5.酒盛りしてたら芽が出た。
5.酒盛りしてたら芽がでた。
ゴブリン討伐後、“智慧の一端”を確認するとD.P.が50ポイント振り込まれていた。魔物討伐の報酬らしい。高いのか安いのかは相変わらずよく分からん。
D.P.の稼ぎ方の説明とかないかなぁと俺が“智慧の一端”をいじっていると、暇をもてあましたエリザが居館の中に備え付けられていたテーブルと椅子を庭に引っ張り出してきた。
「夜風が気持ちいいですからお月見といきましょう」
なんとも貴族らしい風流さだった。
月見と言えば酒だろう。エリザも(十代後半にしか見えないが)国元では成人だったらしいし、夜会では酒も嗜んでいたそうなので問題はなし。
酒は嗜好品なせいか少々高い。初日なのだから贅沢をしてもいいと思うが、定期的に飲むのはきついだろう。
俺が何か安い酒はないかなぁと探していると、画面右上に検索バー(?)を発見。酒と入力して、検索結果を安い順に並べ替えると……あった。築城の項目に。地鎮祭用の御神酒が一升瓶で50D.P.か。ワイン一瓶が500D.P.なので破格の安さだ。
こんなにも安いのは『神様にお酒を捧げよ!』的な意志を感じるが、気のせいだと信じたい。
注意書きに『大地を清めるために使ってください』とある。わざわざ特記してあるのだからちゃんとそのために使用するべきなのだろう。
しかし、使う量は定められていない。
地面を清めて、余った分は飲んでいいはずだ。
俺はD.P.を消費して御神酒とコップを取りだし、開封。コップ一杯分を地面にまいた。
「な、何をしていますの!?」
顔に『せっかくのお酒を!?』と書いたエリザが絶叫した(ちなみにゴブリンを見たときよりデカい声だった)ので、俺はテキトーな言い訳をする。
「俺のいた世界では、酒宴の一杯目は大地の神様に捧げるものなのさ」
「な、なるほど。もったいない――いえ、素敵な風習ですわね。もったいない」
もはや誤魔化しすらできない公爵令嬢である。
コップをもう一つ取りだし、お互いに酒を注ぎ合う。
「じゃあ、乾杯」
「かんぱい? ですわ」
まずはエリザが一口。御神酒なのだから日本酒だ。アルコール度数が高いので好き嫌いは分かれるが、エリザはどうだろう?
へにゃり、と。エリザの顔がとろけた。
「おいしいですわね。穀物のような香りが鼻の奥から抜けていきますわ……」
「米で造ったお酒だ」
「コメ……。確か大陸の東の果てにある島国“竜列国”の主食だったかしら? わたくしの生まれた国からは船で一ヶ月はかかるはず」
この世界にも日本らしき国はあるらしい。
「船で一ヶ月もかかる国のことをよく知っているな」
「一応国交がありましたもの。未来の王妃として、当然勉強していましたわ。……まぁ、裏切りによってその努力も無に帰しましたけれど」
「……すまん。嫌なことを思い出させた」
「いいんですのよ。そのおかげで素敵な出会いに恵まれましたもの」
エリザは悪霊とは思えないほど穏やかな顔で微笑んだ。
彼女にはあまり優しくできていないのだが。それでも、俺との出会いを喜んでいてくれたらしい。
少し、嬉しいな。
……と、いい雰囲気だったのはここまで。
どうやら彼女に『シリアス』というものは無理らしい。
「うぇっへっへーい! もっと酒もってこいですわー!」
酔っていた。
完全に酔っ払っていた。
度数の高い日本酒を水のように飲んでいればさもありなん。リバースしていないことを創造神に感謝するべきか。
ワインにしなくてよかった。このペースで飲まれたらすぐにD.P.が枯渇しただろう。
「ありがとうございますわー! アホ王太子ー! あなたに捨てられたおかげで、わたくしはこんなに美味しいお酒を飲めていますものー!」
月に向かって叫ぶ公爵令嬢だった。
彼女も色々ため込んでいるのだろう。普段の言動がアレなので忘れてしまいそうだが。二十にもなっていない少女が婚約者や家族、友人たちから裏切られたという事実は悲劇でしかない。
普段の言動がアレなので忘れてしまいそうだが。
普段の言動がアレなので忘れてしまいそうだが。
「……ま、飲め飲め。国王陛下でも飲めない酒だ」
「ひゃっほー! ですわー!」
その後。
飲み過ぎた彼女は当然のごとくリバースすることになるのだが。まぁ今日くらいはいいだろう。
◇
翌日。
「う~ん、う~ん、ですわぁ……」
エリザは二日酔いでダウンしていた。
幽霊でも二日酔いになるのか、というのは今さらか。
俺は回復魔法も使えるのですぐに治してやってもいいのだが、酒の失敗は身体で覚えるべきだろう。飲み過ぎダメ、絶対。
「水を飲んで寝ているように。これからは節度を持って飲酒すること」
「分かりましたわぁ……」
力なく片手を上げるエリザ。
もう少ししたら回復魔法をかけてあげてもいいかもしれない。
エリザの部屋(ということにした和室)から出た俺はひとまず玄関に向かった。
「昨日の宴会の片付けをして、あとは……鍛錬だな」
創造神のおかげでこの身体の体力と筋力は十分。どういう理屈かは分からないが貴族子女らしい細腕なのに前世と同等の力を発揮できている。
だが、感覚の違いはいかんともしがたい。腕や足の短さによる間合いの変化や、踏み込み距離の短縮。そしてなにより『巨乳』による上半身への重心集中がやっかいだ。
しばらく基本的な型稽古を繰り返して、自分の感覚をこの身体にすり合わせていくべきだろう。数十年鍛えた結果としての感覚だから時間はかかるだろうが。
そんなことを考えながら俺が昨日の宴会現場に足を向けると――
「あん?」
――地面から、芽が出ていた。
普通の大地なら珍しいことではない。
しかし、ここは“神に見放された土地”だ。エリザの話によると常に魔物が跋扈し草木の一本も生えない土地らしい。
港にできそうな海岸があり、広大な平地があり、東と南には大きな国がある。そんな、交易の拠点としていかにも発展できそうな土地なのに誰一人住んでいないのは“神に見放された土地”ゆえにこそ。
地面は固すぎて開墾できず、雨も降らない。川も池もなく、さらに魔物が無尽蔵に沸いてくるというのだから人がいないのにも納得できるというものだ。
そんな地面から、芽が出ている。
首をかしげた俺は気がついた。昨日、俺が『地鎮祭』のために御神酒をまいた場所じゃないか?
「ふ~む」
酒で植物が育つというのは初耳だ。普通に考えれば枯れそうなもの。
しかしここは異世界。酒で育つ植物がいても不思議ではない。
と、いうわけで俺は昨日余った御神酒を芽にくれてみることにした。
もしかしたら枯れるかもしれないが、しょせんは名も知らぬ芽だからな。気にする必要はないだろう。雑草かもしれないし。
どぼどぼと酒をかけてみると、明らかに先ほどまでより成長していた。さすが異世界。植物の成長速度も俺の常識とは違うようだ。
ちょっと楽しくなってきた俺はD.P.で御神酒を交換し、一升瓶一本分をまいてみた。
結果。芽だったものは高さ1mほどの常緑樹っぽいものへと成長し――、地面から自分で抜け出し、根っこの部分で歩き始めた。
魔物、だろうか?
殺気は感じないが……。
じーっと俺が観察していると、木(?)は慌てた様子で二本の枝を腕のように動かし始めた。なにやらジェスチャーをしているような気もするが、喋ってくれないと俺の自動翻訳も効果を発揮しない。
「あ、そうだ」
ちょっと思いついた俺は交換所で黒板とチョークを入手。木(?)に渡してみた。
木(?)は器用に枝でチョークを掴み、黒板に文字を書いて俺に見せてきた。
『はじめまして。命を救っていただきありがとうございます』
どうやら俺がまいた御神酒のおかげで、種のまま朽ちていくはずだった木(?)の命が繋がったらしい。
『このご恩、私の生涯をかけてでも返させていただきます』
「……あー、そんなに気にしなくてもいいぞ? 助けたのは偶然だしな。気楽にいこう、気楽にな」
枯れてもいいや、程度の気持ちでやった行いだ。生涯をかけられても困ってしまう。
俺はそう言ったのだが木(?)は頑張りますとばかりにシャドーボクシング(?)をやっていた。
「う~む……」
悪い木(?)ではなさそうだ。
ただの植物ならとにかく、意思疎通ができる存在を荒野に放り出すのも可哀想。
「……どこかいい感じのところがあったら根を張っていいぞ?」
俺がそう言うと木(?)は嬉しそうに枝をわさわさ揺らしていた。ちょっと可愛いかもしれない。
名前がないと呼びにくいから、まずは名前を考えることにしよう。
◇
午後。
二日酔いのエリザに回復魔法をかけて、代わりとばかりに木(?)のことを聞いてみた。
「そうですわねぇ。ドリュアスか、トレント? アルラウネの幼体の可能性もありますが、まだ小さいから分かりませんわね。そもそもわたくしは魔物の専門家ではありませんし」
いや、三つも名前が出てくるのだから十分詳しいと思うのだが。
三つの種族名を基本にいくつか名前の候補を考え、木(?)に意見を聞いたところ『リュア』という名前が気に入ったようだ。
ドリュアス(仮)のリュア。それが彼女の名前となった。
ちなみに、自己申告によると性別は女性らしい。
とある創造神。
「あれも契約だよね? 契約に入っちゃうよね? まったくあの女たらしは……」