第3章 プロローグ 元勇者と、騎士団長(仮)
プロローグ 元勇者と、騎士団長(仮)
――ヒングルド王国。王都。
王都守護を主任務とする王立第一騎士団の副団長にして、現在は臨時に指揮を代行しているリッシェ・リーグラントの元に来客があった。
ヒングルド王国の勇者であり、1,000年、いや2,000年は生きていると噂される吸血鬼カインだ。
「やぁ、リッシェ君。相変わらず可愛らしい仮面を付けているね」
にこやかに笑いながらそんなことを口走るカイン。彼女の場合は皮肉ではなく本心だから厄介だな、とリッシェは密かにため息をついた。
カインからは『君』付けで呼ばれているがリッシェはまだ年若い女性であり、貴族学院に通っていた頃は複数の男性から見合い話が来るほどの美貌を誇っていた。
だが、数年に討伐したリッチの“呪い”によって顔には道化師の仮面が張り付いたまま。どんな魔術師や呪術師に見せても取り外せないこの仮面のせいで、リッシェは数年間自分の顔を見ていない。
そう書けばただの悲劇であるが。
家から結婚を無理強いされることもなく、貴族令嬢でありながらこうして騎士として働けているのだから実のところリッシェは“呪い”に感謝していたりもする。
もちろん彼女も結婚適齢期の女性であるので恋をして結婚して――という夢もあることにはあるが、呪いが解けなければ無理な話だし、そもそも騎士としての仕事にも満足しているので悲壮感はない。
ただ、二十代前半で騎士団長代行をやるハメになるとは思わなかったが……。
「副団長は他にもいたのにね。『貧乏くじ』を引いてしまったのはいかにもキミらしいよ」
まるでリッシェの心の嘆きを読んだかのようなカインの言葉だった。
そう、貧乏くじ。
あんな、今日にでも失脚してもおかしくはない『国王代理(王太子)』の元で騎士団長代行を務めていたという経歴は、将来的に考えれば絶対足枷にしかならないのだから。
だが仕方ない。
こんな“呪い”を受けた自分を騎士として認めてくださった国王陛下がド阿呆(王太子)に軟禁されているのだ。陛下を探すのなら、一騎士でいるよりは騎士団長代行である方がやりやすいと考えたからこその決断だ。
「それで? 陛下は見つかったのかい?」
「……王城の本宮にいるのはほぼ確実ですが、近衛騎士が王太子の味方に付きましたからね。近衛騎士がいる以上、警備を名目に近づくこともできません」
「あの宰相が動けば近衛騎士くらい味方に引き込めるだろうね。……いっそのこと攻め込んでしまったらどうだい? いくら近衛騎士が強かろうが奇襲してしまえば何とでもなるだろう?」
「……陛下の身の安全を考えますと……。それに、さすがに王宮へと攻め込むとなれば騎士団からも離反者が出るでしょう。万が一失敗すれば反逆者、一族郎党皆殺しです。まずは信頼できる者の選抜からはじめませんと」
「そんなに陛下が大切かい?」
「大恩があります。それに、王太子を廃したとして、第二王子はまだ幼いですから。彼が成長するまで陛下にこの国を治めていただきませんと」
「いっそのこと」
カインが両手を打ち鳴らした。
「こんな国、滅ぼしてしまったらどうだい?」
「…………」
この“勇者”は何を言っているのだろうか、とリッシェは我が耳を疑った。
「滅ぼしてしまえば第二王子の成長を待つ必要なんてないし、陛下を無理に救い出す必要もない。亜人の奴隷たちも解放されて万々歳だ」
「……ですから、陛下には大恩があると……」
「キミの知っている国王陛下は、自分の命と国民の安寧、どちらを選ばせると思う?」
「…………」
現状、国民に大きな混乱はないし、政治的にも致命的な問題は起こっていない。
しかし、それは王太子(と不愉快な仲間たち)が王家の資産を食いつぶしての豪遊に明け暮れて政治に興味を示さず、良くも悪くも優秀な宰相がその辣腕を振るっているおかげ。
王家の資産が尽きれば国庫にも手を出すだろうし、それでも足りなければ国民から徴収するだろう。あの阿呆なら確実にやる。恋に浮かれて、贈り物をすることでしか恋人の心をつなぎ止められないダメ男の末路など想像するまでもない。
――そうなる前に、いっそのこと。
脳裏に浮かんだ選択肢をリッシェは慌てて心の奥底へとしまい込んだ。今の彼女は代理とはいえ騎士団を預かる身。個人としてならともかく、そう簡単に決断するわけにもいかないのだ。
「……カイン殿は、なぜいきなりそのようなことを? 数百年の長きにわたり、我が国を守護してきたのは他ならぬ貴女様ではないですか」
「リッシェ君は我が国の建国理念を知っているかな?」
「……亜人と人の調和」
「そう。だというのに今のこの国は亜人を差別し、奴隷に落としてしまった。それでもいつか目が覚めるだろうと待っていたんだ。現に、今代の国王は亜人差別をなくそうと努力していたからね」
実際は“勇者としての呪い”によって正常な判断ができていなかっただけなのだが、わざわざそんなことを説明するカインではない。
「けれど、今の王太子は国王を幽閉し、“神子”であるエリザ君を追放してしまった。……私は期待していたんだよ。あの国王とエリザ君であるならば、この狂った国を立て直してくれるのではないかとね」
「…………」
神と人との橋渡し。神子を追放した時点でもはやこの国に未来はないのかもしれない。
だが、リッシェはこの国に生まれた身。亜人差別は確かにあるが、だからといって滅んで欲しいとまでは考えられない。
「滅ぼして、その後はどうしますか? 内乱が起これば周辺国もこれ幸いと攻め込んでくるでしょうし、たとえ平穏に新しい国を築けたとしても、その国が亜人を差別しないとは限らないでしょう。かつて、理想を掲げたこの国が狂ったように」
いいや。
そんな理屈はしょせん建前で。
「もしも新しい国となり、奴隷が解放されたなら。今まで奴隷扱いされていた亜人たちは人間に復讐するでしょう。……私はヒトです。亜人とヒトであれば、ヒトの幸せを選びたいのです」
カインはヒングルド王国の“勇者”だが、突き詰めれば亜人なのだ。亜人奴隷が復讐を誓っても止めることはないだろう。
ヒトと亜人。
長い間争い続けてきた異なる種族が手を取り合って幸せに暮らす。そんなことなど夢のまた夢……。
「そうかな? そうでも無いと思うけど」
あっけらかんと断言したカインの瞳に憂いや迷いはない。
「ま、ヒトであるキミの心配はもっともだ。だからこそ私は保証しよう。亜人の奴隷が解放されたなら、その全員を引き受けるとね」
この国の亜人奴隷の正確な数は不明だが、万は超えているだろう。そんな彼らに衣食住を提供することなど不可能だ。
それに、『引き受ける』ということはこの国から出て行くのだろうが、万を超える人口が移住できる土地など、それこそ“ 神に見放された土地”くらいしか思いつかない。
「……カイン殿にそこまでの資産があるとは驚きですね」
「私じゃないさ。広い世の中にはいるものなのさ。我が国の亜人奴隷すべてを養えるほどの甲斐性を持ち、すべてを受け入れるだけの土地を持つお人好しがね」
「……にわかには信じられないお話です」
「そうかい? まぁそうだろうね。じゃあ、一度会ってみたらどうかな? きっと“彼女”は近いうちにこの国へとやって来るからね。お膳立ては私がしよう」
にっこりと笑うカインは妖艶としか表現できない美しさであり、なるほど数千年を生きる吸血鬼であるとリッシェは妙に納得してしまうのであった。
ちょっと忙しいので、次回15日更新予定です。




