12.妹と、お姉ちゃん。
12.妹と、お姉ちゃん。
亜人奴隷に話しかけたら、奴隷商人の妹を救うことになった。
うん、ノリと勢いで行動しちゃいけないな。
まぁしかしアラクネのキッヒを奴隷から解放してくれると言うし、病気で苦しむ妹さんを見捨てるのも忍びないので結果オーライというものだろう。
商人の屋敷はここから近いそうなので徒歩で向かう。その道中、少し気になったので姫に話を聞いてみた。
「姫はこの奴隷商人と知り合いなのか?」
「うむ。取引相手とでも言おうかの?」
「取引?」
奴隷売買――じゃないか。姫が売り買いするようには見えないし。
「わらわの巣には、食べ残した魔物の骨やら魔石やらが残っているからな。それを引き取って販売していたのがこの男なのじゃよ」
「あ~……」
前にそんなことを言っていたな。冒険者を追っ払っていたら商人が買い取りに来るようになったと。竜の巣にまでやって来るという商魂たくましい男がこいつだったのか。
俺が納得していると姫が商人に視線を移した。
「ショース、じゃったよな? なぜ奴隷商人などはじめたのじゃ?」
「それは、その……いつも通り氷竜姫様の巣にお伺いしたところ、不在だったうえ以前の買い取りから魔石や骨も増えていない有様でしたので……。王都に屋敷を買ったばかりなので手持ちの金も少ない状態でもあり、ポーションを購入するため仕方なく」
姫って住んでいた神殿を出て、ケウと一緒に旅をしていたらしいからな。一時的に留守にするならとにかく、旅に出てしまっては神殿=巣に食べ残した魔物の骨や魔石が増えることもないと。
「しかも我が家の主力商品だった『人魚の涙』も、人魚の生活圏にクラーケンが出没するようになったせいで原材料が入手できなくなり製造中止になってしまいまして……」
人魚の涙とは人魚にしか造れない酒らしい。貴重価値もあってかなりの金貨を稼いでいたのだとか。
元々は魔石や骨の販売と『人魚の涙』の二本柱でやっていて、どちらかがダメになってももう一方でしばらくは生活できるようにしていたのだが、不幸にもほぼ同時にダメになってしまったらしい。しかも王都に屋敷を買った直後に。
さらに不幸は重なって妹が病気になり……どうにか集めた金でキッヒを買い取ったと。
「……その屋敷とやらを売れば良かったんじゃないのか?」
「買った直後に手放しては『何かあるんじゃないのか』と疑われて中々買い手がつかないのです。もちろん売りには出したのですが、今のところ見学者もいない状態です」
「そういうものか」
奴隷商人なんてクズばかりだと思っていたのだが、それぞれに事情があるものなんだな。いやもちろん自分が儲けるために亜人を奴隷にするクズも多いのだろうが。
やはり日本とは色々違うんだなぁと俺が実感していると商人――ショースの屋敷に到着した。ドラマの撮影に使われそうな四階建ての大邸宅。少し前までのショースの羽振りの良さが察せられる豪邸だ。
困窮しているせいかメイドもいないようであり、ショースが妹さんの部屋まで案内してくれた。
商人の家にしては美術品の類いは飾られておらず、メイドがいない影響か所々にホコリがたまっていた。どうやら本当に金に困っているようだ。
商人に促されるまま妹さんの部屋に入る。ちなみにキッヒは『病人を驚かせたくありません』という理由で廊下に残った。この世界でもアラクネは珍しいらしい。
室内のベッドに横たわり窓から空を見上げていたのは十代半ばくらいの金髪の少女だった。
……見たことある。
メッチャある。
具体的には前世で。
いやしかし、髪色は違うし瞳の色も違う。顔つきも……って、俺もそうなんだから当てにならないか。
まぁとにかく、見た目は違うのに不思議と『そうに違いない』という確信を抱けていた。よく嫁たちが言っている“魂”ってやつか?
(いや、いやいやいや、気のせいかもしれないし、間違いなかったとしても相手が覚えていない可能性も十分にあるからな。ここは初対面として対応するべきか)
改めて彼女――商人の妹を観察する。前世なんて余計な情報はいったん頭の片隅に追いやり、あくまで現在の彼女を。
病気の影響か頬は痩け、髪にハリもないけれど、元気になればきっと美少女になるんじゃないだろうか?
腰まで伸ばされた金髪は体調が戻り丁寧に手入れすれば美しく輝くだろうし、空のように澄んだ青い瞳は病魔に冒された今となっても引き寄せられるような魅力がある。
「浮気の気配がするのぉ」
姫がエリザみたいなことをほざいていた。
「……ここは私も嫉妬するべき場面かな?」
カインまで乗ってきたし。お前さんに惚れられるようなことは何一つしていない自信があるぞ? 腕二本落としたうえに瞳まで切り裂いたからな。
「まぁ、お兄様。お客様ですの?」
妹さんはベッドから出て俺たちを出迎えようとしたが、慌てて近づいたショースが止めた。優しくベッドの上に戻される。
「シイシャ。無理をしてはいけないよ」
「大丈夫よ、今日はとっても調子がいいのですから。ふふ、きっといいことがあるに違いありません」
シイシャと呼ばれた少女は嬉しそうな笑みを浮かべた。
やっぱり似ている。
そんなことを考えている間にショースはシイシャに対して俺がポーションを持っていると伝えていた。正確にはポーションじゃないんだが、まぁ細かいことはいいだろう。
二人のやり取りを眺めながら俺は姫に質問した。“道”を開いた念話というヤツを試してみる。
『この薬って普通に飲ませればいいのか?』
『飲ませるのは消化器の病気の時じゃな。まぁ体内に入れれば効果はあるじゃろうが、他の場所じゃったら肌の上からかけた方が効きはいいじゃろう』
ポーションも同じように使うらしい。
『つまり、どこが悪いか分からないと効率が悪いってことか?』
『そうなるのぉ。まぁ在庫はあるから全身にぶちまけてもいいじゃろうが』
『……初対面の人間にそんなことをやる勇気はないな』
残念ながら俺に専門的な医学知識はないのでシイシャの病気が何であるかは分からない。兄であるショースに聞けば分かるかもしれないが、CTもMRIもないこの世界での診察がどれだけ正しいかは不明だ。
鑑定スキルとかで鑑定できればまた話は別なんだろうが……。
……ん? そういえば、姫から言わせれば俺も鑑定スキルみたいなものを持っているのか? 『ミキリ』は相手の弱点を鑑定して斬っているとかいう理屈で。
智慧の一端を開いて確認すると、それっぽいスキルは使えるようだった。試すのはタダみたいなものだし、やってみるか。
「――鑑定眼」
つぶやくとシイシャとショースの頭上に四角い枠のようなものが表示された。その枠の中には名前やレベル、所持スキルなどが記されている。
……シイシャの枠内に『異世界からの転生者』と記載されているのは、見て見ぬふりをするべきか?
それはともかく。シイシャの枠内の最後には前世でよく聞いた病名が記されていた。前世で三人に一人が亡くなると言われた病気だ。
シイシャの身体を鑑定してみるが、肺の辺りに黒い“もの”が点在していた。これがたぶん病巣なのだろう。幸いにして転移はしていないらしい。
「肺の病気か?」
俺がつぶやくとショースは驚きで目を見開いた。
「そ、そうですが……。あの、鑑定眼をお持ちなのですか?」
「そうみたいだな。さて、さっそく治療してもいいか?」
「よ、よろしくお願いします」
ショースの許可を得られたのでベッドの上のシイシャに近づく。と、姫が声をかけてきた。
「ラーク、その薬を使うなら直接肌にかけた方がいいぞ?」
姫の発言に頬をひくつかせる俺だった。念話も使えるのにわざわざ声に出して、シイシャにも聞こえるようにしたのが何とも性格悪い。
「いやいや、ダメだろう。病気は肺だぞ? つまり胸。おっぱい。さすがに初対面の女性の胸を露わにするのは……」
「胸なんぞ見慣れておるじゃろうに、今さら何をためらうのじゃ?」
「見慣れているとかいないとかの問題じゃないだろ。嫁ならとにかく――」
「――あら、ではお嫁さんになれば治療していただけるのでしょうか?」
そんなことをほざいたのはシイシャだった。こいつ、もしかして俺が『俺』だと気づいているんじゃないだろうな?
「……嫁にならなくても治療してやるって」
コホン、とわざと大きく咳払いしてからシイシャに向き直る。
「はじめまして(・・・・・・)。ウラド・ラークという者だ」
はじめまして、の部分を不自然なほどに強調した俺だ。
シイシャがとても朗らかな笑みを浮かべる。
「えぇ、はじめまして(・・・・・・)。エルドー村のシイシャです。ラーク様はお医者様なのですか?」
「お医者様ではないな。偶然丁度いい薬を持っていただけで」
シイシャが可愛らしく小首をかしげる。
「医療系の鑑定眼を持っていて、私の病気を治せるようなポーションを所持しているのにお医者様ではないのですか?」
笑顔で問い詰めてくるこの感じ、懐かしいなぁおい。
しかしこの世界の常識に疎い俺としてはなんで問い詰められているのかイマイチ分からない。ので、念話で姫に確認してみた。
姫によると、ポーションはヴィートリアン王国というところでしか生産されておらず、この国では医者か大貴族にしか販売が許可されていないらしい。
しかもヴィートリアン王国は“ 神に見放された土地”を挟んだ反対側にあるからなかなか必要量を輸入できないのだとか。
“ 神に見放された土地”を中心として見た場合、この国は西側に位置しヴィートリアン王国は東側に位置していると。
なるほど、そういうことならばショースが入手するのに苦労しているのも頷ける。
さて、今の問題はポーションの入手難度ではなく、シイシャの抱いた疑問だ。確かに、医者でもない人間が貴重なポーションを持っているのは不自然だろう。
身分も明らかではない人間からもらった薬など使いたくはないだろうし、となると俺の正体を明かさなきゃならなくなる。
前世ならともかく、今の俺は『魔王』だからなぁ。正直に答えると面倒くさいことになりそう。ここはエリザベートのふりをして、高位貴族だからポーションを持っていたと――ダメか。もうウラド・ラークとして自己紹介してしまったものな。
…………。
ま、“彼女”なら打ち明けても平気だろう。きっと。
「隠してもしょうがないから改めて自己紹介しておくか。俺の名前はウラド・ラーク。一応は今代の魔王であるらしい」
普通の人間は『魔王様ですか、では治療をお願いします』とはならないだろう。どんなことをされるか分かったものじゃないからな。現にショースはあんぐりと口を開いているし。
ただ、やはりシイシャはちょっと普通じゃなかったみたいだが。
「まぁ、魔王様でしたの。魔王様のお手を煩わせるのは忍びないですけれど、他に希望もありませんし、治療をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「……いいのか? 魔王だぞ? 怪しいぞ? 現にお兄さんは驚愕で今にも気を失いそうだし」
「氷竜姫様が一緒にいるのです、悪い方ではないでしょう。それに、私を騙すつもりなら『魔王』だなんて名乗らないはずですし。わざわざ自らの正体を明かしてくださったラーク様はとても優しく誠実な方だと思いますよ?」
何とも穏やかな顔で微笑みかけられた俺である。
やっぱりこの笑顔に見覚えがあるなぁと考えながら俺が治療のためにシイシャへと近づくと、彼女はベッドの上で身を起こして上着のボタンを外しはじめた。
病人特有の青白い肌が露わになる。闘病中のせいか下着は着けておらず、大病を患っているにしては豊満な胸部が――
「――いやいやちょっと待て。何でいきなり脱いでいるんだ?」
「? 患部に薬をかけるのが最も効果的なのでしょう? 肺の病気ならば上着を脱がなければいけないのでは?」
「そりゃそうなんだがな、男の前で服を脱ぐのはどうかと思うぜ? あ、いや、身体は女だけどな、中身は男なんだ。こう見えてもな」
俺の前世に気づいていない可能性も捨てきれないので一応説明しておく。
「大丈夫ですよ。これはあくまで治療なのですから。それに、貴重なポーションを譲ってくださるのですから、裸を見られるくらいどうということはありません」
くすくすとシイシャが笑う。
「それに、ラーク様が必要以上に裸体を凝視するとは思えませんし」
「…………」
ラーク様、と呼んではいるものの。伸ばし(・・)が短いので『楽様』と呼ばれているように聞こえる。
最近忘れがちだが俺の前世の名前は『浦戸楽』だ。
やっぱりこいつ前世の記憶持っているよなぁ確実に。
ため息をつく俺だが、いつまでも年頃の女性を半裸にさせておくのも忍びないので治療することにした。病巣を確認するために胸部を見なきゃいけないが、なるべく意識しないように努める。
心頭滅却すれば――って、それを言い残した坊さんは焼け死んだんだっけ。
そんなことを考えながら俺は鑑定眼で病巣部分に薬をかけてみた。
黒かった部分が徐々に薄くなり、消える。
ずいぶんとあっさりしたものだが、治ったのだろうか?
姫を振り返ってみると『大丈夫そうじゃな』との答え。
しかし、前世の知識からすると再発の危険を考えなきゃいけないだろう。
「一応治ったみたいだな。だが、この病気は再発する可能性が高いからな。できれば一年に一回くらいは医者にかかった方がいいだろう」
「再発……鑑定眼持ちの方にお願いすればいいのですか?」
疑問符を浮かべるシイシャだが、『もちろんラーク様が診てくれますよね?』と要求されているような気がするのは、気のせいか?
「いやまぁ、変な医者に頼んで再発を見逃されても恐いからな。診るくらいならいいんだが……あまり『魔王』に関わるのはオススメしないぜ?」
「大丈夫ですよ。ラーク様はとても優しい人ですから」
「…………」
優しい人ですからと断言されてしまった。断言するにはその人の人となりを知っていなきゃいけないんだけどな。もう前世の知り合いだと隠す気もないのだろう。
俺が苦笑していると姫がとんでもない発言をしやがった。
「ふむ、そんな面倒くさいことをせずとも、ラークと“契約”してしまえば完治するじゃろう」
念話じゃなくて口に出したのはシイシャにも聞こえるようにするためか?
姫の思惑通りかどうか分からないがシイシャは目を輝かせて身を乗り出してきた。
「その契約とはどういうものなのでしょうか?」
「うむ。魔王の“絶対契約”は知っておるか?」
「たしか、魔王にしかできない最高最強の契約ですよね? 魔王と運命を共にして、魔王が死なない限りは、たとえ何度死のうが蘇ると」
「うむ。魔王に付き従い、魔王に命を預ける“契約”じゃからな。従者が主より先に死んでしまうわけにもいかんじゃろう?」
「……おとぎ話ではないのですか?」
「違うのぉ。すでにラークは嫁たちや人馬族500人あまりと“契約”をしておる。ラークが死なない限り、たとえ殺されても死なんじゃろう。もちろん、病気に罹ることもないし老いることもない」
「……すでにお嫁さん複数持ちとは、さすがラーク様。相変わらず手が早い……」
おい。『相変わらず』とか言うな。まるで前世から女たらしだったみたいじゃないか。
俺の心のツッコミはもちろんシイシャには届かない。
「健康なままの不老不死ですか。病人として、そして女性としてとても魅力的なお話ですね」
「じゃろう? わらわはおぬしを気に入ったからな。なんなら他の嫁たちにも話を通してやろう」
お話を進める姫とシイシャ。そんな二人と少し距離を置きつつ俺はカインの横に移動した。
「嫁はもう諦めるとしてだな……“絶対契約”ってどういうことだ?」
「おや、もしかして知らないまま契約していたのかい? 魔王の固有スキル“絶対契約”は人と神との契約すら越えるとされているんだよ。契約者は魔王のために働き、その見返りとして魔王は契約者を庇護すると」
「……それだけならまぁ真っ当な契約だがな、死なないとか老いないってどういうことだ?」
「魔王という種族には寿命がないからね。森の精霊の子孫とされるエルフや、鉱物の精霊の末裔とされるドワーフと同じように。ま、神様によって生み出された“真王”なのだから当たり前のお話かな。人間みたいに頻繁に代替わりされては人と亜人を正しく導くことは難しいだろうし」
「ちょっとまて、一気に色々な情報が出すぎて混乱してきた……」
「ふふ、あまり気にしてもしょうがないさ。とにかくキミが長生きすれば、多くの亜人が幸せになれることだけ理解していればね」
「……知らないままものすっごく重い責任を背負わされたもんだな、俺」
嫁たちだけならとにかく、ジーン族500人あまりはさすがに過積載だろうに。
「ふふ、『ジーン族は我が家族である』と宣言したのは他ならぬキミじゃないか」
「エリザに嵌められたんだよ。そんな意味があるとは思わねぇって普通……」
俺がため息をついているとシイシャが『では、まずはお姉様とお呼びするところからはじめましょうか』とつぶやいていた。
なんでそうなるんだ?
次回、8月8日更新予定です




