閑話 お留守番の人馬さん。その3(ニィル視点)
戦闘準備を整えてタロンの示した方角に向かうと、彼女の言うとおり五人組の人間がこちらに向かってくるところでした。
先頭を進むのはリーダーらしき男性。なにやらいかにも高価そうな装備を身につけています。
付き従う四人は全員女性。魔術師と、聖職者、女戦士と大盾装備の重装歩兵。この“ 神に見放された土地”を進んできたとは信じられないパーティーですね。
さて。この場所のことはほとんど知られていないはずですし、普通に考えれば大陸の反対側に移動しようとして“ 神に見放された土地”を突っ切っている最中、といったところでしょうか?
いきなり武器を構えていては敵意ありと誤解されてしまいますし、弓矢は背中に装備したまま五人組に近づきます。
「――我が名はジーン族が戦士、ニィル。そこの者たち、この土地に何か用事ですか?」
少し偉ぶった敬語で問いかけた私です。あまり下手に出てはこちらが舐められてしまいますし、私が舐められるとひいてはこの場所自体が舐められてしまいますから。ここは少し偉ぶった態度で行かなければならないでしょう。
「――――」
五人組のリーダーらしき男が何か言っていました。そういえば言語翻訳の魔法を使っていませんでしたね。この大陸には大小様々な国、多種多様な種族が存在するので魔法を使わなければ意思疎通も難しいのです。
私が言語翻訳の魔法を起動させると――
「――薄汚い人馬が!」
いきなりの罵倒。
怒りを顔に浮かべたリーダー格の男が背中に手を伸ばし、大剣を引き抜きました。柄だけでなく刀身に至るまで細やかな装飾が施された両刃剣。
途端、全身に怖気が走ります。
たとえ実物を見たことがなくても。
たとえ噂でしか知らなくても。
一目見れば理解してしまいます。
あれは聖剣であると。
「――勇者!?」
ヒトの救世主。
人外の殲滅者。
魔王を討ち果たすという宿命を帯びた存在が、人間とは思えぬスピードで私に斬りかかってきました。
弓は間に合いません。
背中にしまったままですし、あの速度で接近されては弓をつがえている暇もありません。
私はとっさに身を引きましたがその程度で聖剣から逃れられるはずもなし。聖剣の鋭く光る刀身は私の身体を右肩から袈裟斬りに――
「ボーッとしていない!」
――する直前、いつの間にか真後ろにまで近づいてきていたタロンに尻尾を真後ろへと引っ張られました。
……いやおかげで何とか回避できましたけどね、もうちょっと方法はなかったですか? 尻尾から『ブチブチッ!』と嫌な音がしたのですけれど? とてもとっても痛いのですけれど?
私の抗議の声などもちろんタロンに届くことなく、タロンはその巨大な右腕で聖剣を受け止めました。そう、魔王すら消滅させられるはずの聖剣を。
しかしタロンは無傷。ノーダメージ。むしろ聖剣の方が刃こぼれしていませんか?
……まぁタロンですしね。あらゆる創作物に対する特効持ちなのですから、たとえ神が造った聖剣であろうが傷一つ付けられないでしょう。そもそも勇者が魔王を倒せる存在とはいえ、タロンは神殺しの逸話持ちなのです。こう言っては何ですが“格”が違います。
「ば、ばかな!? 聖剣の一撃を受け止めただと!?」
男(勇者?)が驚愕の声を上げましたが容赦するタロンではありません。というか神すら殺しちゃうようなタロンが人間相手に容赦するはずもなし、です。
タロンは聖剣を受け止めた方とは逆――左腕を大きく振りかぶり、寸分の迷いなく男に振り下ろしました。
男も聖剣に選ばれるほどの存在です、本来であれば回避することもできたかもしれません。しかし今の彼は聖剣による一撃を防がれたばかりで動揺していました。
結果。何とも不幸なことに『ぐしゃ』とでも表現するべき音と共に鮮血が飛び散り――目視するのも嫌ですが、タロンの巨大な腕によって男は潰されてしまいました。
聖剣に選ばれた勇者とは一応この世界においてトップクラスの戦闘能力を有しているはずなのですが……。まぁ今回は相手が悪かったでしょう。本来であればドラゴンすら倒せるのが勇者なのですから。
「うへぇ」
そんな声を上げたのはタロン。あれですね、ゴキブリを素手で潰してしまったかのような声色です。
泣きそうになっている彼女に私はゆっくりと近づきました。えぇ、直視したくありませんがラーク様へ報告しなきゃいけませんし、勇者(?)の死体の確認と聖剣の確保をしなければ。
「……あれ?」
タロンが腕をどかしたので惨劇の現場を覗き込んだ私は思わず首をかしげました。
地面を濡らす血の海。押しつぶされた鎧。それらは特におかしな光景ではありません。タロンの腕はいかにも硬そうですし、地面は鉄より固い“ 神に見放された土地”です。いくら勇者とはいえ『ぷちっ』とされても不思議ではありません。
しかし、肉片が一つも残っていないのはどういうことでしょうか?
それによく見れば聖剣もありません。どこかに吹き飛んだわけでもなさそうですし……。
「……死に戻りですね」
私が周囲を探しているとタロンがそんなことをつぶやきました。そういえば聞いたことがあります。勇者の中には神に愛され死を克服した者がいると。
なんでもその勇者は死んだ瞬間に肉体が転移し、最後に立ち寄った教会で生き返るそうです。なんだかRPGみたいな設定ですね。
……うん? あーるぴーじー? 何でしたっけ、それ?
私が記憶を探っているとタロンが(いつの間にか側まで寄ってきていた)ユルに向き直り、その頭を掴みました。タロンの腕は大きいので人差し指と親指だけで人の頭を『ぷちっ』とできそうですね。
「創造神ユル。どういうことですか?」
頭がいつ『ぷちっ』とされてもおかしくない状況のせいかユルは冷や汗をだらだらと流しています。
「ど、どういうことって、ちょっと何を言っているかワカラナイカナー?」
「あなたは死と転生を司る神であるはず。であれば、あの勇者の『死に戻り』もあなたの領分でしょう? ニィルに危害を加えようとし、ひいてはお姉ちゃんに弓引いた愚者を助けるとは一体どういう了見ですか?」
え? 私に危害を加えるとイコールでラーク様に敵対することになるんですか? 私いつの間にそんな重要人物になったので?
「あ、あはは~……。わ、私は何もしていないよ? うん、私は。そういえばよく思いだしてみると敬虔な私の信者に聖者救済の術式を教えたことがある気がするけどね~……」
聖者とは権力者などと敵対視、理不尽な死を迎えることも多いですからね。そんな彼らを守るために『死に戻り』の術式を教えたのでしょう。
タロンが白い目をユルに向けます。
「つまり、あの勇者が聖者であると? 人馬族というだけで斬りかかってくるような男が聖者であると?」
「い、いやいや聖者救済の術式を伝えたのは二千年くらい前のことだし、それだけの時間が経てば聖者と勇者を同一視してもおかしくはないのかな~なんて。ほら、ヒトにとっては勇者って救世主みたいだし? なら私は悪くないのかな~なんて」
「……これだから神は」
深々とため息をつくタロンでした。
と、存分に最高神を呆れ倒したタロンがこちらに視線を向けました。
「さて、ニィル。どうしますか?」
「へ? どうする、ですか? まぁ勇者とは魔王の天敵ですし、ラーク様が帰ってきたら一応報告した方がいいのでは?」
まぁ正直タロンに負けるような勇者がラーク様をどうこうできる未来が見えませんが。タロンは規格外に強いですけれど、常識外の強さに至っているのがラーク様なのです。
「そうじゃなくて、彼女たちです」
「かのじょたち?」
タロンが指差す方に顔を向けると、勇者パーティの一員だった魔術師と、聖職者、女戦士と大盾装備の重装歩兵の姿が。それぞれ神に祈ったり気絶したり失禁したり『くっ殺せ』と歯ぎしりしたりしています。
面倒だから逃がしてしまえばいいのでは、とは思いましたけど、この場所のことや勇者を瞬殺できるタロンのことを知られると後々厄介そうですね。特にタロンは人類の天敵らしいですし。
「…………、……よし、ラーク様の判断に任せましょう」
「丸投げすると?」
「人聞きの悪い。ここの最高責任者はラーク様なのですから、ラーク様に判断を仰ぐのは当然のことですよ、ええ」
決して、この前ケウ様とスレイ姉さまとの戦い(人馬族レース)に巻き込まれたことを根に持っているわけではありません。ありませんとも。
まぁとりあえず、適当な空き小屋に捕虜四人を放り込んで――じゃなかった、軟禁してラーク様の帰りを待つことにしました。
そして『拷問――ではなく尋問しましょうか』とかつぶやくタロンや『多少無茶しても大丈夫だよ、生き返らせればいいのだから』と無責任に背中を押すユルの声は聞こえないふりをしました。ワタシ、ムカンケイ。ワタシ、ワルクナイ。
勇者瞬殺。まぁ相手が悪いよネー。
次回、10月14日更新予定です。




