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TS魔王の『モン娘』ハーレム綺譚  作者: 九條葉月
第二章

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19.理想への道。 (カイン視点)

ヒングルド王国 = エリザが追放された国。


 19.理想への道。 (カイン視点)




 懐かしい夢を見た。


 いつのことかも、どこのことかも分からないほどに昔の夢。


 語り合ったのは一つの理想。

 虐げられる亜人の保護と、彼らが安心して暮らせる国を作りたいという夢。


 そんな夢を語った“彼”は。

 後に人間共から“魔王”と呼び恐れながらも。


 それでも、理想を追求した一つの国を興してみせた。


 その国は。

 その国の名前は……。



『ヒングルド王国』



 彼は、少し恥ずかしそうにその名前を口にした。



『僕は嫌だって言ったんだけどね。みんながそうした方がいいって。自分の名字をそのまま国名にするなんて恥ずかしいんだけどなぁ』



 頼りなく笑う彼。

 でも、私は知っている。


 彼がどれだけ戦い続けてきたか。

 どれだけ傷ついてきたか。

 どれだけ泣いてきたか。


 ……どれだけの亜人を救ってきたか。



『国名が決まり、儀式も無事終了した。でも、これからだ』



 これは夢。

 もう届かない夢。



『これから僕は――僕たちは作り上げないといけない。人と亜人が手を取り合って暮らしていける。そんな幸せに満ちあふれた場所(くに)を』



 彼の理想は崩れ去り。

 ヒングルド王国は堕ちるところまで堕ちてしまった。


 庇護を求めた亜人たちを虐げ。

 理想を信じた亜人たちを奴隷にして。

 ヒト至上主義国家として、亜人差別の先頭を突き進んでいる。


 だから、これは夢。


 彼の理想は夢と消え。

 この思い出も、彼が死んだ今となっては――



『――ごめんね』



 思い出であるはずの彼が謝った。

 優しく私の手を取った。



『僕の理想に付き合わせてしまった。自分を見失うほどに苦しめてしまった。僕はただ、みんなが笑っていられる場所を作りたかっただけなのに……』



 謝らないでほしい。

 これは私が選んだ道。


 彼の隣を歩けなかった私が、せめて同じ理想に向けて進みたいと願っただけのこと。



『勝ち負けで言えば、僕は負けたのだろうね。何の力もなかった僕の理想は、ヒトの欲望に負けてしまった』



 彼と仲間が作り上げたヒングルド王国は、もはやヒトの欲望に飲み込まれている。


 なのに。

 彼の表情は晴れやかだった。



『ダメだったのならやり直せばいい。力が足りなかったのなら、力のある人に託せばいい。よく考えたら僕はそうやって国を興したのだからね。……僕には無理だったことでも、きっと、新しい“真王”ならやり遂げてくれるはずさ』



 申し訳なさそうに笑いながら。

 それでも、彼の瞳は輝いていた。


 かつて。

 理想を語り合ったときと同じように……。






「……お? 起きたか。すまんな、なんか嫌なものが纏わり付いてたから斬っちまった」


 意識を取り戻した私は、なぜだかラーク君に頭を下げられた。


「え? 嫌なもの、かい?」


「おう、手合わせの途中から黒い霧っぽいものがお前さんに纏わり付いていてな。あまりにも不愉快だったんで“ミキリ”でスパーンとな」


「…………」



 地面に横たえられていた身体を起こし、現状確認。

 斬られたはずの右腕や左腕は繋がっていた。目が見えるということは“死神の瞳(バロール)”も治ったのだろう。


「――うむ、大丈夫そうじゃな。ここはわらわに任せて、嫁殿はレニとやらのところに行くといい」


 そんな声を上げたのは腐れ縁の姫。


「あー、じゃあ、任せるか。すまん、なんかレニが『エリザベート様を娶りたかったら私を倒してからにしろ!』と騒いでいるんでな。ちょっと行ってくるわ」


 苦笑しながらラーク君は立ち上がり、レニ君と神子君が待っている場所へと向かった。


 レニ君、あの(・・)ラーク君に勝負を挑むとか自殺行為でしか無いと思うのだけど……。まぁ、さすがにラーク君も手加減してくれるだろうから大丈夫。……かな?


 本気を出したラーク君を思い出してつい身震いする私だった。暴走する私を止めるため――にしても、女性の両腕と目を迷いなく切り裂いた容赦のなさは恐ろしさしか感じられない。


 思わず斬られた箇所を撫でる私。右腕、左腕、両目、そして……胴体。


 あの“ミキリ”という技。

 確かに身体を両断された感覚があった。


 しかし私の身体に刃の痕など残っておらず。回復魔法による魔力の残滓も、治療を受けたであろう右腕と左腕、それと瞳にしか残っていなかった。


 霧化した私を斬りつけたのだから無効化されたと考えるのが普通。

 けれど、間違いなく両断されたというあの感覚は――


「――うむ、“勇者としての呪い”も綺麗さっぱり斬れておるの。さすがは我が嫁殿じゃ」


 この場に残った姫がそんなことを口にした。


「勇者としての、呪い?」


「呪いじゃろう? 正常な判断ができなくなり、理想も忘れ、あんな状態になったヒングルド王国の“勇者”なんぞやっておるのじゃから。呪いと言わずして何という?」


「……なんだか、とても長い悪夢を見ていたような気がするね」


「残念ながら現実じゃよ。そして悪夢も続いておる」


「……なら、すぐに止めないと」


 立ち上がろうとした私だけど、力が抜けるような感覚がしてうまく起き上がることができなかった。そのまま地面に倒れ込んでしまう。


「止める? どうやって? 国を滅ぼすか? かつてわらわがやったように?」


「それが、必要なことなら……」


「国を滅ぼし、亜人を解放し、そのあとはどうする? 奴隷たちには土地もないし、金もない。身分証明書もなければ人前に出られる服すらない」


「それは……」


「ヒングルド王国には今どれだけの亜人奴隷がいる? 奴隷すべてに土地や金、職業を準備できるのか? 明日からも生きていけるだけの生活基盤を与えられるのか? 国を滅ぼし、奴隷の主を殺し、さぁ今日から自由に生きてくださいと奴隷たちを放り出すのか?」


「…………」


 私はそれなりに長生きしているから、資産も相応にため込んでいる。けれど、ヒングルド王国の奴隷すべてを『救う』と考えたらとても足りないだろう。


 そして、亜人奴隷はヒングルド王国だけではない。ヒングルド王国よりは数が少ないというだけで、ほとんどの国には奴隷制度が存在し、亜人が奴隷として不自由な生活を強いられている。


 私には、何もできない……。


「――姫。あまり虐めてはいけないよ。彼女は“呪い”から解放されたばかりでろくに動けないみたいなのだから」


 そんな仲立ちをしてくれたのは世界樹。

 けれど、その瞳が悪巧みしているように見えてしまうのは気のせいだろうか?


「そうは言ってものぉ、現実は教えんといかんじゃろう? こやつ、このままではヒングルド王国を滅ぼしかねないぞ?」


「滅ぼすのは簡単でも、奴隷の主が死んでしまったら、その下にいる奴隷たちも飢えてしまうからね。なんとかしないと……あぁ、そういえば。何とかできるのが一人いるね。大陸中の亜人奴隷すべてを受け入れてもなお余るほどの広大な土地を持ち、一瞬で住居を作り上げ、水でも食料でも好きなだけ取り出せる『チート』が」


「あぁ、わらわにも一人心当たりがあるのぉ。じゃが、あやつは何だかんだで甘いからのぉ」


「そうだね、亜人の奴隷を解放することには賛成しても、そのために国を滅ぼし、ヒトが不幸になることは望まないかもしれないね」


「まぁ、“真王”らしいと言えばらしいのぉ。では、あやつが納得できるようじっくり準備する必要があるのぉ」


「ヒングルド王国の一般人が不幸にならず、奴隷をなるべく早く解放し、最終的にはごくごく平和に滅ぼさないといけないとは……」


「難しい問題じゃな。ヒングルド王国の内部事情をよく知る者の協力がないと不可能じゃろう」


「おや、そういえば、ここには丁度いい人材がいるじゃないか」


「おぉ、そうじゃったのぉ。ヒングルド王国の“元勇者”であり、政権中枢部への顔も広く、国の内情をよく知る人材が、のぉ?」


 にっこりと笑う姫と世界樹。なにやら危険を感じた私は逃げの一手を――はい、世界樹の蔦に絡め取られました。


「吸血鬼さんには是非とも協力して欲しいところだね」


「大丈夫じゃろう。なにせこやつは『あのバカ』の理想に共感した善人。亜人を救うとなれば粉骨砕身の覚悟で協力してくれるはずじゃ」


 国滅龍と世界樹からの満面の笑みを向けられて。


「あ、あはははは……」


 私は、深く頷くことしかできなかった。




次回、21日更新予定です。

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