16.魔王と、騎士団長(仮)
街を回っている間に日も落ちてきた。
例の奴隷取引は夕方から人が集まりはじめるそうなので、そろそろ向かうことになった。
「で? どういう流れで襲撃するんだ?」
街を歩きつつ、今さらながらカインに確認した俺である。
「そうだね、真正面から乗り込んで参加者皆殺しという流れと、こっそり忍び込んで奴隷だけ解放するっていう流れがあるけれど? ラーク君はどっちがいいかな?」
「片方はずいぶん物騒じゃないか?」
道案内のショースが蒼い顔をしている。まぁ、下手すれば『参加者皆殺し』の中に含まれていたのだから当然の反応か。
奴隷商人なんて『ずんばらりん』してしまえばいいと思うのだが、ショースと出会ったあとなのでちょっとやりにくく感じるのも事実だった。もしかしたらショースのようにやむにやまれぬ事情で奴隷取引に手を出した人間もいるかもしれないからな。
「……こっそり忍び込むことにするか。ただでさえ目立つんだから、これ以上無駄に騒ぎを起こす必要もないだろう」
「おや、意外だね。キミのことだから容赦なく皆殺しの方を選ぶと思ったのだけど」
「……俺、どんなイメージを抱かれているんだよ?」
ずんばらりんしてしまえばいいと考えたのは事実なので反論にも力が入らない俺だった。
販売される奴隷たちはおそらく地下牢に集められているとのことなので、カインの眷属に探ってもらう。しばらく時間がかかるそうなのでもうちょっと街をぶらつくか~と話していると、
「――よお、そこのお嬢さん。女ばかりで夜道を歩くのは危ないぜ?」
なんとも軽薄そうな声が掛けられた。
声の方に視線を向けると、いかにも冒険者といった風貌の男三人がニヤニヤとした笑みを浮かべながら近づいてきた。
これは、あれか!? 街を歩いていてナンパされるパターンか!? にべもなく断ると『舐めたこと言いやがって!』と腕を掴まれる系の!
「……ラークは『あにめ』や『まんが』の見過ぎだと思うのぉ」
「いやしかし、これはそういうパターンだろう? 実はナンパされた女が強くて返り討ちするか、主人公が助けに入るかで今後の展開は分かれるだろうが……」
「ラークは『あにめ』や『まんが』の見過ぎだと思うのぉ」
まったく同じ文言を繰り返されてしまった。ちょっと手抜きじゃないか?
姫は呆れているが、冒険者たちは予想通り俺たちをナンパしてきたし、(俺と姫の話しについて行けなかった)カインがにべもなく断ると『舐めやがって!』と激高していた。
「ほれ見ろ、やっぱりこういうパターンじゃないか」
「……こやつらもこやつらで単純すぎるのぉ。というか、わらわやラーク、カインを相手に『なんぱ』してくるとか、冒険者にしては危機察知能力がなさ過ぎじゃの」
ははは、ドラゴンや吸血鬼と同列に語らないで欲しいな。まるで俺が同じくらい危険な存在みたいじゃないか。
「竜や吸血鬼のような生まれ持った“力”も無しにその境地に至ったのじゃ。むしろおぬしが一番のバケモノじゃの」
やれやれと肩をすくめる姫。
「おまえ嫁をバケモノ扱いは酷くないか? あと俺も魔王だから生まれ持った力は持っているはず――」
反論しようとした俺の腕が、何者かに掴まれた。ナンパしてきた冒険者の一人だ。
怒りで顔を赤くしながら何かを喋っているが、耳に入ってこない。なぜなら姫とカインの周辺の空気が凍り付いたからだ。
殺気。
怒気。
その他諸々のマイナス方面な感情が発せられ、俺の手を掴んだ男に叩きつけられたのだ。
姫いわく、こいつらは危機察知能力がないらしいが、さすがに伝説級のドラゴンや吸血鬼から敵意を向けられたら気がつくらしく……、俺の手を掴んだ男は『ひっ!?』と小さく悲鳴を上げて動きを止めた。
蛇に睨まれた蛙、というヤツか。強大な敵を前にすると逃げることすら出来なくなると聞くが……。なんだか可哀想になってきたな。
俺が姫とカインに自重するよう言おうとした、そのとき。
「――そこの男。年端もいかない女性の腕を掴むのは感心しないな。見たところ同意の上での行為でもなさそうだしな」
氷のような、とでも表現するべきか。そんな凜とした声が掛けられた。
カインの『あれ? こんなところで出会うとは想定外だなぁ……』という発言は聞かなかったことにして、凜とした声の主へと視線を向ける。
仮面。
仮面を付けた女性が立っていた。前世、今世含めてもなかなかのインパクトだ。
道化師とでも言うのだろうか? 白を基調とした仮面は赤い塗料で目元と口元が化粧(?)されている。
……あの仮面、なんだか嫌な感じがするな。
レニと同じように肩口で揃えられた髪は輝くような金色。レニよりも色が濃いかもしれない。
身につけているのは金属鎧。ファンタジーな女騎士が付けているような腹や太ももが剥き出しの謎鎧ではなく、きちんと実戦を意識した全身鎧だ。いわゆるフルプレートアーマーだな。
立ち姿は歪みなく美しい。レニのような未熟さは薄く、十全の鍛練を積んだ者特有の凄みがある。あの若さで大したものだ。
かなりの美人さんだな。顔を見なくても分かる。
「相変わらず、女に対する嗅覚は鋭いのぉ」
ものすっごく人聞きの悪いことを口走る姫だった。いつどこで俺が女に対する嗅覚とやらを発揮したというのか。そろそろ脳天に空手チョップをしても許されると思う。
女騎士の登場によって緊迫感が途切れたのか、俺の腕を掴んでいた男は半泣きになりながら路地の奥へと逃げ去っていった。
姫とカインが追いかけそうだったので慌てて止める。
「まぁ待て二人とも。お前らが本気でやったらさすがに可哀想だ」
「ほう? つまり本気でなければよいのじゃな?」
「じわじわと嬲り殺しを希望とは、さすがラーク君だね」
「……お前らは俺にどんなイメージを抱いているんだ?」
呆れつつ、気づく。まだ仮面の女騎士はこの場にいるじゃないか。それなのに『女性らしくない』言葉遣いをしてしまうとは怪しさ満点だ。見た目はエリザそのもので、高貴な美少女だというのにな。
ここは大通り。現状ただでさえ目立っているのだ、ここはこれ以上目立たないようにしなければ。
もう手遅れかなーと半分諦めながら、それでも俺は女騎士に向き直り、全力の笑顔を浮かべた。
「騎士様、お助けいただき感謝いたします。貴女様が来なかったらどうなっていたかと考えると身の毛もよだつ思いですわ」
「「うわぁ……」」
姫とカインがドン引きしていた。ほんとーに失礼なヤツらだよな。そろそろ空手チョップ以下略。
やはりというか何というか。女騎士は訝しげな目で俺を見つめていた。
「あの、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「……あら、人に名前を尋ねるときはまず自分から、という礼儀はこの国には存在しないのかしら?」
もはや意地になって女性らしい口調で押し通す俺である。
「……失礼しました。自分はリッシェ・リーグラント。第一騎士団の副団長であり、現在は団長代行を務めさせていただいております」
「あら、代行とはいえ、騎士団長ともあろう御方が、お供もつれずにこんなところで何をしていらっしゃるの?」
「……追放されたはずのエリザベート・ディラクベリ様が町中に出没しているという噂を聞きつけ、こうして確認をしに参った次第です」
「あら、あら。私は今日この街に来たばかりなのですけれど。ずいぶんと精度のいい“耳”をお持ちのようね?」
「恐縮です」
恭しく頭を下げた女騎士・リッシェは、何とも油断ならない目で俺を見つめてきた。いや仮面があるから瞳は確認できないがな、雰囲気から判断したのだ。
「エリザベート様、で、よろしいでしょうか?」
「そうね、あなたがそう思うのならそうなのだと――と、誤魔化すわけにはいかないわね。あなたはちゃんと自己紹介してくれたのだから。こちらも相応の答えを口にしないとね」
スカートの端を軽くつまみ、エリザ直伝のカーテシーを決める俺。
「さて。猫を被るのもそろそろ止めておくか。はじめましてだな女騎士殿。俺の名前はウラド・ラーク。一応は今代の魔王らしい」
次回、9月12日更新予定です。




