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閑話 とあるケンタウロスの独白と、魔王について。(ケウ視点)




 閑話 とあるケンタウロスの独白と、魔王について。(ケウ視点)





 里の近くの山が大規模な山火事で全焼し、私たちの里は大きな被害を受けた。


 いや、人的被害はないし、里の前で火の手を食い止めることはできた。最悪の事態は避けられたのだが、悪い方向には確実に進んでいた。


 まず、広範囲の森の喪失によって木の実や山草、野生動物が激減。里を支えるのに困難なほど食糧事情が悪化した。ケンタウロス族は狩猟民族であるので、農耕はあまり得意ではない。自然の喪失はそのまま食糧自給率の悪化に繋がったのだ。


 そして裸山になったことで洪水が増えた。里への直接被害を考えるならむしろ山火事よりも洪水の方が大きな被害をもたらしただろう。


 あと、私にはよく理解できなかったが、森がなくなると水が汚染されるらしい。現在のところさほどの影響は無いと思うが、長老たちによるとだんだん水が汚れてくるのだとか。


 そして、防衛力の低下。

 人間族との国境に位置していた森の消失によって、鎧を着込んだ人間でも山越えができるようになった。今はまだ大丈夫だが、人間族が大軍を率いて山を越えてくる可能性は否定できない。


 里の中には『人間が森に火をかけたに違いない』と主張する者もいた。

 真偽は確かめようがないので保留。重要なのはこれ以上この里で暮らすのが困難だということだ。


 新天地を探す旅人に私が選ばれた。ジーン族一番の戦士であるから並大抵のことでは死なないだろうという理由と、単純に里で一番常識があると判断されたから。


 人馬族はよく言えば真っ直ぐだが、悪く言えば単純。旅に出た人馬族が悪い人間に騙されて金銭を失うとか、奴隷にされるといった話は枚挙にいとまがない。


 そうして私は旅に出たのだが、里の三方は亜人に対して差別的な感情を抱いているヒングルド王国と、デンサン公国に囲まれている。必然的に私は“神に見放された土地(アゥフ・ギーブン)”を突っ切っての旅路を余儀なくされた。


 途中、砂漠に埋もれた廃都市で氷竜姫様と出会えたことは幸運だったような、そうでもないような……。


 人馬族の族長の娘は巫女的な役割も担うので、たぶんそのことが氷竜姫様の興味を引いたのだと思う。『中々に清浄な空気を纏っておるの』とおっしゃってくださったし。


 人馬族の間では創造神様と並んで信仰されている氷竜姫様に出会えたことは巫女として望外の幸福であるはずなのだが、実際の氷竜姫様は……よく言えば睡眠欲求が旺盛な方であられたため、信仰心がぐわんぐわんと揺らいでしまったのは不幸な出来事だと思う。


 悪く言えばどうなのか、と? ははは、神様を悪く言うだなんてとてもとても。


 そうして“神に見放された土地(アゥフ・ギーブン)”を縦断する旅を続けた私たちだが、特に問題はなかった。魔物の襲撃は多かったものの私一人で対応できる程度の強さだったし、気まぐれに氷竜姫様も手伝ってくださったからだ。


 ただ、戦闘中に馬車から水瓶を落としてしまったのは一生の不覚だったが。


 ここは荒野のど真ん中。水なしで過ごすことは不可能だ。


 氷竜姫様に飛んでもらって水を確保してもらうべきだろうか? いやしかし、一応は神様である氷竜姫様に雑用をお願いするなど……そもそも私のお願いを聞いてくださるのだろうか? 私は巫女だが、氷竜姫様に仕える巫女というわけではないし。


 いざとなったら魔物の血で喉を潤すか? 煮沸すればいけるか? いやしかし……。


 悩んでいるうちにふと不思議な匂いが漂ってきたような気がした。とてもお腹がすくような……。

 辺りを見渡すと、元は世界樹だったと伝えられる大きな岩山の麓に住居を発見することができた。


「えぇ?」


 思わずそんな声を漏らしてしまう私。

 ここは“神に見放された土地(アゥフ・ギーブン)”のど真ん中。鉄のように固い地面は耕作など不可能だし、雨水もすぐに地面が飲み干してしまう。さらに昼夜を問わず魔物が襲いかかってくるとなれば、とても居住地にしようとは思えない土地だ。


 よく見れば住居の周りは柵で囲まれているようなのだが、だからといって安全とは限らないだろう。そもそも地面が固すぎてあまり深く杭を打ち込めないはずだ。魔物が突進すれば壊れるだろう。


 ……壊れるはずなのだが、なんだか妙に頑丈そうな感じがする。

 ありえない。あんな地面に深々と杭が刺さるわけがない。


 喉が渇きすぎて幻を見ているのだろうか?


 ……幻でもいいか。

 もしもそうだったとしたら、生き残った後にする笑い話が一つ増えるだけの話だ。荒野の真ん中に存在する謎の家。うん、中々に面白そう。


 覚悟を決めた私は住居に近づいた。と、柵の内側に人影が二つ見えたので槍を置き、手を広げて交戦の意志がないことを示す。


 無礼にならない程度に、しかし舐められないような言葉遣いを心がける。


 そうして私は水が欲しいと願い出て。


 ラーク殿に出会うことができたのだ。





 朝。

 目が覚めた私は見慣れぬ光景に少し混乱し、今現在ラーク殿の家にお世話になっていることを思い出した。

 三日目だというのにまだ慣れない自分が少し恥ずかしい。こんなにも快適な部屋を用意していただいたというのに。


 ……人馬族は人間族の亜種と分類されることも多いが、生態はまるで違う。特に住居の床は地面のままの方が好みだし、板張りは蹄で傷つけはしないかと心配になってしまう。蹄を覆う革靴もあるが、この家は土足厳禁らしいので使えない。


 宿泊する前にそのことをラーク殿に話し、私は軒先を借りて野宿しようとしたのだが、ラーク殿は『んじゃ、改造するか』といって居館の一室を即座に改造してしまった。


 床張りは消え、心地よい柔らかさの地面に。

 設置してあったベッドも私が横になれるほど大きなクッションに。


 そしてついでとばかりに、私の蹄でも傷つかないよう居館全体の床板に保護の魔術をかけてしまった。


 すでに完成した部屋を改造する魔術など聞いたことがないし、床板の保護魔法は、たぶん人馬族が(鉄の馬蹄を付けて)全力で駆け抜けても傷つかないほど頑強だ。


 それをろくな呪文詠唱も無しでやるとか……ラーク殿は、自分がどれだけ非常識か理解しているのだろうか?


 あ、いや、“魔王”に常識を問うても意味はないか。


 ――魔王。


 魔族の王にして、魔物を従える者。

 世界の破滅を願い、人類に敵対する者。


 不死の肉体を有し、聖なる剣でしか討ち倒せない者。

 殺戮を好み、復讐を誘い、敵をすべて滅ぼす者。


 魔王の恐怖は神話の時代から語り継がれてきたが、その中でも、最も恐ろしいとされるのが“絶対契約(ヴァトラーク)”の力だろう。


 いわく、世界で最も強力な契約。

 いわく、その契約は生死すらねじ曲げる。


 魔王と“絶対契約(ヴァトラーク)”を結んだ者は魔王と運命を共にし、魔王が死なない限り何度でも蘇るという。致命傷すら一瞬で治癒し、即死攻撃すら無効化する“契約”……。


 人間よりも強力で、決して殺せない不死の軍団。ゆえにこそ人間は正面からの戦いを避け、“勇者”という非正規戦力での魔王暗殺によって平和を維持してきたのだ。


 そんな無茶苦茶な契約が実際にあるのかどうかは不明だが。たとえ実在したとしても、ラーク殿なら悪用はしないだろう。短い付き合いだが私はそう確信することができる。


 なにせラーク殿は聖職者と見間違うほどの高潔な魂を持っているから。


 私も巫女の端くれなので人の魂の純潔さくらい分かる――と、言いたいところなのだが、修行不足のせいかすべての人の魂を見通せるわけではない。

 ただ、こんな私でも『視える』ほどラーク殿の魂が高潔だっただけで。


 氷竜姫様に言わせると『無知でもない者があれだけの純な魂を持っているのは異常じゃな。汚れないのではなく、汚れていても輝いて見えるのじゃろうな』らしいので、ただ高潔なだけではないのだろうが……それでも、善人であることに変わりはないと思う。


 そう、善人。

 ラーク殿はおよそ魔王らしくない魔王だ。


 魔族を従えていないし、魔物は積極的に狩っている。


 世界を滅ぼすどころか、平穏な生活のために日々畑作りに精を出している。人間に対してもそれほど悪い感情を抱いていないと思う。


 不死かどうかは分からないが、エリザ殿の復讐を止めたのだから『復讐を誘う』ような者でもない。

 また、殺戮を好むような性格でもなし。いや敵対者である魔物は容赦なく殺戮しているが……。それも居館を襲撃するものだけだ。わざわざ居館を出て魔物を捜し回るようなことはしない。


 魔王らしくない魔王。

 そんな彼女――いや、彼? は、とても興味深い人物であり。


 そんなラーク殿のことを、もう少し知りたいと思っている自分が確かに存在した。








次回、25日投稿予定です

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