閑話 勇者と騎士爵と、ジーン族
閑話 勇者と騎士爵と、ジーン族。
勇者カインと騎士爵のレニは、ジーン族の里らしき場所に到着した。正確にはジーン族の里らしき場所から徒歩で30分ほどの地点。
期待していた魔王側からの接触はない。
一応カインが魔術で周囲を警戒するが、歩哨に立つ人馬族以外の見張りもなさそうだ。魔王の拠点だというのに何とも不用心なものだ――と、勘違いするほどカインはおめでたくはなかった。
カインの探知魔術ですら調べることのできなかった拠点。
眷属たちが一体も帰ってこなかった拠点。
そんな拠点を作り上げた“もの”が、カインたちの接近を知らないはずがない。
(様子見中、ってところかな?)
カインとしても主な用事はジーン族の無事確認と和平交渉。魔王との接触はあくまでオマケなのだから敵対行動は慎むべきだろう。
「さて、」
鉄竜はジーン族の里に攻め込む際に使われた『兵器』だ。そんな鉄竜を伴ってこれ以上接近するのはマズいだろう。今のところは、自分たちは友好的な存在であると示さなければ。
「レニちゃん。鉄竜はここに繋いでおこう」
ちょうど柱状になった岩があったのでケインは提案した。
「いえ、しかし……」
レニの躊躇は当たり前のこと。ここは“ 神に見放された土地”のど真ん中。いくら鉄竜とはいえ、繋がれた状態では魔物の餌食になってしまう可能性が高いのだ。
「あぁ、大丈夫。認識阻害の魔方陣と、防護術式、それに、万が一襲われてもすぐに分かるように警報系の魔術も施しておこう」
三つの魔術の多重掛け。常人では発想すらできない高度な技なのだが、カインは術式の下書きすら行わずあっさりと成功させてしまった。
繋がれていたはずの場所から鉄竜が消える。否、消えたように認識された。その見事な魔術にレニが感嘆の声を上げていると――
「――ほぅ、相変わらず見事な技じゃのぉ」
カインにとって懐かしい、そして、この場所で聞こえるはずのない声が耳に響いた。
ありえない。
あんな面倒くさがり屋で何よりも睡眠を愛している“国滅龍”が、ひっきりなしに魔物が襲い来る“ 神に見放された土地”のど真ん中にいるはずがない。
ないはずなのだが。
あの声と、この気配を間違えるはずがない。
カインが恐る恐る振り向くと、そこにいたのは予想通り氷竜姫だった。
「……姫。キミはドーラ国の神殿で眠っているはずじゃなかったのかな?」
「結婚したのでな。惰眠をむさぼっているばかりというのもマズかろう」
「……は? けっこん?」
ありえない発言にカインは自分の耳を疑った。一応回復魔法を使うが効果無し。耳は正常に働いているようだ。
いやしかし、ありえないだろうとカインは笑うしかなかった。かつて三つの国を滅ぼし“国滅龍”の二つ名を得て、星の神との戦いにおいては流星の一撃にすら耐えてみせた規格外がこの駄トカゲだ。そんな彼女を娶れる存在などいるはずがない。
「相変わらず失礼なやつじゃのぉ。それに、娶られたのではない。娶ったのじゃ」
「奥さんを迎えたと?」
「うむ」
「……いくら神とはいえ、誘拐と結婚の強要は犯罪――危なっ!?」
氷竜姫のかぎ爪の一撃をギリギリで避けるカイン。そして確信する。こんな短気が結婚などできるはずがないと。もしできたとしたら、相手は史上最高級の聖人に違いないと。
「――ご安心を」
カインの背後から再び声がかけられた。
そんなバカな、とカインは絶句する。
カインが今の今まで接近を察知できない存在など、それこそ“神槍”や“剣聖”でもなければありえないはず。だのに、確かに背後から、突如として気配が現れた。
「氷竜姫様はこれでも恋愛脳でして。愛する人の前では猫を二重にも三重にも被っておりますので」
「失礼なヤツじゃな。嫁には甘いと言わんか。あと何じゃその敬語は。猫を被っているのは貴様じゃろうに」
「ふふん、これでもラーク様のメイドですので。ご主人様の名誉を傷つけるような言動は控えているのですよ」
胸を張るのはメイド服を着た緑髪の女性。見た目だけなら少女と言った方が正確か。いやほんと、見た目だけならただの美少女メイドだが……。
……世界樹?
自身の魔眼が“鑑定”した結果を心の底から疑うカイン。一度は枯れたはずの世界樹が人としての形を得て、しかもメイドとして誰かに仕えている? 一体何の冗談だろうか?
「冗談ではありませんよ。いえ、メイドをやっているのは冗談半分ですけれどね。ま、愛する人の趣味なのですから致し方無しでしょう」
くすくすとひとしきり笑った世界樹は、カインを招き入れるように右手をジーン族の里に向けた。
「ご希望であれば魔王陛下にお取り次ぎいたしますが。いかがいたしましょう?」
「…………」
魔王。
正直、氷竜姫と世界樹が目の前にいる現状、いまさら魔王が出てきても……という思いはある。
だが、氷竜姫と世界樹がいるような場所を拠点にする魔王が、普通の魔王であるはずもない気がする。
ここは『見』に徹するべきだろう。
「いや、いきなり尋ねるのは無礼だからね。……それに、今回の訪問の主役は私ではなくレニ・レイジス騎士爵だ。私のことはただの護衛と思ってくれていい」
そういえば先ほどからレニが大人しいな、とカインがレニの方を見ると……レニは立ったまま気絶するという器用なことをしていた。
神話に語られる氷竜姫に、かつて世界を支えていた世界樹まで現れたのだからそれも必然か、と心底同情するカインだった。
◇
ジーン族の新たな里に案内されたカインとレニは我が目を疑った。
鉄より固いはずの“ 神に見放された土地”の土が耕され、畑が作られている。
地中深くにまで井戸が掘られ、地下水がくみ上げられていた。
里の周囲を取り囲むのは水堀と、土塁。どちらも“ 神に見放された土地”では作れるはずがない代物だ。
だというのに、確かにある。
「私の目がおかしくなったかなぁ?」
「いえ、私にも見えています」
二人が唖然としていると、ジーン族の族長、ゲニがやって来た。
「これはカイン殿。お久しゅうございます」
「うん、キミも息災なようで何よりだ。……スレイ君は元気かな?」
「えぇ、おかげさまで眼帯の調子も良く。先日は無事に嫁入りさせることができました。カイン殿には大変お世話になったというのに、事後報告となったことをお詫びいたしたく――」
「あぁ、いいんだよ。そういえばこちらの連絡先は教えていなかったものね」
平然と対応しているカインだが、内心では混乱の渦中にあった。
スレイが嫁入りした?
あの、“死神の瞳”持ちの?
そもそも。
他にも亜人の種族は数多くいるというのに、カインがジーン族にばかり肩入れしているのは(世話になったことももちろんだが)“死神の瞳”を持つスレイがいるからだ。
わざわざ辺境伯邸を訪れ、これ以上ジーン族に関わらないよう忠告したのもひとえにスレイがいるからこそ。戦によってスレイの“死神の瞳”の力が暴走することを恐れたため。
そんなスレイを嫁にするなどよほどの恐いもの知らずか、“死神の瞳”の意味を理解できない愚か者か、あるいは――スレイを利用しようとする悪しき者しか思いつかない。
「ゲニ君。スレイ君はどんな人に嫁入りしたのかな?」
普通の恋愛結婚なら祝福しよう。
だが、そうでないのなら――
「えぇ、我らが新たなる主。ウラド・ラーク魔王陛下に嫁入りいたしました」
“死神の瞳”持ちが、魔王に嫁入り。
およそ最悪の事態を前にしてカインは一瞬意識が遠のくのを感じた。
――倒せ。
遠のいた意識の奥。響いた声は勇者としての使命感か、それとも生命としての本能だろうか。
次回、21日更新予定です。
次回更新時、実験としてタイトル変更してみようと思います。(詳しくは活動報告で)
新タイトル:TS魔王の『モン娘』ハーレム綺譚
不好評でしたら戻します。




