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10.魔王、まずは魔王城に帰還する

 ひどく間が開いてしまいました。今年中に終えたかったのですが、難しいですね……

 シャノンが操る馬車に乗ったイセスは、魔王城が見える所にまで帰って来ていた。太陽は既に地平線に没しようとしており、小さな丘の上に建つ魔王城は、オレンジから群青色のグラデーションを持つ空を背景に、影絵のようにそのシルエットが見えている。

 元々、廃城に偽装して無人のように見せかけていた城ではあったのだが……今は明かりが灯っているのが見える。中庭にかがり火でも焚かれているのか、城壁内の建物が外から照らされており、その建物の窓からも光が漏れていて、イセスの目には完全に現役の城のように見えていた。


(ふむ、バフォメットとブラウニー共だけでどうなるかと思っておったが、整備は進んでおるようじゃな)


 馬車は細い山道を登っていき、ついに城門前にたどり着いた。もともとメインの城門は固く閉じられており、脇の通用門が開いていたのではあったが、今はそれも閉じられていた。


 御者台から降りたシャノンが、イセスを降ろそうと客室の扉を開けたところで、城壁の上から誰何する声が聞こえてきた。


何者(ナニモノ)ダ!」


 やや訛ってはいるものの、人間達の共通語だ。その声を聞いたイセスは、馬車から飛び降り両手を腰にやって胸を張りながら、その声の方に向かって鋭い声を上げた。


「うぬこそ何者じゃ! 余の顔を見忘れたか!?」


 声の主は、一瞬の間を置いた後、慌てた口調の悪魔語で返してきた。


「こ、これは、陛下!? 失礼いたしました、すぐに開門いたします!」


 すぐさま開門を命じる声が飛んだかと思うと、閂を外すごつごつした音の後に、通用門の扉が開かれた。イセスとシャノンが中に入ると、扉の脇にはレッサーデーモン、つまり、肌が青紫色で、ややガタイの大きい、蝙蝠型の翼を持った人型の悪魔が、直立不動の姿て待機していた。


「お帰りなさいませ、陛下」


 そこに、階上からの階段を降りてくる一人の大柄な人影が現れた。体格もその翼も、レッサーデーモンより更に一回り大きい深紅の肌を持った悪魔、グレーターデーモンだった。先程、イセス達を誰何した者だろう。


 そのグレーターデーモンは、イセスの前にたどり着いたところで、片膝をつき、深々と頭をさげたのだった。


「申し訳ありません、この城門を護り、近づく人間共は誰何して追い払うよう、バフォメット様より命令されておりまして」


 それを聞いたイセスは鼻を鳴らす。


「ふん、それでグレーターデーモンの汝が門番か」


「レッサーデーモンでは人間共の言葉は喋れませんので、致し方有りません。自分も得意とは申しませんが、まさかネームドの方にお願いする訳にもいかず」


「まあよい。事情は理解した。バフォメットは本館であろう? 汝等は任務に戻るがよい」


「はッ!」


 揃って直立不動で敬礼するグレーターデーモンとレッサーデーモン達に見送られながら、イセス達は中庭の先、本館の方に向かって歩みを進めはじめたのだった。



              ◇   ◇   ◇



 中庭には松明が設置できるスタンドが幾つか用意されていたが、そこには松明では無く"照明"の魔法が掛けられた石ころが入っていた。ともあれ、それによって中庭は手持ちの明かりなしで充分に歩けるほどの明るさを保っている。その中庭では、レッサーデーモンと、更に一回り小さい魔族、インプ達が様々な荷物を抱えて忙しげに働く姿を見せていた。


 彼らはイセス達の姿を見ると立ち止まり、敬礼を行ったり頭を下げたりしていた。シャノンは答礼をしながら、独り、首を傾げている。


「随分いますね。転送機はしばらく使えないのではなかったでしょうか?」


「ああ、此奴等はバフォメットが召喚した奴らじゃな」


「召喚……ですか?」


「ああ、汝ら妖精族は自前で行き来できるからな、転送と召喚の違いは分からんじゃろ」


 怪訝そうな顔をするシャノン。それに対し、イセスは軽く肩をすくめると簡単に説明を行った。


「まず、召喚というのはじゃな――」


 イセスの言葉によると、召喚とは、魔界に存在する魔族達そのものが来ているのではなく、あくまで星幽体(アストラルボディ)のみの召喚であり、こちら側の世界に魔素により作られた、仮初めの身体に憑依する事によって存在している、との事であった。


 この仕組みによって、憑依先の肉体を用意しなくても、魔族の力を借りる事が可能になるものの、仮初めの身体であるが故に、それは長時間維持できず、強力な攻撃や"解呪"の魔法、時間の経過でもその肉体は消失してしまうという欠点も含んでいた。


「部分的な貸し出しじゃからな。本体は変わらず魔界におるぞ。召喚された星幽体は独立して行動するのじゃが、本体に戻れば、ある程度記憶も共有できるというわけじゃ。まあ、夢を見るようなものじゃな」


「便利なもんですね」


「憑依した媒体の制限もあるし、あくまで本体の一部分のコピーに過ぎぬから、発揮できる力は限られておるがな」


 そういうとイセスは、軽くジャンプしてくるりと回転した。


「それに引き替え、転送はこの通り、余自身が自らの肉体と共にこちらに来ている、と言うわけじゃ」


「なるほど。そういえば確かに、突然イセス様が行方不明になられたので、城内は騒然としておりました」


「そうじゃな。確かに、魔界では余やバフォメットが消えた事になっておるから、まずは連絡方法を考えねばならんの」


 と、イセスはそこまで話した所で、おもむろに立ち止まった。


「まあ、これからバフォメットも交えて話せば良かろう」


 丁度目的地の本館に到着したようだ。イセスはその玄関扉を開けようと手を伸ばしたところで、その扉が内側から開けられようとしている事に気付く。


「陛下、お帰りなさいませ」


「うむ、出迎え、ご苦労!」


 イセス達を出迎えたのは、黒山羊の頭に黒い翼を持つ魔神、バフォメットであった。彼はイセスの目の前に立つと、巨大な体躯を優雅に屈め、深々と一礼したのだった。



              ◇   ◇   ◇



 イセスとシャノンは、バフォメットの先導に従って大広間にたどり着いていた。謁見や会議、会食などに使われるのであろう大広間は、今はコの字状の大きなテーブルが置かれている。


 勿論、イセスは最も奥の上座に腰を降ろしていた。バフォメットはそれに継ぐ場所の、イセスの向かって左前に腰を下ろす。


 シャノンは護衛と給仕のため、イセスの斜め後ろに立とうとしていたが、振り向いたイセスに制止されていた。


「そこでは食えんじゃろ。今、この城で物を食えるのは、余とお主等3人しかおらん訳じゃからな。今日はそこに座ると良い」


「は、しかし、それでは給仕は……?」


「案ずるな」


 バフォメットとは反対側の席につくよう促されたシャノンは、困惑した声を上げたが、イセスはそれに構わず、右手を軽く挙げて指をぱしっと鳴らした。


 次の瞬間、イセスの目の前の空中に赤く輝く魔法陣が現れた。


 そして、魔法陣の明るさが増したかと思うと、そこから二体の女性の人型が現れる。人型とは言っても、最初は雪像のように白く輝いていて、まるで人形のようであったのだが、みるみるうちに色づいていき、普通の人間(正確には魔族であるが)と変わらない姿に変わっていく。

 その姿はイセスに少し似ており、それぞれ白銀色と黄金色の髪から、やや小さめの角が覗いていた。その背中には、黒色の翼が折りたたまれている。その服装は黒地のミニスカートのワンピースに、白色のエプロンによるメイド服であった。


 空中に出現し、床の上に降り立った二人は豊満な胸を強調するように腕を組み、挑発するように下目遣いで召喚者の方に目をやったのだが、


「「人間界より我等を召喚するとは、一体、何者だ――って、陛下!?」」


 イセスを視認した二人は、慌ててイセスに向かって片膝を突き、ひざまづく。


「「た、大変失礼をいたしましたっ!」」


「うむ、リリィ、ルリィ、お主等に頼みがあってな」


 メイド達に向かって口を開いたイセスだったが、一瞬、くぅとお腹を鳴らして口を閉ざす。数瞬の躊躇の後、改めて口を開いていた。


「む、まずは、給仕を頼もう。余は腹が減ったのじゃ」


 再びイセスが指をぱしっと鳴らすと、今度はフェーゼンで購入した料理が空中から現れ、机の上に並べられていった。購入してから小一時間は経っているはずではあるが、まるで出来たてのように湯気を立てている。


「「陛下が空腹、で、ございますか?」」


「ああ、ともあれ食ってからじゃ。余だけではなく、バフォメットとシャノンにも頼むぞ」


 立ち上がりながら、そこで初めてイセス以外の存在に気がついたかのような素振りを見せるリリィとルリィ(メイド達)。しかし、シャノンに対しては、あからさまに厭そうな顔を見せていた。


「「バフォメット様と……この、首なし(デュラハン)に、ですか?」」


 イセスはその反応には構わず、しれっとした表情で言葉を続ける。


「うむ。今、この城で飯が食える数少ない面子じゃからな」


「「は、仰せのままに」」


 イセスの命に二人は顔を見合わせたが、次の瞬間にはイセスに対して深々と頭を下げたのだった。

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