4.辺境伯領で
4.辺境伯領で。
「よし挙兵だ」
夕食を食べながら。
エリザの追放後、魔物との戦いからすべてを恨みながらの死亡といった流れを聞かされたドルスが立ち上がった。現役の辺境伯が挙兵するとか笑えない。
「落ち着きなさい」
と、ドルスの脇腹に肘鉄を食らわせて物理的に止めたのが妻のエーミスさん。あの角度、速度、そして容赦のなさ。やはり逆らってはいけない系の人だったか。
「王太子は確かに阿呆ですが、今のところは致命的な失敗はしていません。豪遊するにしても王家の資産を食いつぶしているだけですし。今挙兵したとしても味方するのはごく少数でしょう。王家が勝手に没落していく現状は他の貴族にとって好都合ですし」
詳しく話を聞くと、エリザを追放した王太子は新しい婚約者である男爵令嬢に次々と贈り物をしているらしい。特注の宝飾品やらオーダーメイドのドレスなどを毎日のように。
今は王家の私財を浪費しているだけだが、いずれは国庫にも手を出すだろうとのこと。
うぅむ、なんだそのリアル傾国の美女。エリザを捨てるほどだからよっぽどの美女か美少女なんだろうな。ちょっと見てみたい――
「――ぐふぅ!?」
隣に座っていたエリザから肘鉄食らわされた。何という角度、速度、そして容赦のなさ。間違いなくエーミスさんの血を引いているな。
「浮気ですの?」
声のトーンがいつもより数段低かった。も、元婚約者を寝取った男爵令嬢が相手だからな。エリザにとっては冗談にならないのだろう。
違うって、浮気じゃないって。それに俺って金のかかる女苦手だし。エリザは公爵令嬢なのに付き合いやすくて素敵だなー美少女だし。
必死に言い訳する俺をドルスとエーミスさんが微笑ましそうに見守っていた。
……それだけならまぁまぁいい話なのだが、一緒にいたリュアと姫がニヤニヤ顔していたのが超ムカつく。あとでデコピン喰らわしてやろうか?
「仲が良さそうで何よりね」
とは、エーミスさん。彼女は声が大きいというわけじゃないのだが、不思議と発言に耳を傾けてしまう。カリスマというものだろうか?
「ともあれ、ドルス。挙兵は早いわ。まだ王太子派は数多く、騎士団も静観を決め込んでいるのだから」
「王都にいる第一騎士団の団長代行はリッシェだ。ワシが説得すれば――」
「消去法で選ばれただけの騎士団長代理に、どれだけの騎士が付き従うというの? わたくしたちがやろうとしているのは魔物討伐ではなく、革命よ? 王権に剣を向ける。その意味はドルスにも分かるでしょう?」
「むぅ……」
なにやらヤバめの話をしているな。革命なんぞに巻き込まれたらシャレにならん。聞こえないふり、聞こえないふり。
「魔王陛下はどうお考えでしょうか?」
はいエーミスさんは巻き込む気満々ですね。そりゃそうか純粋な戦力だけでも人馬族500人がいるんだから。鉄砲のないこの世界において高練度の騎兵500というのは戦況を左右しかねない数だ。
しかも氷竜姫と世界樹、スレイ、“人造物の支配者”までいるからな。冗談じゃなく国一つくらい滅ぼせるだろう。
滅ぼしたあとの混乱を考えれば、そう簡単に実行するわけにもいかないが。国破れて最も不幸になるのは一般市民なのだから。
う~ん、と俺は頭の後ろを掻いた。
「どうお考えでしょう、と、言われましてもね」
「無理に敬語を使わなくて結構ですよ。なにせ貴女は魔王陛下なのですから」
「…………」
貴族特有の回りくどいアレかな、とエリザに視線で確認するが、どうやら本当に敬語じゃなくてもいいらしい。
エリザの祖母に平語を使うのは気が引けるが、たぶん俺の敬語って貴族からしてみれば変だろうしな。いっそのこと平語を使った方がいいかもしれない。
「では、遠慮なく。こちらはまだ集落を作ったばかりなんでな。革命やら戦争やらをやっている余裕はない。そちらの国のことはそっちでやってくれ」
「王太子たちはエリザベートの仇ですけれど、仇討ちはしてくださらないのかしら?」
「……エリザが恨んでいるならな」
俺がエリザに顔を向けると、彼女は顎に指を当ててどうするか悩みはじめた。
悩んでいる時点でそれほど恨んでいないよなぁ。
「そうですわね……。正直言いますと、もう関わりたくないというのが本音かしら?」
「それでいいんだな? 昔は赤の他人だったから復讐に手を貸さなかったが、今のエリザは嫁だ。何だったら今から王城に乗り込んで首を落としてきてやるぞ?」
いつものエリザなら『無茶ですわ!』とか『やめてくださいまし!』とテンション高く反応するところ。
なのに、エリザは奇妙なほど平然としていた。
「……わたくしは、この国のために生きてきました。王妃になって万民を救うことが公爵家に生まれた者の使命であると信じて、王太子妃として恥ずかしくない生き方をしてきたつもりです。……その結果、わたくしは追放され命を落としました」
「エリザ……」
「この国がわたくしを必要としないのなら、わたくしも何かをするつもりはありませんわ。わたくしはもうヒングルド王国の王太子妃ではなく、ラークのお嫁さんですもの」
それに、とエリザは続けた。
「もしもアレを恨んで怨霊に戻ったら、ラークに嫌われてしまいますもの」
何この可愛い生き物? いや幽霊だけど。何この可愛い生き物?
……まぁ、でも、エリザだからな。
王太子たちはとにかくとして、一般国民が不幸になると知れば何かしようとするだろう。
いざとなったら手を貸さなきゃならんかなぁと考えながら、俺は初めて食べるこの世界の食事に舌鼓を打ったのだった。
次回、14日更新予定です。




