15.魔王、征服開始を宣言する
隔週になってしまっていますが、今回は原因がはっきりしています。うっかり無職転生を全部一気読みしてしまいました……いやぁ、よくできていますね。
ついでに、手持ちのキャラでまともな恋愛ができそうな人がいるか考えてみたのですが、浮いた話ができそうなカップルは殆どいない事に気がつきました。残念。
「では、我等の新たな主を紹介したいと思う!」
控え室の扉を僅かに開け、隙間から大広間の方を覗き見ていたイセスであったが、クラウスが自分の方にやってくるのを見て、急いで椅子の方に戻っていった。
かろうじて椅子に腰掛けた所でノックされ、慌てながらもなんとか返答する。
「な、なんじゃ?」
「失礼します、陛下。我が家臣達にお言葉を賜りたいのですが、よろしいでしょうか?」
礼儀正しく入室し、頭を下げるクラウスに、イセスは少々カクカク頷きながらも椅子から腰を上げた。
「う、うむ。構わんぞ!」
改めてクラウスに誘導され、大広間に向かうイセス。肩を回し、首を回しながら歩くうちに、心を落ち着かせて真剣な表情に切り替えていく。
大広間に入った瞬間、全員の視線はイセスに集中した。その瞬間、軽く目を細めて僅かに首を上げ、下目遣いに睥睨する。
イセスの外見は、年の頃は二十歳前、輝く黄金の瞳を持ち、深紅の長髪からは山羊のような短い角が覗き、その背中には人ならざる者の証、漆黒の翼が広がっている。
その均整が取れた肢体は、貴族の如き真朱色のドレスで飾られ、漆黒のコルセットによって絞り込まれている。ドレスながら膝丈と短めのスカートからは、ガーターストッキングに包まれてすらっと伸びた脚を惜しみなく披露していた。
クラウスの家臣達の息をのむ声、声にもならない呻き声などが聞こえてきたが、イセスはそれに構わず颯爽と歩き始めた。先程までの少々慌てた感じは全くなく、まさしく魔王然とした振る舞いである。
家臣達の背後から現れたイセスは、クラウスに先導され、大広間の中央を通って最前列まで進んで行く。イセス達が通るために左右に分かれて道を空けた家臣達は、いずれも驚愕の表情を示しているが、先程イセスが視察しているのを見かけていた家臣達の硬直ぶりは、特に衝撃が激しい事を物語っていた。
家臣達の列を抜けて正面にまで至ったところで、イセスはかつんとヒールの音を声高く響かせて立ち止り、切れの良い動作で家臣達の方へ振り返った。
「諸君。余が汝等の新たな主、魔王ゼナニムじゃ」
イセスは自分に視線を寄せているクラウスの家臣達の顔を一人一人、ゆっくりと視線を動かして確認していった。一通り見終わったところで、軽く唇を舐めて湿らせてからゆっくりと口を開く。
「聞いての通り、余は汝等の旧主により、魔界からこの世界に招かれた。この世界は美しい。自然も、人工物も、そしてこの衣食などの人間の営み、総てが余にとっては愛すべき存在である。従って、余はこれら総てを征服したいと考えておる。諸君等には、余の陣営に加わり、余の覇道に協力して欲しい」
イセスはここで表情を緩める。
「なに、言い方は悪いが、汝等を戦力としては期待はしておらん。戦闘は余の軍勢が中心となって行われる事になろう。汝等は、これまでと変わらず、この街と周辺地域の治安維持と運営に努めて欲しい」
必要な挨拶は終えたと思ったのか、イセスはポンと手を叩いて横のクラウスの方を向いた。
「さて、最初の挨拶としてはこんな所かの。クラウスよ、確かこのあと昼食と聞いておったが、彼らと共に摂る事はできるかの? いきなり主と言われても納得できぬ者もおろう。余に対する疑問があれば、なるべく解消しておきたい」
「承知いたしました。では、そのように」
イセスの提案を聞いたクラウスは、突然の要望に動揺することも無く、恭しく頭を下げたのであった。
◇ ◇ ◇
部屋そのものは大広間のままであったが、イセスとシャノン、そしてクラウスはテーブルにつき、あとは立食スタイルでの昼食会となっていた。
「我々の料理は如何ですかな?」
「うむ(ぱくぱく)、やはり汝等人間の料理というものは(もぐもぐ)、なかなか美味じゃのう(ごっくん)」
イセスはぎりぎり礼を失しない、しかしかなりの勢いで食事を平らげていた。ちなみにクラウスは上品に、シャノンは面頬を僅かに上げ、口元だけ覗かせながら食べている。
「お気に入られたようでなによりです」
がつがつ食べていたイセスであったが、いきなり停止したかと思うと、クラウスにスプーンをびしっと突きつけた。
「そうじゃ、魔王城の方に調理人を一名派遣してくれ。素材の手配もな」
「はい、シャノン様より伺っております。本日中に第一便をお送りできるかと」
「うむ、ならば、良い」
返事を聞くと、イセスは食事を再開した。ひとしきり食べ尽くした後、ようやく、落ち着いた様子で香茶をすすり始めた。
それを見て、頃合いと察したのか、一人の騎士がイセスの前にやってきた。イセスから剣の祝福を受けた、コンラートとか言う騎士だ。
「失礼しまっす! 質問、よろしいでしょうかッ!?」
「うむ、何でも聞いてやろう。今日は無礼講、大サービスじゃ!」
コンラートは、イセスの前には勢いよく出てきたものの、その後はしばらく躊躇した挙げ句に、おずおずと質問する。
「その……我々は、魔王軍に属すると言うことは、暗黒騎士団とかに名前は変わってしまうのでしょうか?」
「――なんじゃ、それは?」
イセスは、その質問内容の意味が理解できずに眉をひそめて首を傾げるばかり。
「魔王軍の騎士団と言えば、やっぱり、真っ黒な鎧で、トゲトゲが突きだした兜ですから! あとは馬も真っ黒で、できれば普通の馬じゃなくて、ナイトメアなんかに乗ったりできれば最高ですよね!」
具体的なイメージの提示に困惑したイセスは、隣のシャノンに耳打ちする。
(シャノンよ、そんな決まりでもあるのか?)
(確かに、人間界での物語やら伝説での一般的なイメージでは聞いた事がありますが、実際にそのような軍勢が居たかどうかは……)
イセスの返事を待ってちんまりと立ちすくんでいるコンラートに向き直り、一つこほんと咳をしてから返答する。
「ま、まぁ……好きにすれば良いぞ。この街の騎士については、クラウスの配下である事に変わりはないからな。余ではなくクラウスが決めれば良かろう」
「は、ありがとうございます!」
その後も、クラウスの部下達によるイセスへの質問は続いていた。
曰く、魔界とはどんな世界であるのか、魔界に部下はどれくらい居るのか、戦乱に明け暮れていたりしていたのか、魔界ではどんな物を食べていたのか、人間界に来たことはあるのか、等々。
そしてついに、この質問が飛び出る事になる。
「陛下は、どの程度お強いのでしょうか?」
質問を受けたイセスは、腕を組んで椅子に深く座り直した。
「ふーむ。難しい質問じゃな。個人戦で汝等を捻っても、それは余の力を示した事にはなるまい。山の一つも飛ばせばいいのかも知れんが、意味も無く自然を破壊する気は毛頭無いからのう」
そして視線を下げ、口の中で呟きながら考え込む。
(此奴等とこの街の民、ついでにこの世界の者どもにも余の力を示す機会ではあるか……壊さぬ程度に派手にぶちかませばそれで両立できようか)
考えが決まったイセスは、パンと手を叩くと椅子から立ち上がった。
「よし、これからデモンストレーションついでに、街の民草に演説の一つもしてやろう。後始末はクラウス、汝に一任するが、それで構わんな?」
「は、はぁ、演説ですか? 広場に市民を集める事は可能ですが、告知が行き渡るには少々お時間を頂く必要があるかと存じますが」
「なに、集める必要などないわ。ま、見れば分かる。――汝等、余と共に中庭に移動するのじゃ!」
◇ ◇ ◇
先程、騎士達が訓練をしていた城の中庭に、イセス以下、大広間に集っていた人間達が集結していた。大広間と同様に、イセスは中央奥に立ち、その背後にシャノン、そして彼女達の目の前に領主クラウス以下、数十人の騎士に文官達が立っている。
「さて、余の力を知りたいのじゃったな。まずはこんな所でどうじゃろうか」
イセスは大きく手を広げ、パシンと一つ指を鳴らした。
イセスのスキルは、自分がイメージしたいかなる物も作り出せる事ができると言うもの。イメージした通り、自らの周囲に十個、二十個と、高エネルギー球が形成される。一つ一つの大きさはソフトボール程度と控えめであるものの、その輝度は直視すると目が眩みそうな程であった。
「まずは花火代わり、じゃ! 放てぇっ!」
イセスが右手を振り上げると、エネルギー球から次々と光弾が空中に向けて飛び出していった。花火のようではあるが、爆発するわけではないため、光の噴水が吹き上がっているように見える。
次々に空に向かって光弾を撃ち上げているイセスを、クラウスの家臣達は目を丸くして眺めていた。ただ、その間に、一人の魔術師らしき服装の中年男性が、クラウスの背後に近寄っていった。クラウスはそれに気づき、視線はイセスから外さないままに小さく声を掛ける。
「イーヴォか、どう見る?」
「は、あの球の一つ一つが、熟練の魔術師が放つ"雷撃"に匹敵する威力を持っているように見受けられます。正直、あり得ません。幼く見えても、やはり魔王を標榜するだけの事はあるようです」
「なるほど、つくづく、敵対せんで良かったな。人間界にも来た事があるように言っていたが――」
「はい、当時の記録が残っていないか文献を探ってみたいと思います」
「分かった。よろしく頼む。くれぐれも内密に、な」
クラウスが傍らの魔術師イーヴォと話している間にも、イセスは光弾の打ち上げを続けていた。
「さて、これで街の者どもの注意を引けたじゃろう。次は、これじゃ!」
打ち上げを止めたイセスが再びパシンと指を鳴らすと、いきなり巨大なイセスの立体映像が出現した。その大きさはおよそ五、六階建て、城で最も高い尖塔に並ぶほどであり、間違いなく市内全域から見えるような高さであった。
ただ、自らの直上に出現させてしまったため、中庭にいた人間からは、イセスを真下から覗き込むような形になってしまっていた。
(黒、ですね)(黒だ)(黒じゃなぁ)
「む、お、お主等、一旦、下を向くのじゃ!」
イセスは少し顔を赤くしながら再び指を鳴らすと、立体映像は後退し、中庭からは覗かれないような位置に移動した。
「これで、よし、と」
呟いたイセスは、ごほんと咳払いを一つ挟む。なお、立体映像の方は半透明かつ、本物のイセスの動作に連動している。
「あー、テス、テス。聞こえておるか」
市街地総てに響き渡った声が、こだまのように反響している。突然の巨大な人影の出現に、ざわめいていた街も、緊張感を持って静まりかえっている。
「フェーゼンの市民諸君。余は魔王ゼナニムである。突然じゃが、この街は我が魔王軍の傘下に加わる事となった」
一旦、話を切り、イセスは様子をうかがうように周りを見渡した。もっとも、本体はあくまで人間サイズの方であるため、街の様子が見えるわけではないのだが。
「じゃが、安心せい。領主は変わらずクラウスじゃ。原則として、これまでの生活は変わらぬ事を余の名において約束しよう。この街から逃げ出したいと思う者は、逃げ出しても構わん。ただ、混乱に乗じて罪を犯した場合は、厳しく取り締まられる事になろう」
人差し指を一本立てて見せる。
「ただ一つ。この街及び近辺を余の眷属、魔族が行動する事もあるだろうが、それは甘受して貰いたい。いずれにせよ、我々の方から汝等人間共を攻撃する事はないであろう。汝等も、我々を迂闊に攻撃せぬように気をつけて欲しい」
街の人々はまだイセスの言葉に聞き入っているらしく、沈黙を保っている。イセスは結びの言葉に繋げようとしていた。
「なに、悪い事ばかりではない。この街は人間界における余の王都となるのじゃ。今後の発展に関しては期待して貰いたい。では、質問、苦情等あれば、クラウス及び騎士団に相談せよ。以上じゃ」
しかし、何か思いついたらしく、イセスはいたずらっ子のような笑みを浮かべながら、一言付け足したのだった。
「そうじゃ、最後に景気づけに一発、汝等に面白い物を見せてやろう」
景気づけの一発までを含む予定でしたが、かなり長くなってしまったため、ここで切ります。




