17.騎士団長(仮)と、魔王。(リッシェ視点)
「さて。猫を被るのもそろそろ止めておくか。はじめましてだな女騎士殿。俺の名前はウラド・ラーク。一応は今代の魔王らしい」
高位貴族の娘にすら匹敵する美麗なカーテシー。
その見た目からは信じられないほど乱雑な口調で。エリザベート様――いいや、ウラド・ラーク殿はにっこりとした笑顔で挨拶してきた。
そう、笑顔。
笑顔であるはずなのに、思わず腰に携えた剣の柄に手を伸ばしてしまったのは本能からの警告だろうか?
「おいおい、挨拶しただけなのに剣へと手を伸ばすなよ。失礼な反応だなー」
まるで気にしていない様子でラーク殿が肩をすくめる。
そんな彼女――彼女? ……ん? なぜ私は疑問を抱いたのだ? ラーク殿はどこからどう見ても女性だというのに。
私が表向き平静に雑念を払っていると、カイン殿がラーク殿に苦言を呈した。
「いやいや当たり前の反応だからね? 自国の王都に魔王が侵入しているとか一大事だからね?」
その魔王と王都で引き合わせようとしていた方にそんな指摘をする資格は無いと思う。
思わず冷たい目でカイン殿を見つめてしまう私。もちろんカイン殿に伝わるはずも無し。仮面をしているおかげで相手に感情を悟られないのは良いような悪いような。
仕方ないので直接問い糾す。
「カイン殿。引き合わせてくれるという魔王とはラーク殿のことですか?」
「わぁー悪巧みをバラされてしまったぁー」
棒読みで慌てるという器用なことをするカイン殿。まったく悪気はなさそうだ。
と、呆れた様子でラーク殿がカイン殿を見据える。
「なんだ、また何か企んでいたのか?」
「ま、またとは失礼だねラーク君。君の前では悪巧みをした覚えはないよ?」
「ギルド長のギーガリとの雑談で、お前さんが色々悪巧みしていることは知っているんだがな?」
「ぎ、ギーガリ君も意外と口が軽いなぁアハハハハ……」
「…………」
ジト目をカイン殿に向けるラーク殿。なにやら話が脱線しそうな雰囲気だったので私は少し大きな咳払いをした。
「カイン殿から話を伺いました。この国の亜人奴隷たちが解放された場合、ラーク殿は彼らを受け入れてくださると?」
「そういう話になっているのか? ……まぁ、移住したいって言うのなら反対はしないさ。土地は有り余っているしな」
何でもないことのように話すラーク殿。その意味を分かって言っているのだろうか?
「……この国の亜人奴隷は万を超えるでしょう。そんな彼ら全員に土地を与え、生活の保障をしてくださると?」
「ずっと『おんぶにだっこ』なのは困るがな。新しい生活が軌道に乗るまでなら支援くらいしてやるさ」
万を超える難民なんてどこの国も受け入れないし、支援する余裕もないだろう。
だというのに受け入れるというのなら、考えられる道はただ一つ。奴隷として扱い労働力として使い潰すことだけだ。
「……彼らを労働力として使い潰さないという保証は?」
私の詰問にラーク殿は口端を吊り上げた。
「保証は出来ないな。悪魔の証明――って言葉は、この世界じゃ通じないか? ま、亜人たちを奴隷としてこき使っているような連中にとやかく言われる筋合いはないわな」
「…………」
私は奴隷を所有していないし、内心では反対している。
だが、ラーク殿からしてみればこの国の人間などみんな一緒なのだろう。亜人奴隷を目にしながら、それでも彼らのために何もしていない人間など……。
けれどそれは当然の話だ。
よほどの善人か愚か者でもない限り、赤の他人であり他の種族である亜人を救おうなどとは考えないし、考えたとしても実行には移せないのだから。
なのにラーク殿は受け入れると言う。
「……ラーク殿は、なぜ、亜人奴隷を受け入れるのですか?」
「困っているんだろう? なら、助けてやるさ」
理解できない。
「あなたにどんな利益があると?」
「そうさなぁ。今助けておけば、いつか困ったときに助けてくれるだろう?」
理解できない。
「本気でそんなことを考えていると?」
「はは、もちろん建前だわな。俺はそこまで他人を信頼しちゃいない」
「では、なぜ?」
「だから言っているだろう? 困っているから助けるんだ。困っていないなら別に助けないし、奴隷のままでいたいってヤツがいるならそのままにするさ」
「……理解、出来ません」
「ま、いいんじゃないか? お前さんが理解できなくて誰かが死ぬわけでもなし。お前さんに理解されなくて俺が困るわけでもなし。このまま雑談を終わらせて、いつかまた会いましょうと別れるのがお互いにとって最善の道だと思うがね」
「雑談、ですか。私は真剣に問うているつもりなのですが」
「真剣に問うたところで、俺が本音を話しているとは限らないだろう? それとも、お前さんは人の嘘を見抜けるのか?」
「……見抜けませんが、その人がどういう人物なのか見極める方法はあります」
私は腰に携えた剣へと手を伸ばし、迷うことなく引き抜いた。
「一手、お手合わせ願いたく。剣を交えればその人の人となりは分かりますから」
私が願い出るとラーク殿は何とも微妙な顔をした。呆れているような、ウンザリしているような。けれども少しだけ楽しそうな。
ラーク殿がカイン殿を振り返る。
「カインといい、レニといい、ドルスといい……ヒングルド王国の人間ってのは何でこうも血の気が多いんだ?」
「あ、アハハ……。元々この国は武によって興された国だから、それが原因かな?」
「脳筋だなぁ」
「手合わせと聞いてちょっと嬉しそうな顔をしているラーク君にだけは言われたくないね、うん」
「そんな顔していないだろう?」
「今すぐに鏡を見た方がいいよ?」
「むぅ、そうなのか……?」
ラーク殿が首をかしげながらこちらを見る。いや私に確認されても、正直反応に困ってしまう。たしかにカイン殿の言うように嬉しそうな顔をしているが、本人を前にそれを指摘できるほど私の心臓は頑丈じゃない。
不幸中の幸いは仮面によって表情の変化を悟られないことか。
と、ラーク殿がじっと私の顔を見つめていた。仮面によって見通すことのが出来ないはずの、私の顔を。
「……なるほど。嬉しそうな顔をしていると?」
まるで私の心を読んだように。ラーク殿はやれやれと肩をすくめた。
「戦闘狂な魔王様としては、お前さんの手合わせを受けなきゃいけないかな?」
口を半月にゆがめるラーク殿は、やはり嬉しそうにしか見えなかった。
次回、9月20日更新予定です。




