォメットは防衛を頼むぞぉっ!」
上空から地上に向かってそう言い残すと、イセスはフェーゼンの方を向き、勢いよく飛び去っていった。
◇ ◇ ◇
フェーゼン上空に到着したイセスは、街はまだ眠りに就いているにも関わらず、城内の方は騒がしくなっている事に気がついた。
城の上空でゆっくり高度を下げながら旋回していると、城壁の上や地上を歩いている兵士達がイセスに気付いたらしく、警戒した姿を見せている。イセスは彼らに対して害意が無い事を示すべく、大きく手を振りながら降下を続けていた。
城の中庭に直接降り立とうとしていたイセスだったが、そこには大きな天幕が張り出されている事に気付いた。狭くなっている分、着地の難度が上がっているものの、イセスは問題無く地上に降り立つ。
服に付いた土埃をパンパンと落としている所で、一人の騎士が足早にやってきて敬礼してきた。
「魔王様、お早いご到着で。領主のクラウスはこちらでございます」
「うむ、出迎えご苦労」
騎士に答礼し、誘導に従って天幕に入っていった。
天幕の中には、周辺地図が置かれた大型の机が設置されていた。地図の上には、敵軍を表す駒が配置されている。机の周囲には、数名の騎士と領主のクラウスが立ち、なにやら話し合っているようだった。
「魔王様、ご到着であります!」
案内の騎士の声にクラウスと騎士達はイセスの方に顔を向けた。そしてクラウスは笑みを浮かべながらイセスの方に近づき、左手を腹部に当て、右手を引く貴婦人に対する礼を行う。
「これは、お早いお付きで。コンラートにはお会いになりましたか?」
「うむ。じゃが、彼奴はまだこちらに向かっておる途中じゃな。余は先行して飛んで来たのでな」
背中の翼に視線をやりながら応えるイセスに、クラウスは「それは便利ですな」と答えるしかない。
「さて、状況を教えて欲しいのじゃが」
クラウスに誘導され地図の前に立ったイセスは、ダンと両手を机の上に置いてクラウスに尋ねた。
「は、敵部隊の現在位置はこちらです。恐らく、この街に到着するのは昼前でしょう。総兵力は一万五千、騎士四千に魔術師と神官が合わせて百、兵士一万一千と言った所です。指揮官はニコラウス・フォン・フォルマン。迅速な戦略機動に長けた将軍ですな」
思ったより詳細な回答に、目を丸くするイセス。
「ほう、詳しいの」
「我々は上空からの偵察、と言うのは不可能ですが、その代わりに地の利、そして多数の"眼"がありますので」
「ふむ」
クラウスの返答を聞いたイセスは、少し考え込んだ。戦を勝利に導くために最も重要な要素である情報、このクラウスと言う男は、その価値を理解し、得られた情報を正しく運用できているように見える。
「汝は、敵軍の行動をどう予想する?」
「現在得られている情報では、叛乱都市に対する鎮圧行動の枠組みで行動しているように見受けられます。昼頃にフェーゼン前に到着、威圧しながら降伏勧告を行い、その後は包囲による持久戦に移るでしょうな」
イセスの問いに、淀みなく答えるクラウス。イセスは戯れに更なる質問を重ねてみた。
「では、汝ならばこの局面、どう打開する?」
「我々は騎士が二十に兵士が二百。とても勝負になりません。あくまで魔王様頼りでございます」
できない事はできないと、あっさり肩をすくめるクラウスであった。イセスの方も期待していなかったようで、同様にあっさりと肯いている。
「まあ、そうじゃろうな」
「しかし、提案させていただくならば、魔王様が大威力の魔法で攻撃される場合、降伏勧告時が最適と考えます」
「ほう、理由は?」
「威圧のためにこの街から見える場所に全軍を整列させるはずです。行軍時は隊列が長く伸びてしまっておりますし、その後は包囲の為に分散してしまいますので」
納得する答えが得られたのか、イセスは満足そうに肯いた。
「うむ、汝の見立てで問題なさそうじゃな。なに、ただの人間の一万や二万など、物の数では無いわ、余が蹴散らせて見せようぞ」
「魔王様のご活躍、期待しております」
と、頭を下げたクラウスであったが、ふと何か思いついた顔をする。
「蹴散らすと仰りましたが、一つお願いがございます」
「なんじゃ?」
クラウスは一瞬躊躇したが、意を決したように口を開いた。
「帝国軍を壊走させる事無く、確実にこの地で全滅させていただきたいのです」
イセスは一瞬あっけにとられたが、すぐに妖しい笑みを浮かべる。
「ほう、同胞をなるべく殺すな、とでも言うかと思ったが、皆殺しを希望するとはな。理由は?」
「は、帝国軍は現在、秩序立った行動を取っており、道中の村落に対する略奪等は行っておりません。叛乱鎮圧後に、速やかに治安を回復させなければなりませんからね」
クラウスは「ただ」と繋いで言葉を続けた。
「ただ、敗退して帝国領に向けて潰走しているような状態では、そのような自制は期待できません。そもそも、分散しゲリラ戦に移行してしまった場合、我々の戦力ではとても対応しきれません。なので、分散される前に、そのまま消え去っていただくしかない、という訳ですな」
顎の下に手をやり、しばし考えるイセス。
「ふーむ……理屈は分かった。ま、問題無いわ。確実に殲滅する事にしよう」
しかし、すぐに深紅の髪をなびかせながら小さく頭を振ると、黄金の瞳を輝かせて魔王らしい笑みを浮かべたのであった。




