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16.魔王、人類が見た二度目の"神の光"を打ち上げる

 またまた遅くなってしまいました、うっかりウマ娘のトレーナーを……


 さて、イセスの技の仕様を少し変更しました。もともと、彼女の技は「奥様は魔女」的に、ポンといきなり物を取り出す系(それが小恒星だったりエネルギー弾だったりしますが)ですが、見た目的に魔法陣的な何かをゲートとして使った方が分かりやすいかと考えて修正しました。ただ、あくまでこの世界の魔法陣とは別の論理で動いているため、紋様環としています。

「そうじゃ、最後に景気づけに一発、面白い物を見せてやろう。シャノンよ、少し離れるのじゃ」


 これまで総てフィンガースナップ一つで即座に発現させてきたイセスにしては珍しく、精神を集中させ、脳内でイメージを構築する。


(中央に超重力源を配置して、と……このままでは周辺の空気ごと吸い込んでしまうからの、まずは遮蔽が必要じゃな)


 イセスが指を鳴らすと、彼女の直上に直径5mほどの、赤黒く光る紋様環が二つ出現した。そしてそれに挟み込まれるような形で、球面が薄明るい水色に輝く半透明の球体が現れ、入れ替わりに役目を終えた紋様環は消失してしまう。


 更にイセスが指を鳴らすと、球体を輪切りにするような形で一瞬、更に大きな紋様環が出現したが、すぐに小さく縮んでいき、消失してしまった。ただ、紋様環が消え去ったその中央には、目をこらしてみなければ見えないほどの大きさの漆黒の物体が現れていた。それはただ小さいだけでは無く、その物体を通してみるとレンズのように反対側が歪んで見えている。


(次は、装薬代わりの小恒星を配置じゃ。今回は爆発させるわけではないからの、安定期で良かろう。その代わり、火力マシマシで……)


 再び指を鳴らすと、半透明の球体の中に拳ほどの大きさの(まばゆ)い光球が3つ出現し、漆黒の物体を囲んで回転し始める。


 その様子を見ていた領主クラウスは、まず、魔術師のイーヴォの方を見たが、彼は顔を青くして首を振るのみであった。次いで、シャノンが近くに移動してきているのに気付き、囁きかける。


「シャノン殿、これはいかなる技だろうか?」


「自分もこのような技を見るのは初めてです。あの光球が爆発してしまえば、街ごと吹き飛ぶのは間違い有りませんが、陛下はそのような事はなさらないでしょう。気を楽にして派手な花火を見物すればよろしいかと」


 話している間にも、光球は次第に回転速度を上げながら漆黒の物体に近づいている。近づくにつれ、光球の形が崩れはじめ、真円から楕円に近い形に引き延ばされていた。


(ここからが問題じゃ。3つ同時に到達せねば、明後日の方向に吹き出すぞ?)


 頭上の球体を仰ぎ見ているイセスは精神を集中させ、口の中で小さく呟きながら、指を細かく動かしていた。と、いきなりクラウス達の方を向いて大きな声を上げる。


「さあ、そろそろじゃ。汝等、閃光と衝撃に備えよ! 目を(つむ)り、伏せた方が良いかも知れんぞ!」


 クラウス達は慌てて地面に這いつくばり、頭を抱える。そしてついに、回転する三つの光球が、中央の漆黒の物体に同時に到達した。


 その瞬間、漆黒の物体から強烈な衝撃波が発せられた。水平方向、同心円状に広がった衝撃波は、一瞬半透明の球体に捕らえられるも、ガラスが割れるような音と共に突破し、周辺に竜巻のような強烈な突風を瞬間的に巻き起こす。


 そしてもう一つ、垂直方向には、巨大な白く輝く光の束が発射されていた。まるで目の前が太陽になったかのような強烈な光を放ちながら、10m近い直径となった光の束は、空高く吹き上がっていく。


 クラウス達は何が何だか分からないまま、強烈な光に目を(くら)まされ、吹き荒れる嵐に翻弄されていた。


 光の束が噴射していたのは十数秒ほどであろうか。噴出が収まった頃合いを見てイセスが指を鳴らすと、残っていた黒い物体ごと消失してしまった。


 吹き荒れた嵐の影響で色々荒れてしまったものの、中庭はまるで何も無かったかのように静まりかえっていた。頭を抱えて地面の上に伏せていたクラウス達は恐る恐る顔を上げ、無言のまま立ち上がる。文官達は怯えの顔を見せているが、騎士達は流石に露骨に怯えるわけにも行かず、厳しい顔を保っていた。


 立ち上がったクラウスは、上手くいったと微妙にドヤ顔を見せながらパンパンと手をはたいているイセスに声を掛ける。


「陛下、今のはいったい……」


「ん? これを人間界で使うのは二度目じゃぞ? これがソドムとゴモラを滅ぼした、余の"神の光"じゃ」


「なっ――!?」


 クラウスが知る伝説、それは遙か昔に存在した退廃の街が、神が硫黄と火によって神罰を下し、滅ぼされたというものであった。


「あ、あれは神の裁きでは?」


「人を体よく操って戦わせる事しか知らん彼奴等(きゃつら)に、そんな力はないわ。あれは天界の奴らと取引した結果、余の力を貸したのじゃよ」


 今までの常識と異なる事実を聞いて呆然とするクラウス達の前で、イセスは魔王にふさわしい笑みを浮かべたのであった。


 なお、イセスが放った光は、領内のみならず、帝国を越え、この大陸の大部分から視認されたと言う。この大陸に住まう人類はこの日初めて、恐るべき力を持った何者かが出現した事を知ったのであった。



              ◇   ◇   ◇



 イセスが"神の光"を放ってから小一時間ほど経過していた。


 騎士達は市民達の質問に答えるべく、町中に展開しており、領主クラウス以下文官達も、忙しげに走り回っていた。


 イセスは、と言うと、応接室において帝国冒険者ギルドのギルドマスターの到着を待っていた。ようやくのノックの音と到着を告げる声に、「入れ」と短く許可を出す。


「失礼します! 帝国冒険者ギルドマスターをお連れしました」


 使用人に案内され、ギルドマスターが入室してきた。やや猫背な姿勢は変わらず、余りしゃっきりとはしていないが、服は冒険者ギルドで見た時と比較すると、若干こざっぱりした物に着替えられているようだ。


 入室したトムは、尊大そうに腕を組んでソファに深く腰掛けているイセスを見つけ、そちらに顔を向けた。現在のイセスの格好は、冒険者ギルドに訪れた際の衣装、街で購入した普段着の民族衣装(ディアンドル)ではなく、魔王としてのドレスを身に纏っている。深紅の髪や黄金の瞳こそ変わっていないものの、身に纏う雰囲気からして冒険者として変装していた時の姿とは全く異なっていた。


 トムはイセスの顔を見て一瞬、驚きに目を見開いたようだったが、すぐにそれまでと変わらない眠そうな目つきに戻っていた。イセスはその表情の動きを見て、僅かに口元を(ほころ)ばせる。


 使用人が退室し、ドアが閉じるのを確認すると、トムはドアの前に(たたず)んだまま、小さく頭を下げたのだった。


「帝国冒険者ギルドフェーゼン出張所、所長のトム・ノイマンです。小職をお呼びだそうで」


 イセスは鷹揚に肯いて、自らの目の前のソファを指し示した。


「うむ。まあ、まずは近う寄れ」


 トムはひょこひょこと歩み寄るが、ソファに座ること無くその横で直立不動の姿勢を取る。


「座らぬか? まあ、良い。まず最初に自己紹介しておこう。余は魔王ゼナニムである。余がここにいる理由は承知しておるな?」


「はぁ、この街は魔王軍の陣営に加わったそうで」


「冒険者ギルドは帝都の総本部を筆頭とした組織に属し、この街の指揮下にはないと聞いておる。ただ、当然ながらこの状況下では、帝国側からの連絡は遮断される事になるであろうな」


「では、閉鎖、ですか?」


「逆じゃ。余は冒険者ギルドの組織は存続させたいと考えておる。つまり汝には、単独での冒険者ギルドの運営と、更に、これから加わる各地の冒険者ギルドをまとめる組織を作り上げて欲しい」


 飄々と受け答えしていたトムであったが、その言葉を聞いて初めて言葉を詰まらせる。


「は? ……いやはや、それはなかなかの大仕事ですな」


「できぬか? 汝の理想の組織を作り上げる事ができる、またとない機会じゃぞ?」


 天井を見上げてしばらくの間、思い悩んでいたトムであったが、最終的に小さく肯くと、イセスの前に膝をついたのだった。


「承知しました。謹んで拝命いたします」


「うむ。よろしく頼むぞ」


 イセスは満足そうに大きく肯いた。


「さて、これまで通り、汝は領主の指揮下では無く、魔王軍直轄とする。汝の上司は……まだ決めておらんが、当面は、余か、このシャノンが対応する事になるであろう」


 突然の無茶振りにシャノンが首をもたげて抗議しようとしていたが、イセスは視線だけで黙らせた。


「組織作りには時間がかかろう。まずはゆっくり考えると良い」


「は、承知しました。早急にまとめさせていただきます。ただ、魔王様にも、ご用意頂きたいものが」


「ほう、遠慮無く申してみよ」


 イセスに促されたトムは、躊躇無く口を開く。


「魔王軍の指揮下に入るのは結構ですが、その代わりに運営費をいただく必要がありまして。特に本部として作り上げるのであれば、それなりの額が必要となるでしょうな」


「む、運営費……つまり、カネ、か……」


 トムの返答を聞いたイセスは、初めて困惑の色を見せた。シャノンがそれを引き取って代わりに返答する。


「今後、フェーゼンからの税が入って来る予定ではありますが、現在の魔王城に貯金はございません」


「ま、そうでしょうな。――実は一つ、解決策があります」


 肩をすくめたトムであったが、突然声をひそめて指を一本立てて見せた。


「冒険者ギルドの収入の一つに、冒険者が倒した魔獣の処分代行がありまして」


 トムの言によると、冒険者が倒した魔獣は、資源として有用ではあるものの、解体はまず肉屋ギルドが行い、その成果は品目別、つまり、革や鱗は皮革ギルド、可食部分があれば肉屋ギルド、爪や羽根、骨は魔術師ギルドに錬金術師ギルドなど、それぞれの専門ギルドに卸さなければならなかった。その取引には時間が掛かり、しかも上手くやらなければ買いたたかれるため、冒険者ギルドが代行して最大限の売り上げを冒険者に還元するサービスを行っている、という事だった。


「この辺りに出没する魔獣であれば、正直、大した手数料は頂けません。しかし――」


 トムは、ニヤリと笑みを浮かべて言葉を続ける。


「つい先日、強烈な新人が加入しましてね。彼女がドラゴンの二匹か三匹あたり狩ってきてくれれば、当面の費用としては充分でしょうな。ま、この街の近辺には居ませんが、帝国領内ならば何カ所か心当たりがありますので」


「帝国領内か……例えば昨日、登録していた場合じゃが。その場合でも、問題無く帝国全土で冒険者として活動できるのか?」


「はい、登録書類は既に地方本部に発送しておりますので、発行した認識票は問題無く帝国全土で利用できますな。ただ――」


 トムの言によると、帝国からの離脱を宣言してしまった以上、所在地登録がフェーゼンとなっている冒険者は、今後怪しまれる可能性があるため、早急に地方本部でのランク認定試験を受ける事を勧めたい、との事であった。


「試験に合格さえしてしまえば、登録地がその地方本部に更新されますから、まあ、問題は無くなりますな」


「うむ、分かった。落ち着き次第、向かう事にしよう。じゃが、まずはドラゴン、じゃな!」


 なぜかトムは、わざとらしい咳払いを一つ入れてから返答する。


「ごほん。あー、もし、魔王様がその冒険者をご存じでしたら、そのようにお伝え願います」


 トムは"魔王"に向かって話していたのに対し、"冒険者"として返答してしまっていた事に気付いたイセス。しばし、気まずそうに視線を巡らせたが、そそくさと腰を上げる事にしたのだった。


「……む、そ、そうじゃな。伝えておこう。うむ、余の用はこれだけじゃ。下がって良いぞ」


「承知しました、それでは失礼いたします。組織案については、また後日に」


 トムはイセスのあからさまな誤魔化しに反応する事はなく、あくまで飄々とした表情のまま、慇懃に頭を下げたのであった。



              ◇   ◇   ◇



 こうして魔王城とフェーゼンによる体制が開始した。


 領主はクラウスから変わっていない事と、騎士団を展開する事によっていち早く周知できた事から、幸いにも市民達に大きな動揺や離脱はなく、フェーゼンは平静を保っていた。


 一方、魔王城では、ようやく魔力が回復してきた転送機による、魔界からの人員の転送が再開していた。ただ、魔王城や組織の管理運営に適した人員を中心に補充していたため、魔王城とフェーゼンの協力体制は円滑に回り始めていた物の、戦力的にはさして変化はしていなかった。


 ただ一つ例外として、イセスを偏愛するメイド二人、リリィとルリィが本来の転送候補を蹴り出し、かつ、過激なダイエットによって魔力を絞り込み、強引に突入してくるという事件が発生していた。


 なお、彼女達はイセスの逆鱗に触れて魔王城の尖塔から逆さ吊りの刑に処されていたが、どうみても喜んでいた事と、魔王城を訪れたフェーゼンの人間達にひどく評判が悪かったため、塔から降ろされて既にメイドとして働き始めている。


 そして一週間目の早朝、魔王城の寝室で眠っていたイセスは、バフォメットのノックにより起こされる事になったのだった。


「イセス様、お休みのところ申し訳ありませんが、敵軍が接近中でございます」

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