閑話 ジーン族への提案
閑話 ジーン族への提案。
ジーン族の長にしてケウの父、ゲニは居館に呼び出されていた。税率に関しての話をするためだ。
通された居館の一室にいたのはエリザと、彼女の背後にメイドとして控えるリュア。そして『見届け人』の氷竜姫だ。
世界樹であるリュアを侍らせていることがエリザの立場を無言のうちに語っていたし、人馬族の崇める氷竜姫がいることがこの場の正当性を保証してくれていた。
この場に『領主』であるラークがいないことは、さほど不自然なことではない。こういう事前の打ち合わせは代理人が行い、本契約の場に領主がやって来ることが『人間族』の常識であるからだ。
ただ、ラークの性格ならば事前の打ち合わせにも顔を出しそうなものなのに、とは思ったが。それも口に出すほどの疑念ではない。
ゲニは部屋に入るなり腕を組み、人馬族式の一礼をした。そうしなさいと娘であるケウから厳重に言い聞かされたためだ。絶対に敬語を使いなさい、とも。
「お招きいただき、え~、光栄の極み。なにぶん田舎者でありまして、あ~、多少無礼な言葉遣いが混じるかもしれませんが――」
「大丈夫ですわ。ラーク様が招き入れた以上、ジーン族の皆様も“家族”ですもの。無礼などと気にする必要はありませんわ」
優しく目を細めたエリザが一枚の紙を広げた。
「さて。さっそく本題に入りましょう。ラーク様によりますと、ジーン族に対する税率は利益の1割となりました」
「……1割、ですか?」
この世界における税率は5割が基本。亜人に関しては6割7割取るところも普通だ。そんな中、1割という数字は(いくら騙されやすい人馬族とはいえ)疑うに足る提案だった。
そんなゲニの心を読んだかのようにエリザが微笑む。
「ここだけの話、ラーク様はジーン族の皆様から搾り取るおつもりは無いようですわ。あなた方を受け入れたのは自らの利益を増やすためではなく、あくまで保護。……ラーク様は“魔王”としての使命、亜人保護を重視しているようですわね」
嘘はついていない。
ラークに確認すれば『差別を受けているなら保護してやらなきゃな』くらいは言ってくれるだろう。
ただ、魔王の失われかけた本来の使命が『亜人保護』だったということを知らないかもしれないだけで。
ゲニとしてもラークという人物を見定めてきたつもりだ。その結果としてラークがそういう性格――金より仁義を重視する人柄であることは理解できる。
到底納得できないが。
「しかし、それではラーク殿から受けたご恩に報いることはできません。ラーク殿のおかげでニィルは生き長らえることができ、我らも安住の地を得ることができたのですから。そのうえ保護されるだけなど、ジーン族の誇りが許しません」
ゲニの反応を見てエリザは満足そうに頷いた。
「ラーク様はこうも申していましたわ。ジーン族に関していえば、兵役での代納も可能であると」
「!?」
嘘は言っていない。
ただ、ラークとゲニで異なる意味合いになるだけで。
ラークにとっては税金の代わりに労働――24時間態勢での見回りで代納してもらおうとしているだけ。
だが、ゲニ――いいや、ジーン族にとっては違う。
兵役での代納。
それは、魔王正規軍への誘いに他ならなかった。
「わ、我らに、魔王軍の先鋒となれと!」
それは人馬族にとっての誉れ。魔王の槍となって敵陣へ突撃するその勇姿は、幼少の頃から英雄譚として聞かされ続けてきた物語だ。
そんな人馬族にとっての『英雄』になれるのだとしたら。ゲニにとって断る理由など存在しなかった。
彼がただの人馬であったならすぐさま本契約をしただろう。
けれど、今の彼は族長だ。自身の心が決まろうと、そう簡単に頷くことはできない。
「……ラーク殿のお気持ちはありがたく。これよりジーン族一人一人に直接意思を確認するため、しばしの猶予をいただきたく」
「えぇ、よろしいかと」
「何でしたらこの場で俺――いえ、自分だけでも“契約”を行いますが?」
「そうですわね……いいえ、“契約”なのですからラーク様がいる場所で行った方がよろしいでしょう」
「それもそうですな。では、自分はこれより皆の者の意思を確認したく」
「えぇ、よろしくお願いいたしますわ」
エリザがそう答えると、ゲニは人馬族式の敬礼をして足早に部屋をあとにした。あの様子ではさほど時間をおくことなくジーン族すべての意思確認は終わるだろう。
そんな彼の様子を、エリザはとても深い笑顔で見守っていた。
?「ふふふっ、忠臣と正規軍。これで“神聖ラーク帝国”に一歩近づきましたわね」
?「まったく、『ねーみんぐせんす』がないのぉ。国を建てるなら“氷竜姫国”に決まっておろうが」
?『キミにネーミングセンスを語る資格はないよ。それに、ここは世界樹のあった場所。ならば国名は“世界樹の国”に決まっているじゃないか』
?「…………」
?「…………」
?『…………』
ちなみに。
この世界における『男としての最大の出世』は身一つで国を建てることであり、そんな夫を支える者こそが賢妻であるという価値観がある。
もちろん、ラークは知る由もないことであるが。
ラークはケウとスレイに誘われてのお散歩の真っ最中です。
神聖 → 創造神の導き(オブラートに包んだ表現)によってすべてが始まる。
ラーク → ラークが建国(?)
帝国 → ラークが戴冠すればO.K.
すごい、どこかの神聖でもローマでも帝国でもない国に比べると真っ当だー。
次回、21日更新予定です。




