9.龍の鱗 (ドワン視点)
9.龍の鱗 (ドワン視点)
氷竜姫様が脱皮したとリュア殿から聞いたワシは走った。全力で。
ドワーフの足は短いのでさほどの速度は出なかったが、それはそれだ。
現場に到着後、ワシが見たのは山のように詰まれた氷竜姫様の鱗。
叫ばなかったワシ、偉い。
そもそも成体のドラゴンは数百年に一度しか脱皮しないとされている。神代からの“龍”に至っては千年単位でしか脱皮しないという説もあるのだ。
そんな鱗の山を見て歓喜の声を上げないドワーフがいるだろうか、いやいない。
(……っと、落ち着けワシ。たとえ鱗があっても加工できないではないか)
ドラゴンの鱗とは鉄より固く、木より軽い、とても優秀な素材――なのだが、固い上に“流動質”なので、たとえ手に入ったとしてもろくに加工もできないのだ。
元々の固さに加え、あらゆる衝撃を受け流す防御力。どんな刃物でも傷つけられず、どれだけ炉で熱し金槌で打とうが変形しない最強の――
「――ミキリ」
ワシのすぐ近くで、ラーク殿が鱗を両断していた。『すぱーん』と。
ワシ ナニモ ミテ イナイ。
……いやいや、現実逃避は無理だ。衝撃的な光景すぎる。
確かにラーク殿の刀は名刀だ。銘はないが国宝級の大業物に違いない。が、だからといってドラゴンの鱗に傷を付けられるかと問われれば否。
そもそもドラゴンの鱗とは通常の武器では決して傷つかず、唯一の例外は神話に登場した“龍殺しの聖剣”のみ。
しかもその聖剣だって討伐したのは普通のドラゴンだ。神話より生きる氷竜姫様の鱗を斬れるわけがない。
わけがない、のだがなぁ……。
……と、氷竜姫様がドラゴンの姿に変身し、自らの鱗をブレスで焼きはじめた。
「おや、変質しているね。聖属性のブレスで“回復”したのかな?」
そんな解説をしてくれたのはリュア殿。やはりよく分からない。エイル(嫁)がこの場にいればワシにも分かるように解説してくれたかもしれないが、いないものはしょうがない。
「ドラゴンが脱皮するのは鱗が劣化したときなのだけど、“回復”したから劣化前の強度に戻ったということさ。あれは、素の姫の鱗に匹敵する強度だね」
ワシの不理解は顔に出ていたのかリュア殿が解説してくださった。
「…………」
氷竜姫様のものと同等の強度になった?
なんだろうその夢の素材? ぜひとも剣や防具を作ってみたい。
……いや、無理か。
氷竜姫様の鱗と同等の強度など、固すぎて加工できるわけがない。なにせ神話によれば空から落ちてきた星にすら耐えてみせたのだ。
せめてもう少し小さければ色々と加工方法を試せるだろうが、あの大きさでは工房に入らないし――
「――てい」
ラーク殿が斬っていた。すぱーんと。
「……リュア殿。あの鱗は氷竜姫様のものと同等の強度なのですよね?」
「私の分析が正しければ、そうなるね」
「氷竜姫様の鱗ってアレですよね。勇者の聖剣が折れてしまったという……」
「たしか神の作った聖剣だったかな? 強度や切れ味は人の作ったものとは比較にならないだろうし、あの姫は昔から規格外だったんだね」
「……その氷竜姫様(規格外)の鱗を斬ってしまうラーク殿は、何なのでしょうか?」
「知らないのかい? 魔王だよ」
「ワシの知っている魔王はもう少し大人しく常識的な存在だったと思うのですが」
「歴代の魔王が聞いたら激怒するだろうね」
くすくすと笑うリュア殿だが、ワシは見ていた。遠くの方に伸ばした蔦で、鱗を締め付け、何とか粉砕しようとしているところを。
そして付け加えるなら視界の端でタロン殿がその巨大な手で鱗を割ろうとしていた。
もちろん、神話よりの“龍”である氷竜姫様の鱗はびくともしていないが。
負けず嫌いというか何というか……。
世界樹や“人造物の支配者”ですら傷つけられない。うんうん、本来の氷竜姫様の鱗はそういうものなのだ。ラーク殿がおかしいだけで。
…………。
ラーク殿は恩人だ。
ワシと嫁を助けてくれたし、こうして安住の地も提供してくださった。しかも鍛冶場や素材も惜しみなく与えてくださり……そんなラーク殿を、利用することなどあってはならない。絶対に。
だが、しかし。
ラーク殿の腕前を前にして、我慢できるドワーフがいるだろうか? いやいない。
「ら、ラーク殿! その鱗をもう少し細く斬ることはできますか!?」
「ん? こうか?」
すぱんすぱんとラーク殿が鱗を細切れにしてくれる。これを何とか加工できれば刀も剣も作れるだろう。
「も、もう少し小さく斬ることも可能ですか!?」
「ん~、こんな感じか?」
まるで紙を切るように鱗を切り刻むラーク殿。よく考えなくても異常な光景なのだが、夢の素材を前にしたワシはそんな常識など“ 神に見放された土地”の彼方へと投げ飛ばした。
次々に量産される、四角く細切れにされた鱗たち。
これを何とか加工できれば槍の穂先も鱗鎧も作れるだろう。
まずはドワーフ仲間に連絡を取って、過去の記録をあさってみるか。ドワーフならば素材加工に挑戦した歴史があるはずだから。
いや、まずは自分自身で徹底的に試行錯誤してみるか? いきなり先人たちの足跡をなぞるのはドワーフとしての矜持に関わる。
ワシの心は実体を持った龍の鱗を前にして天にも昇るように弾んでおり。当然のことながら、『……ひどい、私の鱗が……』と嘆く氷竜姫様のお姿は目に入ってこなかった。
次回、25日更新予定です。




