9.旅のケンタウロスと、氷竜姫さま
9.旅のケンタウロスと、氷竜姫さま。
いつものように魔物を討伐したあと。いつものようにリュアは蔦っぽいもので魔物の体液を吸い取り、魔石を取り出してくれた。
ちなみにエリザは危険なのでお留守番だ。いや魔法が使えることは知っているが、生前は追放後に力尽きるまで魔物と戦っていたらしいからな。そんな過去を思い出させる必要もないだろう。
今エリザは家の中で掃除や昼食の準備をしているはず。元とは言え公爵令嬢にそんなことをさせるのは気が引けたが、案外ノリノリでやっているので問題はないのだろう。頭はいいのですぐにやり方は覚えたしな。
作れる料理は今のところカレーだけなので、レパートリーの増加が今後の課題だろう。
リュアから魔石を受け取ったあと、ふと気になったことを質問する。
「魔物の血ってうまいのか?」
『うまくはないですし、生臭いですね。ただ、含まれている魔力が豊富なので飲んだ方が早く生育できるというか、健康になるというか……。ご主人様に分かるように説明するなら青汁の一気飲みですかね?』
「なるほど、よく分かった」
不味いということが。
魔物の後始末も無事終了。いつもならこのまま自由時間なのだが、今日はリュアと一緒に畑作りをすることになっている。最初は一人でやろうとしたのだが、地面が固すぎて(D.P.で交換した)鍬で耕せなかったのだ。
これでも鍛えていた自負があったのでちょっとした敗北感。
『この大地は“神に見放された土地”ですからね。普通の地面とは違いますからお気になさらず。鉄のように固く、大蛇のように水を飲み干すと評判ですよ。生きていられる魔物がおかしいのです』
耕作なんて絶対無理。
そんな大地であるが、まずは“世界樹”であるリュアが『大地祝福の舞』を耕作予定地の周りで踊り、最後に御神酒を振りまけば畑を作れるほど土が軟らかくなるらしい。
時々雨が降るので水は大丈夫だろうし、何だったらD.P.で近くに井戸を作ってしまえばいい。
今までの柵の中に畑を作るのは少々狭いので、まずは柵で覆った範囲を今までの二倍程度に広げた。続いてリュアが楽しそうに『大地祝福の舞』を披露する。
阿波踊りに似ていた。
リュアの踊りが終わったので、御神酒を振りまきながらだらだらと雑談する。リュアはもちろん黒板を使うが。
「地面を耕すのに酒を使うとはなぁ。この知識も“世界樹の智慧”というものなのか?」
『そうですね。昔は使えなかったのですが、今では問題なく使えますよ』
「……昔って、お前が生まれてから『昔』っていうほど時間は経っていないだろう?」
忘れがちだが、リュアはちょっと前まで芽だったのだ。
『あぁ、確かに今はそうですけど――』
リュアによると、彼女も転生みたいなことをしたらしい。
『私の前世……と、いう呼び方でいいんですかね? とにかく、私の種を作った存在は元々はトネリコの木だったんですよ。それが年月を経て世界樹と呼ばれるようになり。そして、そんな世界樹から生まれた私は、最初から“世界樹”としての力を使うことができたのです』
「ふ~ん。転生すると種族まで変わるのか。ま、俺も性別が変わったんだけどな。変わっちゃったんだけどな!」
『自分で言ってダメージ受けなくても……。それに大丈夫ですよ。男性だろうが、女性だろうが、あなたが高潔な魂を持っていることに変わりはありませんから。それはもう一目惚れしちゃうほどに』
「高潔ねぇ? 何度も言うが、お前に御神酒をやったのは偶然で、さらに言えば枯れてもいいやという気持ちだったんだからな?」
『ふふ、その件は承知していますよ。それでも私は感謝しているのです。……そして、高潔な魂というのはまた別ですよ。私はこれでも長生きですからね。そういうのは見れば分かります』
「分かる、と言われてもねぇ」
以前、エリザも酒に酔ってそんなことをほざいていたが。信じろという方が無理な話だ。
……魔法がある世界だから、そういう能力があってもおかしくはないのか?
俺が首をかしげていると、なにやら近づいてくる気配があった。
「うん?」
目線を動かすと、こちらに向かってくる一台の馬車を視認することができた。
……いや、馬車という表現は正しいのだろうか?
車部分を引いているのはただの馬ではなく、下半身が馬で上半身が人間の――俗に言うケンタウロスなのだから。
『人馬族ですね。ケンタウロスという呼び名はこちらの世界では通じませんのでご注意を』
「りょーかい」
そんなやり取りをしているうちにケンタウロス――いや、人馬族は柵から少し離れた場所で止まった。敵意はないと示すように持っていた槍を地面に置き、両手を大きく広げている。
遠くからではよく分からなかったが、どうやら女性のようだ。
そして、槍の穂先は赤黒い血で染まっている。
「突然の訪問となったことをお詫びする! 私はジーン族の族長の娘、ケウ・ジーンである! 不躾な願いと承知しているが、どうか水を分けていただきたい!」
口調はどこか尊大だが、声音は柔和。無理して尊大な態度で振る舞っているような――いやいや、先入観を持つのはいけないな。
俺は隣に立つリュアに相談した。
「……リュア、こういうとき、この世界ではどう返すのが普通なんだ?」
名乗り返すにしても『魔王です』という自己紹介は相手を無駄に警戒させるだろう。
『世界樹の智慧は百科事典みたいなものですから。こういうやり取りは専門外ですね。地球でも辞書に『お腹が痛くなったときのトイレの借り方』なんて書いてなかったでしょう?』
「そりゃそうだが、もう少し違う例え方はなかったのか?」
『……女性をホテルに連れ込む方法?』
「書いてあったらビックリだ」
『助けるなら普通に招き入れればいいのでは? ここは“神に見放された土地”のど真ん中。水無しでどうにかなる場所じゃないですよ』
「見渡す限りの荒野だからな。助けないって選択肢はないわな」
オレたちは基本的に柵の外には出ないので、周りの柵には出入り口というものを作っていない。なので俺は“現地築城”の力を使い柵の一部分だけを消去した。
いきなり柵の内側に入れというのも警戒させるだろうから、俺は自分から柵の外へと出た。当然のようにリュアが付いてくる。
オレたちを見てケンタウロスのケウは目を丸くしていた。
「し、失礼ですがあなたたちは? 見たところ高位の貴族とその従者であるようですが、このような場所で何を?」
「うん?」
言われて俺は自分の姿を確認した。いかにも高そうなパーティードレス。元々この身体の持ち主だったエリザはパーティー中に追放されたから当たり前か。
本来なら魔物との戦いなどで傷んでいるはずなのだが、自動回復のおかげか、新品同様の状態を保っている。
そしてリュアはどこからどう見てもメイドさん。うん、なるほど。“神に見放された土地”のど真ん中にこんな格好の二人がいるのは異常でしかないな。
一から説明するのはちょっと面倒くさい。そもそも信じて貰えるとは思えないし。
ここは水と食料を渡して、そのまま別れた方がお互いのためかなと思う。オレたちは余計な詮索をされずに済むし、あちらは荒野の真ん中で水を手に入れることができるのだから。
井戸は居館の裏に設置済み。俺が水を持ってくるために踵を返そうとすると――
「――ケイ。こやつらは大丈夫じゃ」
ケイが引いていた馬車の中から声が響いてきた。
すげぇ、敵意はなかったとはいえこの距離でまったく気づかなかった。そんな人間(?)は師匠以外で初めてだ。やはり異世界には『バケモノ』がいるんだな。
リュアも認識できていなかったのか一気に警戒度を上げた。そんなオレたちを意に介することなく馬車の中の人物はケイと会話を続ける。
「少々変わっておるが危険はない。いや、敵対するならば話は別だがな。先ほどまで魔物と戦っておったのじゃから、ひとまず休憩した方がよかろう?」
馬車の中の人物はまるで老人のような口調なのだが、声は明らかに若い女性のものだった。
ただ、この世界には長寿の種族がそれなりにいるらしいので、声の若さで年齢を推し量るのは難しいだろう。
「し、しかし氷竜姫様……」
「それに、わらわは腹が減ったぞ。あのようないいにおいを嗅がせておいて、ごちそうにならずに帰るというのはちと残酷ではないか?」
いいにおいとはたぶんエリザが作っているカレーだろう。
食べる気満々ですか。
この流れで『いや、あげませんよ』とか返すのは無理だよなぁ。
「……よろしければ一緒にいかがですか?」
元日本人らしく空気を読んだ俺である。
「うむ、今代の魔王は中々話が分かるではないか」
「…………」
俺、まだ名乗っていないんだが。
さらりととんでもないことを発言した人物が馬車の中から姿を現した。
まず目に付いたのは、日の光を受けて蒼く輝く白髪。大部分は白いはずなのに、光を反射すると蒼く見えるという不思議な髪色だ。
その顔は何かの冗談じゃないのかと疑いたくなるほどに美しく、どこか不敵な笑みが浮かべられている。
そしてデカい。
おっぱいがデカい。
……じゃなかった。女性としては高めな身長であるエリザよりさらにデカかった。
総合的な雰囲気は『近所に住む大人のお姉さん』といったところか。
基本的な姿は人。
だが、人とは明らかに違う点がいくつかある。
一番特徴的なのは、嬉しそうに揺らめいている尻尾だ。
この尻尾は馬や猫のようなものではなく、恐竜のように太く、トカゲのような鱗に包まれている。
左右の側頭部から後ろに向けて生えているのは……角だろうか?
尻尾に角。まるでドラゴンのような特徴だ。
『ドラゴンですね。正確にはドラゴンの人化形態。希に竜人族と混同される場合もあります』
リュアの説明によると本物のドラゴンであるらしい。……人化ってことはイメージ通りのドラゴンにもなれるのだろうか?
とりあえず、家の中でドラゴンになりませんように。
そんなことを祈りながら俺はケウとドラゴンを居館に招き入れた。
期待に目を輝かすドラゴンからの圧力に負けた、とも言う。
次回、19日投稿予定です