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14.魔王、神殿やギルドの取り扱いを決める

 あと3話、くらいで一段落つく?と、思います。たぶん。

 城内を視察していたイセスが、領主クラウスとシャノンが主従契約の条件について協議中であった部屋に戻ったのは、騎士達の訓練を見たその後の事であった。


 協議そのものは既に終わっていたようで、クラウスとシャノンは香茶をすすりながら雑談にふけっていた。


「なんじゃ、もう終わっておったのか」


「はい、基本的に変わりは無いと言うことでしたので、スムーズに進めさせて頂きました」


「ふむ、ま、それは重畳じゃの」


 クラウスはイセスに席を勧め、メイドを呼び出してイセスの分の香茶を持って寄越すように指示を出した。なお、イセスを案内していたハインツは、定位置なのであろう、クラウスの後ろで直立不動で待機している。シャノンも席を立ち、ハインツと同様にイセスの後ろに下がっていった。


 イセスが香茶をすすって一息ついたところで、クラウスは容儀を正して口を開く。


「ただ、二点ほど、陛下にご確認いただきたい事がございまして」


「うむ。なんじゃ?」


「この街には二つ、外部に通じている組織がありますが、その取り扱いを定める必要がございます」


 無言で続きを促すイセスに応じて、クラウスは話を続ける。


「一つは、神殿です。この街には至高神、商売神、豊穣神の神殿がありますが、彼らは外部の総本山と繋がっております。こちらの扱いは如何致しましょうか?」


 クラウスの質問に、イセスは考える間もなく即答した。


「問題無い。信仰の自由は保証する」


「おや、よろしいので?」


 驚きの顔を見せるクラウスに、イセスは肩をすくめる。


「信仰心という物は、禁止をすれば燃え上がるものじゃからな。無理強いしても余を信仰してくれるわけでもあるまい? ――ただ、信者同士の争いは禁ずる。例えば、我等魔族を信仰する者どもが神殿を作ろうとした場合、それを妨害してはならぬ、と言う事じゃな」


「なるほど、確かにこの地で陛下、すなわち魔王が()ったともなれば、そのような(やから)が押し寄せる事も考えられますな」


 初めて表情を曇らせるクラウス。変わらぬとは言われても、やはりこれまでと異なった風景にはなってしまいそうだ。


「余の信者を(やから)呼ばわりせぬように。ま、冗談はさておき、いずれにせよ、そのような(やから)が街の者に危害を及ぼした場合は、法に基づき処罰してよろしい。余に遠慮は無用じゃ」


「承知いたしました。市民への布告を行うと共に、神殿の方にもその旨伝えておきます」


「うむ、よろしく頼む」


 再び香茶をすするイセスだが、目を伏せて呟きをぽつりと漏らす。


「これも旨いが、そろそろ腹が減ったのう」


「あと一件の決裁をいただいて、陛下を我が家臣に紹介させていただいた後に、昼食を予定しております。今しばらくのご辛抱を」


 苦笑交じりのクラウスの言葉に、イセスは勢いよく返事する。


「そうか! では、すぐに終わらせてしまおう! もう一件とは何じゃ?」


「は、帝国冒険者ギルドでございます。本来、帝都の総本部を中心としたネットワークが形成されておりまして。こちらが良くても向こうから切断されてしまうでしょう」


 イセスは腕を組んでしばし考え込んだ。


「ふーむ……そうじゃな。少なくとも、存続はさせねばならんな。余がこの地を支配すると言っても、土着の魔族魔獣共が自動的に従う訳では無いからの。治安維持には有用であろう」


「は、では、そのように進めます」


「いや、待て。この件は余が直接確認しよう。午後にでも、責任者との面談を設定するように」


 クラウスは、手元の書類に何やら記入していたのだが、イセスの言葉に筆を止め、頭を上げた。


「陛下が直接、ですか?」


「何か問題があるのか?」


「いえ、問題はございません。承知いたしました」


 一旦止めていた筆の動きを再開し、メモ書きを終えたクラウスは、書類を纏めて立ち上がった。


「では、これより当方の家臣に状況の説明と、陛下の紹介を行いたいと思います」



              ◇   ◇   ◇



 イセス達はクラウスに導かれ、応接室から大広間脇の控え室に移動していた。


「狭いところで申し訳ありませんが、この控え室でお待ち下さい。事情を一通り説明した後に、陛下を紹介いたしますので」


 と言い残し、クラウス自身も準備の為に立ち去っており、現在はイセスとシャノンのみが室内で手持ち無沙汰になっていた。


「陛下がわざわざお会いになるとは思いませんでした」


 ぽつりと漏らしたシャノンに、イセスは不自然に明るく回答する。


「冒険者ギルドの件か? やはり、重要組織じゃからな?」


「確かに、もっとも大きく作り替えなければならない組織ではありますが……理由は、それだけですか?」


 シャノンにじっと見詰められたイセスは、視線を明後日の方にそらしている。


「あ~、このタイミングでネットワークが切断されても、余の冒険者登録が帝国領土で有効かどうか気になって、の?」


「帝国領土で有効かどうかが、陛下になぜ関係――まさか、"冒険者"として帝国側に出られるおつもりですか?」


「これだけの世界が広がっておるのだ。領土拡大を待っておれるか!」


 腰を浮かすシャノンに、大きく身振り手振りを入れて反論するイセス。


「いくらなんでも、お一人での潜入は危険ではありませんか?」


「何をとぼけたことを。もう一人おるではないか」


「もう一人って……じ、自分もですかぁ!?」


「当然じゃ。余と汝は共に冒険者登録した、"パーティ"なんじゃからな!」


 言い返せずがっくりとなり、机にゴンと兜を被った頭を打ち付けるシャノン。流石に気が引けたのか、イセスは肩をすくめてフォローする。


「ま、安心せい、流石にこの本拠地を安定かつ安全に運用できてからじゃ」


「バフォメット様とかに怒られるのはイセス様だけにしてくださいね……」


「そ、そ、そうじゃな? む、クラウスとやらの説明が始まったようじゃ! これは観察せねば!」


 大広間の方では、クラウスによる説明会が始まったようだった。イセスはそそくさと扉の前に行き、僅かに開いた隙間から大広間を覗き見始めたのだった。


「陛下、お行儀が悪いです……」



              ◇   ◇   ◇



 大広間の正面に立つクラウスの前には、この街の文武を司る人達であろう、鎧姿の騎士に平服の文官など、二、三十人ほど集まっていた。見たところ、二十代が中心で比較的若い層が多いように見える。


「突然の呼び出しで済まない。良いニュースと悪いニュース、そして、どちらでもないニュースがある。どれから聞きたいかな?」


 クラウスの宣言に、若い騎士が右手を挙げた。先程、中庭で訓練しており、イセスから()()を授かったコンラートとか言う騎士だ。


「良いニュースからお願いしまっす!」


「うむ、良いニュースとしては……我等が愛すべき主君である、ロンスベルク辺境伯が急死されたとの報が入った」


 突然のニュースに、どよめきが走る。ただ、口笛を鳴らす音が聞こえるなど、かなりフランクな反応だ。


「そりゃ、確かに良いニュースですね。次に誰が主君になるかにも寄りますが。では悪いニュースは……?」


「この街の近くにある、シュヴァンシュタイン城。ロンスベルク辺境伯があの古城を占有して、何事かを行っていたのは周知のことと思う」


 彼らにとってはよく知られている事なのか、結構な人数が肯いている。


「あのはた迷惑なクソジジィ、寄りにも寄って魔王の召喚を行ってやがった。これが悪いニュースだ。自業自得で、出現した魔王に殺されたらしいがな」


「マジですか? 悪い、と言うより最悪なニュースな気がしますが。で、その魔王は今どこに? 我々で対抗できるんですか?」


 魔王が出現したとの報に、更にどよめきが大きくなる。


「そこで、最後のニュースだ」


 クラウスは、そこまで話してから一旦口を閉じた。どよめきが小さくなり、全員の視線がクラウスに集中する。そして、静かになった所で、クラウスは再び口を開いた。


「現在、その魔王がこの城に訪れていてな。この街をそのまま魔王領に組み入れたいと申し出ている。これは正直、良いニュースか悪いニュースか分からん」


 クラウスが口を閉じても、大広間は沈黙に満たされたままだった。コンラートが、絞り出すようにようやく口を開いた。


「す……少なくとも、良いニュースじゃないんじゃないですかね? で、どうされるんですか? まさか、受けてしまうんですか?」


 クラウスの方はあっさりと、しかししっかりと肯いた。


「受けた。受けざるを得なかった。拒否した挙げ句に攻撃を受けて占領、最悪、街ごと消し飛ばされるよりはマシだからな。少なくとも、諸君と市民が迫害される事はないという言質は取っている」


 クラウスは、全員の顔をゆっくりと見渡してから言葉を続ける。


「無論、これは帝国、いや、人類に対する裏切り行為だ。不満があれば、オレの麾下を抜け、この街を脱出してくれて構わない。諸君等の身の安全は、オレの命を懸けてでも確保しよう」


 大広間を沈黙が覆い尽くした。皆、立ち尽くし、腕を組んだり俯いたりして考え込んでいる。


 しかしついに、コンラートが意を決したようにクラウスの方を向き、大きな声を上げた。


「今更、何言ってるんですか!」


 それで勢いが付いたのか、肩をすくめながら軽い口調で言葉を続ける。


「元々、クラウス様と我々は一蓮托生ですからね。あなたと一緒でなければ、とうの昔に戦死していたわけですから。付き合いますよ、どこまでも」


 その様子を見た他の部下達も、最初は小さく頷き、そして身振りも次第に大きくなって、同意の声を上げ始めたのだった。


「そう、だな」


「クラウス様が信じた人なら、我々も信じなければ」


「これからは帝国が相手か……」


「「相手にとって不足なし! やってやるぞ!」」


 そんな部下達の姿を見たクラウスは、小さく頭を下げる。


「すまん。ありがとう」


 そして顔を上げると、イセス達を案内してきた騎士、ハインツの方を向いた。彼は他の家臣達のように熱気に包まれる事無く、涼しい顔をしたまま、壁際で腕を組んだ姿勢で立っていた。


「ハインツ。お前はどうする? お前はヴュルテンベルク伯爵家からの預かり物だ。オレに付き合う必要は無いんだぞ?」


 問われたその騎士、ハインツは厳しい顔を崩さぬまま、良く通る声でクラウスに返答した。


「率直に言えば、あの魔王とやらに怯えて帝国を敵に回す、クラウス様の判断は理解しがたい」


「そう思うのも当然だな。帰るか?」


 クラウスの問いに、ハインツは小さく首を振る。


「しかし、私の任務は、いかなる不利な状況からも逆転してきた、クラウス様の考え方を学ぶ事。帝国、あるいは人類総てが相手か。この戦力差をどうひっくり返すのか、それを学べる機会を捨てて帰参するのはあり得ませんな」


 返答を聞いたクラウスは、ニヤリと笑った。


「お前も色々理由付けが必要な奴だな。魔王殿――陛下の、その力を示す機会は、すぐに訪れるはずだ。だがしかし、もし、オレの見込み違いだったならば……遠慮は要らん。オレの首でも手土産に、帝国に帰参すれば良かろう」


 ハインツは無言で肩をすくめるばかりだった。その様子を見たクラウスは、一通りの意思確認は終わったと判断したのか、ぱしんと一つ、大きく手を叩いた。


「さて、まずは離脱者なし、と言うことかな。無論、他の人間には明かしたくない事もあろう。いつもの通り、オレの部屋の扉はいつでも開いている。いつでも訪ねてくれ」

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