15.謎の商人
違法な奴隷取引はとある商人主催の晩餐会を隠れ蓑として行うらしく、夜になるまでは暇になった。ので、当初の予定通り王都を散策することにする。
シイシャは病み上がりだし、キッヒはアラクネで目立つ=襲撃には適さないから屋敷でお留守番だ。
銀髪は珍しいらしいので金髪のまま散策しているのだが、なんだか道行く人の視線を集めているような?
「金髪になったラーク君はエリザ君そっくりだからね。姿絵などで知っている人間からしてみれば驚きの光景だろうさ。エリザ君の悲劇は演劇などを中心として広く国民に知れ渡っているからね」
今さらそんなことを口にするカインだった。気づいていたなら出かける前に教えてくれてもよかったのに。
というか演劇でやっていいのかそういう話? やめるようにと国から圧力がかかりそうなものなのだが。
カインの話によると、混乱した政局のせいでそういうことに手が回っていないらしい。むしろ反王太子派は複数の劇団にシナリオの提供や資金援助をしているとのこと。
何とも末期的な状況だが、俺がどうこうできる問題じゃないわな。そもそもエリザを裏切ったこの国のために何かをする義理もない。
今の問題はこの国の混乱ではなく、この髪色だ。
金髪はエリザそっくりで目立つ。
銀髪は貴重だから目立つ。
となれば茶髪とか黒髪に変えるべきだろうか? 周りを見た感じだと茶髪が多いから、ここは郷に従う感じで……。
そんなことを考えていると、声を掛けられた。
「――やぁやぁ、そこな美人さん。ちょっと見ていかないかな?」
冷や汗が吹き出す。
声を掛けられるまで“彼女”の存在に気がつかなかったのだ。この世界で言えば姫以来の衝撃。前世を含めても師匠以外にそんなバケモノなどいなかった。
凄いな異世界。
感心するような、呆れてしまうような。そんな微妙な心境で俺は“彼女”の方を向いた。ちなみに声色で若い女性だということは分かる。
黒。
漆黒のローブを目深に被った女性がいた。道の端に机を広げ、怪しげな水晶に手をかざしている。
その姿、前世の記憶にある(実際に見たことはない)道端の占い師そっくりだった。
怪しい。
怪しすぎる。
見なかったことにして踵を返し、足早に立ち去ってしまいたい。
けれども俺が行動に移す前に。“彼女”がたたみかけるように言葉を重ねた。
「まぁまぁ、待ちなさいな美人さん。同じ美人同士仲良くしようじゃないか」
「……お前さんが美人かどうかは分からないんだがな」
「なんと!? この私の美しさを理解できないとは、その目は節穴なのかな!?」
「そういうことはローブを取ってから言え」
「やれやれ、何という残念美人なのだろうね。私の美しさなどローブを越えて広く宇宙にまで認識されて然るべきだというのに」
「帰っていいか?」
「ふふふ、いくら私が人類史に残る美人さんだからと言って照れなくてもいいんだよ? そう! 私のことは気軽に『お姉ちゃん♪』と呼んで欲しいな! なぜなら銀髪美人からそう呼ばれるとメッチャ萌えるから!」
「…………」
俺ができうる限りの冷たい目で見つめていると、“彼女”が仕切り直しとばかりに咳払いをした。
「――力が欲しいかー?」
「いらん。そういうのは自分で得るからこそ意味がある」
「きゃあ♪ カッコイイ♪ 惚れちゃいそう♪」
本気で帰ってやろうか?
俺が踵を返そうとすると慌てた様子で“彼女”がアイテムボックスからメガネを取り出した。
「じょ、冗談はこれくらいにして! 美人さん、いいメガネがあるのだけど買っていかない?」
「メガネ?」
「そう、メガネ。メガネは地球を救います。美人や美少女はメガネを掛けるべきだと思うわけですよ私は。なぜならメガネッ娘とは至高の萌えであるからさ!」
アホな言動はとりあえず脇に置いておいて。
……地球を救う、ねぇ?
腕を組んだ俺は“彼女”に質問した。
「で? そのメガネにはどんな効果があるんだ? わざわざ売ろうってんだ、ただのメガネじゃないんだろう?」
「ふっふ~ん話が早いね美人さん。そう! これこそは! あらゆる邪視の力を押さえる魔法のメガネなのです! 素材にドラゴンの水晶体を使った一品なのさ!」
水晶体。つまりドラゴンの目玉(の一部分)か。
説明を聞いた姫が頬をひくつかせていた。まぁ同族の目玉を素材にしているのだから当然の話か。
「邪視ねぇ。それは死神の瞳にも効果があるのか?」
スレイはあの瞳のせいでずっと眼帯をしているからな。あんな美人さんが顔を隠したままっていうのは世界の損失だろう。
いや俺は即死無効のスキルのおかげで問題なく見れるし、自分だけがスレイの素顔を直視できるこの状況に独占欲的なものを感じないわけではないのだが、スレイにとっては眼帯をしない生活の方が何かと便利だろう。
俺の質問を受けた“彼女”が胸を張った。
「ふっふ~ん、私の手先の器用さを舐めてはいけないよ! 死神の瞳だろうが何だろうがきっちりと制御してみせようじゃないか!」
「…………」
姫に視線で確認。『うむ、死神の瞳であろうとも制御できるじゃろうな。何とも非常識なことじゃが……』とのこと。
非常識の塊である姫が言うのだから、きっとこのメガネは非常識なのだろう。
「で? いくらだ?」
「そうだね~。金貨500枚でどうかな? 今なら何と! 特別増量でもう一つプレゼン――」
「買った」
即答すると“彼女”が動きを止めた。
「……え? いいの? 金貨500枚だよ? 日本円で5,000万円くらいだよ? そんな即決してもいいのかな?」
「ちょうど手元に500枚あるしな。それに、嫁への土産に丁度いい」
というか元々はジーン族からの献上品を換金したのだから、ジーン族の一員であるスレイのために使ってしまった方がいいだろう。
ドワンたちの給料に関しては……もう少し待ってもらおう。魔石を冒険者ギルドが買い取ってくれるようになれば安定収入が得られるからな。
俺の即答になぜか“彼女”は右往左往していた。
「……むぅ、まさか値段交渉無しに売れちゃうとは……値段交渉を通して『楽』と旧交を温める計画が……」
小声でそんなことをつぶやく“彼女”だった。
いや小声ではあるのだが、距離が近いから丸聞こえなんだよなぁ。姫といい、カインといい、どうして俺の周りの女性はこうもひそひそ話が下手くそなのか……。
と、そんな“彼女”の背後に一人のメイドさんが現れた。黒髪の美少女――いや、美人さんであり、年頃はたぶん二十歳前後。腰まで伸びた黒髪が印象的な人だ。
うむ。やはりメイドさんは正義だな。立ち振る舞いからして本職だろうし、ここはじっくり目に焼き付けて――
姫。そしてカイン。背中をつねるのは止めてくれ。人外なお前らにつねられるとマジで肉がねじ切られかねないから。
メイドさんは“彼女”に何事か耳打ちしていた。内容は聞こえない。やはり内緒の話はこうでないとな。
俺がメイドさんの仕事に感心していると“彼女”がビッシィ! と俺を指差してきた。
「お嫁さんを想うその気持ち! 金貨500枚を投げ打つその覚悟! 感動した! というわけで特別割引! 金貨5枚で手を打とうじゃないか!」
色々と突っ込みたいが、値引きしてくれるならありがたく頂戴しよう。
俺が金貨5枚を払うと“彼女”はメガネを二つ手渡してきた。
「じゃ、そういうことで。いつかまた会おうじゃないか浦戸楽くん!」
明らかに前世の名前を口走ったあと。“彼女”は霧のように消えてしまった。まるで以前のカインのようだなぁと俺がカインの方を見ると、彼女は目を見開いて驚愕を表現していた。
吸血鬼であるカインからしてみても、“彼女”の消え方は驚きに値するものだったらしい。
「……やれやれ、相変わらず非常識な」
深くため息をついてしまう俺だった。
◇
立ち去る『楽』一行を見守りながら。
“彼女”は嬉しそうに頬を緩めていた。
そんな“彼女”の背後に、音もなく黒髪のメイドが現れる。
「ずいぶんと嬉しそうだね?」
「そりゃ嬉しいさ! 姿形が変わったとはいえ、楽の元気な姿が見られたのだからね! 抱きしめなかった私は超偉いと思うな!」
「はいはい偉いですねー凄いですねー」
「……うちのメイドさんが冷たすぎる件について」
「冷たくはないよ。呆れているだけだもの」
「それを冷たいと言うのだと思うなー私はー」
「はいはい、早く帰るよ。お仕事が詰まっているのだから。弟さんの元気な姿が見られて満足したでしょう?」
「……満足はしたけど、あれだけお嫁さんを囲い込んでいる現状についてお説教をするべきだと思うな私は」
「……説得力という言葉を知っているのかな? 自分の女性遍歴をよく思い出すべきだと思うよ?」
「あ、そんな冷たい目で見ないで欲しいな。心が折れちゃいそうだから」
「いっそ二回や三回くらい折れてくれた方が大人しくなるかな?」
「……うちのメイドさんが冷たすぎる件について」
肩をがっくしと落としてから“彼女”は再び楽一行を顧みた。
「……お姉ちゃんらしいこと、何も出来なかったものね。今度こそは何かしてあげたいんだよ」
とてもいい雰囲気で。とてもいいことを口にした“彼女”だったが。
「あの人、何かしなくても大抵のことは何とか出来ると思うよ?」
即座に台無しにする忠誠心溢れるメイドであった。
次回、9月4日更新予定です。




