プロローグ 辺境伯と、騎士爵と、勇者
第二章 プロローグ
レニ = エリザの友達で、ジーン族の里に攻め込んだ人。
プロローグ 辺境伯と、騎士爵と、勇者。
ジーン族の里から逃げ帰ったレニ・レイジス騎士爵は報告のために辺境伯邸を訪れた。
元々、ジーン族の里に攻め込んだ鉄竜部隊はこの“ビルチオン辺境伯領”所属の騎士団だ。
辺境伯とはその名の通り“辺境”を治める伯爵位であり、国家にとっての重要地点――敵国と隣接する土地などに配されることが多い。
その特性から軍事力が重要視されており、独自の騎士団を保有する権利が与えられていたり、自領内ならば通常の伯爵を越えた権限を持たされる場合もある。
エリザの母国、ヒングルド王国における辺境伯もだいたいそのような制度であるが、レニが訪れた『ビルチオン辺境伯家』は“ 神に見放された土地”に隣接しており、敵国ではなく魔物の王国侵入を防いでいることが最大の特徴であった。
もちろん、かつてのジーン族の里も隣接している。
辺境伯の執務室に通されたレニは、さっそく辺境伯に事の次第を報告した。
鉄竜騎士を20人失ったこと。そのうちの15人はたった1人に殺されたこと。そして、その“1人”がエリザベート・ディラクベリ公爵令嬢――いや、元公爵令嬢そっくりであったことなどを。
「…………」
辺境伯――ドルスは最初こそ興味なさそうにその報告を聞いていたが、『エリザベート』の名前が出てきた途端に身体を震わせた。
それも必然。
彼は今でこそ辺境伯を名乗っているが、元々は公爵。息子に公爵位を任せたあと、国王から新たな辺境伯に叙されたという異例の経緯があり……彼が、元名乗っていた公爵位は『ディラクベリ』だ。
そう、ドルスは紛れもなくエリザベート・ディラクベリ元公爵令嬢の祖父に当たる人物なのだ。
王太子の非道に抗議して近衛騎士を辞したレニが、鉄竜部隊に同行して“ 神に見放された土地”に追放されたエリザの捜索をできていたのもドルスの力添えがあったからこそ。
「……レニよ。本当に、エリザベートだったのか?」
歴戦の騎士らしからぬ弱々しい声を上げたドルス。それだけエリザの追放が心身に重大な傷を負わせていたのだろう。
「見た目は間違いなくエリザベート様でした。しかし、髪色は銀髪でしたし、公爵令嬢とは思えないほど荒い言葉遣いでした」
髪色と言葉遣いが違えば別人だと判断するのが普通だ。
けれど、レニも、ドルスもその指摘をすることはない。
エリザが“神子”であるがゆえに。
「エリザベート様は、神召長様がお認めになった神子でした」
「……あぁ。神子は平安の世をもたらし、国を豊かにすると伝えられている。だからこそエリザベートは王太子の嫁にと求めたのだ」
神子は国家に祝福をもたらすと言われている。様々な伝説が語られる中で、最も有名なのは“神降ろし”の逸話だろう。
神子は世界を救うために命を投げ捨て、ついには“神”をその身に降ろしたという。
……もしも。
もしも神子が国家を呪い、国家の破滅を願ったとしたら? その身を犠牲にして『何か』を降ろしたとしたら?
「……レニ。エリザは“何か”を降ろしたのか?」
「その可能性は非常に高いかと。なにせ剣一本で鉄竜の首を落としていましたから。しかも、私の見る限り魔術を使用せずに。エリザベート様のレイピアの腕前は近衛騎士にすら匹敵しましたが、あくまで身体強化の魔術を使用してのこと。あのように自らの『技』のみで鉄竜を斬り殺せるわけがありません」
「ならば、一体何を――」
「――決まっているさ。“魔王”だよ」
ドルスの言葉を遮ったのは、奇妙なほどに快活とした声だった。
もちろんレニのものではない。レニよりも大きく、力強く、それでいて女性らしい柔らかさも備えた声色だ。
ドルスが驚きを瞳に浮かべつつ扉の方を向く。
入り口にいたのは銀髪の眩しい美女だった。
銀髪。
この世界における銀髪とは特別な意味を持っており、銀髪を持つ人間は偉大なる魔法使いとして大成することが約束されている。
世界で初めて銀髪を持って生まれたのは、この世界で最初の“勇者”であったという。
そして。
今、唐突に現れた彼女もまた“勇者”と呼ばれる存在だった。
腰まである銀髪は窓から差し込む日の光を受けて燦然と輝き。朗らかな笑みを浮かべる顔つきはしかし、獲物を前にした肉食獣のようでもある。
肌は不自然に思えるほどに白く、シミどころか人間が持っているべき肌の赤みすらない。
体つきは華奢であり、戦うことなど不可能なように思える。が、歴戦の騎士であるドルスからして見るとその立ち振る舞いに一切の無駄はない。
ドルスは立ち上がり、王族にするかのような最敬礼を取った。
「こ、これはカイン様。このような辺境にまでおいでくださるとは光栄の極み。出迎えに上がれなかったこと平に――」
「あぁ、いいよ。そんなにかしこまらなくても。むしろ勝手に屋敷に入ったことを謝罪しなきゃいけないからね」
「謝罪など、そんな……」
まるで親に叱られる前の子供のように落ち着きのないドルス。そんな自らの様子を自覚したのかドルスはいったん深呼吸をして、真っ直ぐと勇者――カインを見つめた。
「カイン様。本日はどのようなご用件で?」
「ん? あぁ、そうだった。ジーン族のみんなを虐める悪い子にお仕置きをしなきゃと思ってね。ふふ、彼らには昔ちょっとだけお世話になったからね」
「虐める、ですか。いえ、しかし、ジーン族の里への侵攻は国王陛下からの勅命でありまして――」
「耄碌したねぇ。『破撃のドルス』とまで呼ばれた男が」
「は? あの、どういう意味でしょうか?」
「確かに。我がヒングルド王国は亜人を敵視しているし、亜人の奴隷も多い。まったくどうしてこんな国になってしまったのかと私としては嘆くしかないが……今の国王は違うだろう?」
「…………」
言われてみれば。
先代ならともかく、現国王は亜人に対する差別政策を行っていないし、理不尽な法律であれば改正もしている。積極的な保護こそしていないが、敵視もしていないというのが現国王の立場だ。
そんな国王が、敵対すらしていない人馬族の里を攻めろという勅命を下すだろうか?
「やっと気づいたか。ほんと人間ってヤツは劣化が早くていけないね」
「……陛下に、何かあったのでしょうか?」
「ご病気により半分隠居状態。現在は王太子が代理の王として辣腕を振るっているね。表向きは」
「……裏向きは?」
「エリザベート・ディラクベリ公爵令嬢を追放したことに国王が大激怒。王太子の廃嫡という話まで持ち上がったが、その前に王太子が国王を軟禁したというのが実情だね」
「宰相や騎士団長は、何を?」
「宰相は王太子の方が操りやすいのだろうね。特に行動は起こしていない。騎士団長は息子の教育を誤ったとして職を辞した。今は副団長が臨時で騎士団を率いているよ」
「……そうでありましたか」
宰相ならば喜んで頭を垂れるだろうし、騎士団長の行動もあいつらしいとドルスは納得した。
そして。
今現在騎士団を率いているという彼女は、ドルスの弟子に当たる人物だ。
「リッシェは、今何を?」
「彼女は王太子に唯々諾々と従いつつ、国王の居場所を内密に探っているようだ。国王の身柄を確保できればすぐにでも騎士団を率いて反乱を起こすだろう」
現在は国王が人質に取られているようなもの。リッシェも易々とは動けないのだ。他の忠臣も似たようなものだろう。
なにせ、“神子”であるエリザベートすら追放した愚か者だ、実の父を手にかけないという保証はない。
「ま、知らなかったのならこれ以上責めるのは止めておこうか。ドルス君とは共に戦場を駆けた仲だからね。……いいかい? これ以上ジーン族に関わるのは止めて、“国王”の勅命はのらりくらりと躱した方がいい」
「……ご忠告、感謝いたします」
「うんうん、辺境だから中央の政局に耳を傾けるのは大変だろうけど、これからはもう少し気をつけた方がいい」
訳知り顔で何度か頷いたカインは、真面目な表情を作ってレニに視線を向けた。
「ところで、レニ君が見たのは間違いなく神子ちゃん――エリザベートだったんだね?」
「……はい。そうとしか思えませんでした」
そして、先ほどカインは断言していた。エリザベートは“魔王”を降ろしたのだと。
勇者であるカインなら、魔王の復活に関して何か察知できるような力を持っていても不思議ではない、のかもしれない。
カインが面倒くさそうに肩を回した。
「私は一応“勇者”だからね。魔王が復活したなら向かわなきゃいけないか。神子ちゃんが関わっているなら尚更だ」
カインはそう言い残し――レニが瞬きした次の瞬間にはその姿を消していた。まるで霧となって消えてしまったかのように。
普通に考えれば転移魔法。
しかし、それが転移魔法でないことをドルスとレニはよく知っていた。良くも悪くも、カインの能力はヒングルド王国の人間には知れ渡っているのだ。
「エリザベート……」
孫娘を案じるドルスの呟きは、当然エリザベートに届くことはない。
お待たせしました。連載再開します。
本日またすぐに更新予定です。




