閑話 ジーン一族の里で
閑話 ジーン一族の里で。
帰ってきたケウと姫は慌てた様子だった。
何でも人馬族の里が人間族の襲撃を受けたらしく、ケガ人が複数出ているとのこと。
治癒魔法が必要なケンタウロスもいるとのことで、すぐに俺が向かって欲しいそうだ。
ケガ人の治療に否やはないが、気になることがある。
「姫は治せないのか?」
鍛錬中に片腕が切れてもすぐに治っているんだが。あれ、治癒魔法じゃないの?
「わらわの治癒魔法は、竜族以外にはちと強すぎるのでな」
「……なるほど」
大人の薬を赤ちゃんに飲ませるようなものかと納得する。
ケンタウロスの里に向かうのは俺と、ケウ、姫にリュアということになった。人手が足りなさそうなのでドワンとエイルにも手伝って欲しいのが本音だが、二人はお客さんだし、人間族との争いが起こっている場所に連れて行くのは忍びない。
そして、エリザもお留守番。
攻め込んできたのはヒングルド王国の人間らしい。
ヒングルド王国……。エリザが公爵令嬢として過ごした国。婚約を破棄され、悪霊となってまで復讐を誓った国。襲撃者とエリザに直接の関わりはないだろうが、エリザが辛いことを思い出すかもしれないからな。わざわざ連れて行く必要はないだろう。
一応“聖水”も瓶に詰めて持って行くか。この前ドワンに使ってもらったらちゃんとケガが治っていたし。
「よし、留守中のエリザは任せるぞ」
俺がゴーレムにお願いすると、ゴーレムは『任せて!』とばかりに両手を挙げた。
あとでこの子にも名前を付けてあげないとな。
そんなことを考えながらドワンとエイルに視線を移す。
「一応武器は置いて行くから。魔物が出たら対処してくれ。あぁ、危険だったら逃げてもいいから。自分たちの命を最優先してくれ」
「……いいのか? 出会ったばかりの俺たちに留守を任せて。エリザ嬢もいるのに」
ドワンからしてみればそう映るのか。エリザは戦う力もなさそうな貴族の幽霊だし、ゴーレムは高さ30cmしかないミニマムサイズだ。
ま、エリザは魔物相手に一昼夜戦い抜けるほどの魔法使いだし、ゴーレムは“人造物の支配者”という仰々しい肩書きを持っているから大抵のことは何とかなるだろう。だろうが、それを説明している時間が惜しい。
「いいさ。お前らは悪人じゃなさそうだしな」
「…………、……任された」
ドワンが握り拳を胸に当て、深く一礼した。
後に聞いたところドワーフにとって最敬礼を意味するらしい。
俺は頷きを返してからケウと姫、リュアとお互いに手を繋ぎ、ケウの記憶を辿りに人馬族の里へと転移魔法した。
◇
遊牧民の村。
俺がケンタウロスの里を見て抱いた感想はそれだった。
住居は円筒と三角錐を合わせたようなテントであり、雰囲気的にはモンゴルの移動式住居『ゲル』に似ている。たぶん折りたたんでの移動もやりやすいだろう。
家畜は羊やヤギがいるが、馬はいない。ケンタウロス自身が『馬』なのだから移動手段や農耕の馬力としての馬は必要ないのだろう。
農耕。
見たところ畑らしきものはない。里の周囲は広い草原が広がるばかり。日々の手入れや野獣の見張りなどを考えれば里の近くに畑を作るのが普通なので、もしかしたらケンタウロスに農耕の文化はないのかもしれない。
と、観察は後回し。
俺はケウに連れられてケガ人が収容されている大型のゲルに入った。広さは前世の体育館の半分くらいだろうか。組み立て式と考えると超巨大だ。
中にいたケガ人は主に男。時々老人や女性、子供が交じっている。
数は50人ほどと言ったところか。先の人間族の襲撃は里に近づく前に撃退できたと聞いているから、それを考えるとかなり多いケガ人だ。
「人馬族は生まれながらの騎兵です。よほどの理由がない限り女子供でも戦います」
そんな説明をしてくれたのはケウ。
例えば前世のモンゴルでは子供の頃から馬に乗り、騎兵として育っていくが……ケンタウロスはまさしく生まれたときから人馬一体。弓の訓練さえすれば誰でも立派な『軽装弓騎兵』になれるのだろう。
敵への突撃や切り結びなどは戦士階級が行い、弓による支援は『女子供や老人』が担当すると。
そう考えると500人ほどの里とはいえケンタウロスの戦力は強大だ。ほぼ全員が騎兵なのだから。人間もよく攻め込もうと思ったものだ。土地が欲しかったのか、あるいは……。
って、違う違う。今重要なのはケガ人の治療だ。
“智慧の一端”を起動。治癒魔法の上位互換で集団治癒があったので選択。個々に患者を診察し適切な治癒を施す必要がないが、その分消費魔力は10%増しらしい。
魔力に余裕はあるし、『適切な治癒魔法』を選択できる自信がないので集団治癒を施す。
「――集団治癒」
住居内が光に包まれた。キラキラと、雪の結晶のように光が踊っている。結構な魔力を使っているのか目眩がしたが、ゴーレムを作ったときよりだいぶマシだ。
数分……いや、数十秒だろうか? 体感ではそこそこ長い時間光の粒子が舞い踊っていた。
「……痛くない」
どこからかそんな子供の声が響いてきた。集まっていたケンタウロスたちが自分のケガを確認し、驚いたり喜んでいたりしている。
俺は前世で魔法が使えなかったし、魔力が凄いのはたぶん創造神からもらった『チート』なんだろうが……実力ではないとはいえ人を助けることができるのは気分がいいな。
うん、チート。実力じゃない。
だからケンタウロスの皆さん、神様を崇めるような目で俺を見るのは止めてください。正直心が苦しいです。
よし帰ろう。
なにやら面倒くさいことになる前に帰ってすべてを忘れ――姫に捕まった。あ、はい。徒歩で“神に見放された土地”を越えてくるのは大変ですよね。俺の転移魔法で一気に移動させた方がいいと。ごもっともで。
それに、結局は近くに移住してくるんだから崇拝っぽい目で見られるのは避けられないのかー。もう少し考えて行動するべきだった……いやそうなるとケガをした人馬族を見捨てることになるしなぁ。
俺が眉間に皺を寄せながら唸っていると、外がなにやら騒がしくなった。
ゲルから出ると、遠方から迫り来る土煙を視認できた。
敵かなと一瞬身構えた俺だが、どうやらケンタウロスらしい。
しばらくするともう少し状況を視認できるようになった。
土煙を上げているのは燃えるような赤い髪のケンタウロス。鬼気迫る様子で里に向かってきている。背後には百近いケンタウロスが続いているのだが、その集団を置き去りにする速さで駆け抜けている。
その背中には一人のケンタウロスが黒い“霧”のようなものでくくりつけられていて。見た感じではまだ『少女』と呼べる年齢なのだろうが……脱力したその様子は『手遅れ』であるようにしか見えなかった。
――頭痛がした。
前世の記憶が蘇る。
恨みはない。
憎しみもない。
ただ、後悔があるだけで。
若い女には、なるべく死んで欲しくない。
「……世界樹の葉ってのは死者蘇生できるのか?」
隣にいるリュアに確認する。ゲームでは定番だったからな。
リュアは明言こそしなかった。
『死者蘇生なんて神の奇跡ですね。そんなことをしたら後々面倒ごとに――まぁ、ご承知の上でしょうが』
「話が早いな」
『できるメイドさんなので。……彼女とは初対面どころか、まだ会ってすらいないでしょう? 遠くで見ただけ。それでも、助けるのですか?』
「ま、ここに俺がいて、リュアがいるんだ。なら、なにかの“縁”があったんだろう」
『アホらしい……。とは思いますが、私とご主人様の出会いもある意味で“縁”なのですから大切にしませんとね。持ってきた聖水をお預かりしてもよろしいですか?』
「すまんな」
リュアに聖水を渡すとほぼ同時、赤髪のケンタウロスが里に駆け込んできた。
と、ここで赤髪のケンタウロスの異常性に気がつく。
両目を革製の眼帯と、それを留める複数のベルトで覆い隠している。
両腕がない。肩の部分から切り取られたように欠損しているのだ。
そして、下半身。馬としての足の数。
前足の両側に二本ずつ。後ろ足の両側にも二本ずつ。計8本の足が生えていた。
下半身だけ見れば北欧神話の主神・オーディンが乗る8本足の神馬スレイプニルと同じだ。
そんな異形の存在に別のケンタウロスが駆け寄り、背中にくくりつけられた少女を降ろすが……力なく首を横に振った。手遅れだったようだ。
リュアが少女の元へ向かい、俺は直視するのが辛かったのでどこともなく目線を漂わせて……少女を運んできた8本足のケンタウロスが俺を見ていることに気がついた。
その両目は革製の眼帯とベルトで覆われていて目視などできないはずなのに、なぜだか俺の姿を捕らえて放さないような感じがした。
そして。殺気が叩きつけられる。
「……人間……殺す……」
目眩がするような怒気。
何とも物騒なうめき声を上げながら異形のケンタウロスが俺に突進してきた。
いやいや俺って魔王なんだが? 前世も(自覚がなかっただけで)一応魔王だったらしいんだが? 人間じゃないよ? キミの復讐対象じゃないよ?
……あ、この身体は元々エリザのもので、エリザは間違いなく人間だったからな。そんな肉体に転生した俺を『人間』だと勘違いしても仕方がないのか。
「まったく、どうしてこうなるんだか……」
ため息をつきつつ俺はアイテムボックスから愛用の槍を取り出した。
次回、9日投稿予定です