7.冒険者ギルド
7.冒険者ギルド。
今後の予定を立てていると冒険者ギルドに到着。レンガ造りの3階建て。特に特徴はない作りなので、地図なしだと迷いそうだな。
姫がメイドらしくドアを開けてくれたので貴族らしい(?)すまし顔をしながら中に入る。
ギルドの中は、一言で言うと臭かった。何日も風呂に入っていないような冒険者がたむろしているのだから当たり前か。
入り口の正面に役所のような受付があり、そこまでの間は広いスペースとなっていて、テーブルやイスが置いてある。食事を取っている者もいるので食堂的な役割があるのかもしれない。
俺がギルド内を見渡している間、ギルドの中にいた人間も俺をジロジロと見ていた。
これは、あれだろうか? 見た目が貧弱な冒険者がゴロツキ共に笑われ、ケンカを売られる展開。あるいは美少女が野郎共に囲まれナンパされるパターンか?
「おぬしは冒険者ギルドにどんな『いめーじ』を抱いておるのじゃ?」
今考えたままのイメージだが?
「まぁ妄想するのは勝手じゃしケンカを売られたなら買えばいいのじゃが……。おぬしが一般人を相手にすると大惨事になるからな? 自分が歩く災害だと認識するのじゃぞ?」
ひどい言われようだった。こんな (見た目は)か弱い美少女に向かって失礼なヤツだ。
「わらわやカインとタイマンできる規格外が、訓練以外で人間と戦ったらどうなるかなど想像すらしたくないの。遺体はちゃんと身元が分かる程度には残してやるのじゃぞ?」
姫はもしかしてケンカを売っているのだろうか?
売られたケンカは高価買い取りな性分なので指を開いたり閉じたりして準備運動をしていると、緊張感をはらんだ声をかけられた。
「――あ、あの! マリア・テレース子爵令嬢様ですか!?」
声の主は20歳くらいの女性。ボブカットと丸いメガネが印象的な子だ。制服っぽいものを着ているから、ギルド関係者だろうか?
たぶん門番の方から連絡が来ていたんだろうな。
姫から『ラーク、美少女らしい言動をするのじゃぞ?』と念話で注意されたのでなるべく穏やかに対応する。
「えぇ、そうよ。あなたはギルドの職員かしら?」
リュアからの教え&エリザの口調の真似で答えた俺。とりあえず必死に笑いをこらえている姫にはあとでデコピンだな。お前がやれって言ったんだろうに。
「は、はい! 申し遅れました! 自分は当ギルドの受付嬢、ミフです! 平民なので名字はありません!」
「あら、そうなの。よろしくお願いしますねミフ様」
「いえ! 私ごときが様付けなど1万年早いです! それに敬語もなくて大丈夫であります!」
緊張のせいか、かなり怪しい言葉遣いなミフだった。
「そう? ではミフ。今日は魔石を売りに来たのだけど?」
「はい! 伺っているであります! 誠心誠意鑑定させていただく所存!」
なんかもう、そのうち敬礼しだしそうなミフだった。
「……それと、ついでに王都の観光もしたいから、オススメの場所を教えてもらいたいわ」
「え? あ、はい! 自分に分かる範囲ではありますがご教授して――させて? いただきたくあるでござる!」
もう口調が形容しがたいものになっていた。
この人大丈夫かな、と思いつつミフに促されるまま受付まで移動し、身分証明書を提示。アイテムボックスから魔石の入った箱を取り出した。
「は、はい。ありがとうございます! それでですね、魔石をお売りいただくには冒険者ギルドに登録していただく必要がありまして!」
「冒険者になれということかしら?」
「いえ! あくまで登録だけです! 冒険者カードとしても使えますが、使わなくても問題ありません! こちらの手続き上必要なだけで、何でしたらメイドさんでも大丈夫です!」
「……私が売るのだから私が登録するわ」
身分証明書を差し出すと、ミフは魔石が組み込まれた細長い物体(前世的にはハンドスキャナーっぽい?)を身分証明書にかざした。
「はい、登録完了です。ありがとうございました」
もう終わったのか。これが前世なら自分で名前やら住所やらを記入しなきゃいけないところだ。凄いな異世界。いい意味で。
登録作業中に落ち着きを取り戻したのか、ミフの口調もだいぶ落ち着いてきた。
「そ、それではお売りいただく魔石を鑑定させていただきたいのですが……」
おぉ、鑑定か。異世界ものでおなじみだな。俺も一度くらいは『鑑定!』とかやってみたいものだ。
俺が妙な感動を覚えていると、姫がボソッとつぶやいた。
「……おぬしの“ミキリ”も鑑定の一種じゃと思うがのぉ。しかも最上級の」
弱点を鑑定して斬っている――ということだろうか?
姫の言うことなのだから間違ってはいないのだろうが、俺としては納得できない。そもそも“ミキリ”はスキルとか魔眼がなかった前世に習得した技だし。
それに、やっぱり鑑定と言えば空中に浮かぶ画面に『ランクA』とか『種族:獣人』とか簡易な説明文とかが表示されて欲しいものなのだ。
「ラークは意外とアホじゃのぉ」
「ケンカなら買うぞ?」
いつものやり取りをしている間、魔石を確認していたミフは驚愕で目を見開いた。
「で、で、では! 鑑定させていただきますので少々お待ちください!」
まるで国宝を取り扱うような手つきで木箱を掲げ、奥に引っ込むミフだった。緊張している――にしても仰々しすぎる取り扱いだ。
「何かおかしかったか?」
「ふむ? 危険なものや希少品はあらかじめ抜いておいたはずじゃがのぉ?」
二人して首をかしげていると、奥の方からミフが慌てた様子で戻ってきた。
「あの! ギルド長が面会を希望していまして! お手数ではありますが応接間に来てくださらないでしょうか!?」
「応接間?」
どうするかと姫の顔を伺うと、俺に任せるとのこと。
なにかあっても姫がいれば大丈夫かと判断した俺は了承し、ミフの後に続いて応接間へと向かった。
装飾品などまるでない冒険者ギルドを姫と並んで歩く。
応接間に入ると、筋肉隆々の男性が出迎えてくれた。
男の身長は2メートルほど。大柄だというのに動きは滑らかで、無駄がない。実際に立ち合ってみないと確かなことは言えないが、エリザの祖父・ドルスより強いのではないだろうか?
「はじめまして。自分は当ギルドのギルド長、ギーガリと申します」
「うら、……マリア・テレースよ。よろしくね」
危ない危ない、ついつい本名のウラド・ラークと名乗りかけてしまった。……いやよく考えるとラークも偽名みたいなものなんだがな。本名:浦戸楽。
ギーガリに促されてソファに腰を下ろす。当然、真正面に座るのはギーガリだ。
「さて、マリア・テレース様。実を言いますと持ち込んでいただいた魔石ですが、非常に品質が良いために当ギルドではすべてを買い取ることができなさそうなのです。手持ちの金貨が足りません」
「あら、そうなの?」
「はい。これほど大きな魔石は元冒険者であった自分でも中々お目にかかれないほどでして」
“ 神に見放された土地”の魔物は他のところに比べて大きく、レベルも高いそうだからそのせいかな?
真剣な顔をしながらギーガリが上半身をテーブルの上に乗り出してきた。ガタイがいいのでかなりの威圧感だ。
「一つ聞きたいのですが、これほどの魔石をどこで手に入れたのでしょうか?」
「あら、税収で集めたと説明しなかったかしら?」
「税収で集めたにしては高価すぎます。そもそも、これだけの数を何の訓練もしていない領民が、人が住めるような土地で狩れるとは思えないのです」
「あら、あら。その言い方ではまるで、十全の訓練を積んだ軍隊を動員し、人の住めない土地――たとえば“ 神に見放された土地”で狩りをしたかのような物言いね?」
俺は意味深な笑顔を浮かべた。
対するギーガリは蒼い顔。
「そ、そんなことが可能なのですか? いえ、テレース子爵の領地は“ 神に見放された土地”に隣接していると聞きますし、狩りをすること自体はできるのでしょうが……」
「ふふふ、たとえばのお話ですわよ?」
「……たとえば、ですか」
ギーガリは悩むように固く目を閉じ、しばらく唸ったあと、決意したように目を見開いた。
「マリア・テレース様は“銀髪持ち”です。しかし、テレース子爵家に銀髪持ちがいるという話は聞いたことがありません」
「今まで表に出ていませんでしたから」
「たとえ表に出ていなかったとしても、銀髪持ちとは隠せるものではありません。なにせこの国で1人、大陸を見渡しても10人もいないとされているのですから。何か事情があって隠されていたとしても、そのように隠されていた存在が1人で王都にやって来るわけがありません」
「ふふ、1人じゃありませんよ。メイドさんも同行していますから」
小粋な冗談のつもりだったのだが、ギーガリの表情は崩れなかった。
「……こんな噂話があります。辺境伯の誇る鉄竜部隊がたった一人の少女によって壊滅したと。その少女は輝くような銀髪と、血を啜ったかのような赤い瞳を有していたと。――鉄竜を屠るその姿はまるで“魔王”のようであったと」
「ふぅん?」
あのとき逃がした連中から話が洩れたのだろうか? いや、辺境伯もエリザ関連だから口止めはするだろうし、だとしたらどこから洩れたのやら。
「さらに言えば、あなたがテレース子爵家の娘であるというのなら、少なくともテレース子爵家……いえ、その本家であるテーヒライ侯爵家すら味方に付けたことを意味しています。辺境伯家の馬車に乗ってきたということは、辺境伯すらも……」
ギーガリは表向き平然としているが、その額には玉のような汗が浮かんでいる。
まったく。俺が“魔王”じゃないかという疑いを持ったのは立派だが、あんなにも冷や汗を流すくらいなら知らんぷりをすればいいのに。一体何を企んでいるのやら。
俺は腹の探り合いとかが苦手だからな。ストレートに聞いてしまうか。
「それで? もしも私が魔王だったとして。あなたは何がしたいのかしら?」
「……取引をしたく」
「取引?」
「はい。銀髪持ちであるあなたは望む望まぬに関わらず注目を集めるでしょう。王妃候補であられたエリザベート様と瓜二つであれば尚更。下手をすれば王太子殿下の耳にも届いてしまいます」
この世界に写真があるかどうかは知らないが、姿絵とかはあるだろうからな。王太子妃だったエリザの顔が知られていても不思議ではないか。事実ギーガリは知っているみたいだし。
今回の主目的は王太子との接触ではない。無用なトラブルは避けるべきか。
「どうにかできるのかしら?」
今日俺がやってしまったことは、銀髪を隠さなかったこと。
城門での入城手続きや、停車場からギルドへ向かう道中、そして冒険者ギルド内でもそれなりの人間が目撃しているだろう。
「今日の出来事であれば、よくある与太話だったということにはできます。門番に金を握らせ、銀髪持ちなど通過しなかったということにするのです。そして『マリア・テレース子爵令嬢』は銀髪ではなく、金髪の女性であるとギルドの登録を書き換えます。目撃者を消すことはできませんが、確証のない噂話の一つにすることはできます」
「……なるほど。門番が“銀髪持ち”など通っていないと証言し、ギルドの登録も金髪になっていれば、今日現れた“銀髪持ち”を誰かが調べても私に到達することはない、と? ギルド長のあなたにしかできない話ね」
「恐縮です」
「その見返りに、あなたは何を望むのかしら?」
「二つお願いしたく。一つは魔石の安定的な取引を。この魔石はギルドの新たな資金源になります」
「余っているものだからいくらでも売ってあげるわ。そして、二つ目は?」
「……万が一の時、我がギルドの保護をお願いしたく」
「万が一?」
「はい。万が一ヒングルド王国と魔王陛下が対立したとき。表向きは我々も王国の側に立たなければなりません。王国からの要請を受け、ギルドとして冒険者に魔王領での活動を依頼することもあるでしょう。しかし、我々としてはなるべく穏当に事態を収めたいと思います」
「王国からの依頼を受けるのはあくまで冒険者本人の責任であるから、仲立ちでしかないギルド自体は見逃して欲しいと?」
「端的に言えばそうなります」
「ふぅん……」
別にギーガリも本気でこちらに味方するつもりではないのだろう。魔王領(というか、ジーン族の里?)に向かってくる冒険者を止めるつもりもなさそうだし。
ただ、万が一“魔王”によって王国が滅ぼされたとき、冒険者ギルドを生き残らせるための策を講じているだけだ。何もなければ王国所属のギルドとしてこれからも活動していくだろう。
俺としては冒険者ギルドがどうなってもいいし、たぶん嫁やジーン族たちも同じだろう。冒険者が襲撃してくるなら返り討ちにするが、わざわざ冒険者ギルドを滅ぼすような真似はしない。魔物が跋扈するこの世界において、冒険者の斡旋機関はどうしても必要になるのだから。
「冒険者が襲撃してきたら返り討ちにするけど、いいのかしら?」
「依頼を受けるのは、あくまで冒険者個人の意志です。生死に関して我々がどうこう言うつもりはありません」
「…………」
後ろを振り向き、どうするか念話で姫に確認。『好きにすればよかろう。誰も反対はせんさ』とのことなのでその話を受け入れることにした。保護うんぬんは置いておくとしても、不用意に王太子と接触するのは避けたいし、魔石の販売先が確保できるもの嬉しい。
保護を求めるくらいだから魔石を買い叩いたりしないだろうしな。
「じゃ、一応契約書を書いておくか」
エリザからもらった契約書に色々記載し、俺とギーガリは握手を交わした。
「あぁそうだ。改めて自己紹介。俺の本当の名前はウラド・ラーク。一応“魔王”をやっている」
こうして。
意外と長くなるギーガリとの付き合いは始まったのだった。
ちなみに。
部屋の隅で話を聞かされていた受付嬢・ミフは今にも気絶しそうな顔をしていた。
ギーガリいわく、俺のギルド登録作業をしたミフは誤魔化しようのない関係者であり、すべてを聞かせてしまった方が口を封じやすいという判断だそうだ。
まぁ確かに『田舎の貴族令嬢』よりは『今代の魔王』の方が恐いものな。うっかり口を滑らせることもないだろう。
ギーガリに魔王の話をしたのは“元勇者”カインです(絶賛悪巧み中)
次回、6月20日更新予定です




