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11.とある一日


 11.とある一日。




 朝。

 日が昇る前に目を覚まし、軽く準備運動。

 その後、のそのそと起きてきた姫と軽く手合わせを行う。もちろんドラゴン形態ではなく、人の姿で。


 きっかけは酒の席で俺の身の上話をしたとき。最近はだいぶマシになったが、まだ身体に『ズレ』があると話した結果、姫が一緒に鍛錬をしようと申し出てくれたのだ。


「わらわも目覚めたばかりで身体がナマっておるからな。遠慮なく本気を出せる者と戦える機会は逃したくないのじゃ」


「…………」


 確かに俺は傷も自動回復するし、もしもの時の即死耐性もあるのだが、もう少し手加減してくれてもいいと思う。最初に手合わせした時なんてマジで死にかけたし。


 まぁ、慣れというものは恐ろしいもので、今では何だかんだで死にかけることもなく朝ご飯の時間を迎えることができている。姫も力加減を覚えてくれたのだろう。最近では大技を試す余裕も出てきた。



 朝ご飯。

 エリザとリュアは二日酔いでダウンしている(リュアはメイドとしてそれでいいのか?)ので、起きてきたケウと一緒に朝ご飯の準備をする。


 元々一人旅をしていただけあってケウの腕前はかなりのものだ。任せられる安心感がある。あと異世界の調理法を色々学べるのは純粋に楽しい。


「なるほど、沸騰させると風味が飛ぶのですか。そして舌触りも悪くなると。ミソというものは奥が深いですね……」


 もちろん教えられてばかりでは何なので、俺も前世の調理法を色々と伝えていたりする。



 午前中。

 この世界にも時計はあるが貴族くらいしか所有していないらしい。

 D.P.で交換してもいいのだが、時間を気にしないスローライフというのも魅力的に思えたのであえて時計なしの生活を送っている。


 日がてっぺんに登るまでは畑仕事。とは言ってもやっと芽が出た程度。水をやれば今日の仕事はお終いだ。


 ちなみに害虫や病気は“世界樹の加護”で何とかなるらしい。凄いなリュア。


 お昼までだらだらするのもいいのだが、ケウもいるのでちょっとした実験をすることにした。


 名付けて、柵の頑丈さ確認実験。


 ……うん、ストレートすぎた。わざわざ名付ける必要なかったな。


 それはともかく、ケウが柵の強度を気にしているようだったので昨日軽く調べてみたのだ。



 実験1.蹴ってみる。

 足がジンジンした。そして杭はびくともしなかった。それなりに鍛えていたつもりだったのでちょっとショック。


 実験2.引っ張ってみる。

 エリザとリュアに協力してもらい、杭に縛り付けたロープを綱引きの要領で引っ張ってみた。やはりびくともしなかった。


 結果として杭はかなり深いところまで刺さっているらしいことは分かったのだが、そうなるとどれだけ頑丈なのか確かめたくなるのが人情というもの。


 というわけで脚力の凄そうなケウに協力してもらうことにしたのだ。

 姫? 杭を引っこ抜いた勢いで家を壊しそうだったので除外。


 実験としては単純明快。ケウに思いっきり後ろ蹴りをしてもらうだけ。馬の後ろ蹴りは強力だからな。


「では、行きます」


 杭に背中を向けたケウは容赦なく蹴りを叩き込んだ。『ぎぃいいぃん……』的な音がしたが杭は無事。微動だにしない。揺れるくらいはすると思っていたのでちょっと意外だ。


「違います」


 なにやらケウが否定していた。


「ちょっと準備運動が足りなかっただけです。えぇ、身体が温まったので次こそは」


「…………」


 ケウって意外と負けず嫌いなのかもしれない。

 まぁ、『ジーン族一番の戦士』らしいからプライドもあるのだろう。


 続けてケウが二発目をお見舞いしたが、やはり杭は微動だにしない。


「違います。ちょっと手加減してしまっただけです」


 三発目。微動だにしない。


「違います。足が滑っただけです」


 四発目。微動だにしない。


「違います。足下に虫がいたんです。いくら小さいとはいえ命ですから。踏みつぶすわけにはいきません」


 五発目。以下略。


「違います。無意識に労ってしまっただけです。えぇ、私たちを魔物から守ってくれている杭が相手ですからね」


 なんだか言い訳が楽しみになってきた。


 結局。

 十発ほど蹴りを叩き込んだ結果『今日は日が悪いですね』ということになった。



 お昼。

 エリザに任せると毎食カレーになるので俺が作る。今日のメインはとんかつだ。もちろん味付けはソース。D.P.交換にリストアップされているとはさすがブル○ックである。


「ぬぅ、豚のくせにやるではないか、豚のくせに」


 そこの姫。豚さんを馬鹿にしてはいけません。



 午後。

 杭の頑丈さは確認できたが、やはり住居を守るのが柵だけというのは心もとない。

 D.P.も十分あることだし、俺は柵の外側を水堀で囲ってみることにした。


 D.P.で作るものには壁面を土のままにするのと石垣にする二種類があるようだが、結構長い距離を作るのでとりあえず土の壁でいいだろう。石垣だとD.P.消費が二倍近くになるし。


 必要なポイントは、水堀で100mごとに1,000D.P.だ。かなり高めだが、長さ100mの堀を作って水をためて、という労力を考えれば悪くないような気がする。


 居館と畑の周りを取り囲んでいる柵を、さらに取り囲むように正方形の水堀を作成してみることにする。一辺が500mほどなので、それが四つでおよそ2,000mくらいか。


 20,000D.P.も使えば余裕で周りを囲えるだろう。かなりお高いが安全第一で。


「――水堀作成」


 “智慧の一端(ソピア)”の説明によると、水堀を掘りたい場所を歩くと自動でD.P.を消費し、堀を作ってくれるらしい。


 俺はときどき後ろを振り返りながら柵の外側をぐるりと一周した。


 誰もいないのに地面が掘られ、穴のすぐ横に土が積み重なっていく。どうやら掘削時に出る土は自動で土塁として固めてくれるらしい。


「柵は土塁の上に移した方がいいかな?」


 そんなことを考えているうちに穴掘りは終わり、いつの間にか水がためられていた。

 うん、それはいい。近くに川はないし、雨水や井戸水で貯めようとするとかなりの時間や労力が必要だからな。全部自動でやってくれたD.P.様々だ。


 ただ、掘っているときから思っていたが……水堀の幅が思ったより広い。かなり広い。


 こちら側の岸から対岸まで、100mくらいないか?


 え? 100mにつき1,000D.P.って幅のこと? 横の長さじゃなくて?


 たしか江戸城で最も広かった水堀である桜田濠の幅が115mくらいだったはず。ははは、すごーい。一気に江戸城並(?)の防御力を手に入れたぞー。


 過剰防御すぎである。


 この規模の水堀を短時間で作り上げちゃうとか、築城に関わった人間に知られたら殴られるなきっと。


 あとで橋を架けないとなーと考えていると姫が家から出てきた。


「おぉ! 水浴び場じゃな!?」


 姫が興奮し、俺が何か答える前にドラゴンの姿となり水堀へと飛び込んだ。

 うん、姫のドラゴン姿って体長が100m超えるからな。そんな質量が水に飛び込んだら……、当然、ばっしゃーん、と。高波かってくらいの水が俺に襲いかかってきた。

 もちろん下着までびしょ濡れだ。


 ……俺の名誉のために断言するが、女物の下着を着ているのは俺の趣味ではない。ただ、エリザが『形が崩れますわ! 何がとは言いませんけれど!』と泣きそうな顔で叫んだので仕方なく着用しているだけだ。


 何の形が崩れるのかはよく分からなかったが、俺には自動回復(イルズィオン)があるのだから、多少の崩れは回復してくれると思う。思うのだが、前世で学んだ。ああいうときの女性に逆らってはいけないのだと。


「やれやれ」


 この時間から風呂に入るのも何なので、風の魔法で着衣を乾かす。エリザの身体は髪が長いので乾燥に時間がかかって面倒――いや、うん、女性の身体なのだから丁寧親切に扱わないとな。


 俺が大体乾いたかなーと風の魔法を止めたのとほぼ同時、


「ぷはー! 久しぶりの水浴びで生き返ったのじゃー!」


 姫が水堀から飛び出てきた。そしてその場でぶるぶると水を払う。犬みたいに。

 当然近くにいた俺はその水をぶっかけられて、またびしょ濡れに……。


「…………」


 アイテムボックスから愛用の槍を取り出す。


「……HAHAHA, そこになおれ、駄トカゲ。今日という今日は教育してやろう」


「ぬん? よく分からんが、『駄トカゲ』とまで言われては仕方がない。格の違いというものを教えてやろう」


 姫が人間形態となり、構えを取った。両手だけ変身を解除したのか、指先から上腕部の半分ほどまで鱗に覆われている。


 あの鱗は刃が通らないほど固いのだが、それよりも注意すべきは指先の爪だ。あの爪が擦っただけで人の首は飛ぶ。


 俺と姫が互いの隙をうかがい合っていると――


「――え? 魔王と氷竜姫様が戦うとか、今日は世界が滅ぶんですか?」


 いつの間にか外に出ていたケウがちょっと大げさなことを言っていた。戦い自体なら手合わせを毎朝――あぁ、ケウは寝ているから知らないのか。彼女が起きるのはちょうど鍛錬が終わったあとくらいなのだ。


 大丈夫大丈夫、ちょっと遊ぶだけだから。多少血が出てもじゃれ合っているだけだから。たとえ腕が一本や二本吹き飛んでもお互いすぐ治るから、大丈夫。


「全然大丈夫じゃないですよ!?」


 ケウの叫びが虚しく荒野にこだまする。そんな彼女を尻目に俺と姫は槍と爪を合わせた。


 結果を言えば俺の勝利だった。やはり正義は勝つのだ。決して、砂を使った目つぶしが効いたわけではないとここに断言しておこう。


「……神話に語られる氷竜姫様と、氷竜姫様と互角に戦ってる魔王がいる……。あれ? ここって亜人にとって世界一安全な場所なのでは?」


 血湧き肉躍る俺たちの戦いを眺めたケウは、そっとつぶやいたという。


 思う存分戦った俺と姫は仲良く夕飯を食べ、思う存分酒を飲み交わし、だらだらと眠りについた。


 そんないつもの一日。


 少し違うと言えば、お客さんであるケウと姫に遠慮したのかリュアが俺の布団に潜り込もうとしないことくらいか。


 うん、平和だ。平和って素晴らしい。





次回、28日投稿予定です

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