8.夜の生活(?)と、メイドさん。
8.夜の生活(?)と、メイドさん。
リュアがメイド(?)になって数日。
この数日での変化は人間形態になったリュアが毎晩俺のベッドに潜り込もうとすることと、それを阻止しようとするエリザとの間でちょっとした攻防が起きているくらいか。
今日も今日とてエリザとリュアは俺の部屋に押しかけてきた。また今夜も騒がしくなりそうだ。
リュアがやれやれと肩をすくめながら空中に浮かべた黒板に文字を記す。
『まぁまぁ、いいじゃないか。減るものじゃないのだし』
「減りますわ! わたくしの! 心が! 大激減ですわ! 何度も言いますがラークの身体はわたくしの身体なのですわよ!? わたくしの許可なく妙なことに使わないでくださいまし!」
『許可、ねぇ? そんなに気になるならエリザも犯ればいいのに』
「な!? な、なな何と破廉恥な! それでも淑女ですか!?」
『木だな』
「で、ですが、ラークが望むというのなら慈悲を与えてもいいと言いますか、やぶさかでもないと言いますか……」
『なるほどこれがツンデレというものか』
正直、最初のうちは二人の言動に戸惑ったり照れたりしたものの、慣れてくるとこれはこれで漫才を見ているようで面白い。
個人的には据え膳でも美人局でもいいからとにかく『経験』したいという童貞的思考もあるのだが、残念ながら身体は女なので食べようがない。何がとは言わないが大切なものがなくなってしまったからな。
それに、本人が言うようにこれは元々エリザの身体。そういうことに使うのはマズいと思う。
いや本人が案外乗り気っぽいのもマズいと思うが。
そもそもの問題として、女同士でどうやるの?
…………。
うん、深く考えないようにしよう。
いつもの光景だが、まかり間違って『では二人で襲いましょう』となると厄介だ。そろそろ何とかしなければ。
と、いうわけで俺はテーブルの上にD.P.で交換した御神酒とおつまみを置いた。
「!」
『!』
酒好きな二人の目の色が変わる。見た目だけならチューハイでも酔っ払いそうな美少女たちなのに……。
……結局、その日は夜遅くまで飲み会となり。ぐだぐだのうちに俺の部屋のベッド(無駄に大きい)で三人眠ることとなった。
もちろん、エロい展開にはならなかったが。
なにやら空の向こうで創造神が『このヘタレー』と馬鹿にしてきた気がするので、やはりいつかぶん殴ろうと思う。
◇
「ぬ~ん……!」
とある日の朝。
日課の鍛錬を終えると庭先でエリザが唸っていた。天に祈りを捧げるように両腕を空高く掲げている。
……何やっているんだ?
近くでリュアが『がんばれ、がんばれ♪』と応援していたので声をかける。
「エリザのやつ、今度は何をしているんだ?」
『メイド服を着ようとしているらしいですね』
「……はぃ?」
思わず首をかしげる俺。
何で公爵令嬢がメイド服?
何で普通に着替えずに唸っているの?
そもそも幽霊って着替えられるの? よく考えたらずっと同じ服を着ているけれど。
『彼女は一応幽霊ですからね。理屈で考えれば、自分の意志である程度は姿形を変えられるはずなんです』
そういや悪霊なんだよな。忘れがちだけど。
『さすがに顔や体型を変化させるのは厳しいですが、髪型とか、着ている服くらいなら何とかなりますよ。初めてでやり方が分からないからああして唸っていますけれど』
メイド服くらいD.P.で交換してやるんだがなぁ。いやあるかどうかは知らないが、たとえなくても布を交換して自作すればいい。
あーでも貴族令嬢だものな。刺繍はできるかもしれないが服までは作れないか?
もちろん元男である俺も服の作り方なんて知らない。
ボタンくらいなら何とかなるんだがなぁ。
俺がそんなことを考えているとリュアが楽しそうな笑顔を俺に向けてきた。
『ご主人様は絵に描くほどメイドさんが好き。だからエリザもメイド服を着ようとしているんです。いじらしいですよね。まぁ本人に聞いたら否定するでしょうけれど』
何それ可愛い。
……可愛いが、素直にそう認めるのはしゃくなので俺はちょっとした照れ隠しを口にした。
「否定ね。どんな言い訳をするか試してみるのも一興かな?」
『いい性格をしていますよねご主人様も』
「……前々から気になっていたんだが、リュアはエリザにはタメ口だよな? 何で俺に対しては敬語なんだ? あとなぜにご主人様?」
『敬語なのは感謝の意の表れですよ。ご主人様がいなければ私は芽を出すことすらできなかったのですから。ご主人様呼びも同じ理由です。お気に召さないのなら旦那様や主様、マスターというパターンもありますが?』
リュアは“世界樹”として様々な世界に接続できるらしく、変な知識が豊富だしこの世界にはない言葉も平気で使ってくる。
世界樹があるファンタジーな世界観で、いきなりカタカナ語とかが飛び出してくるのは正直戸惑ってしまうな。
それはともかくとして。俺としてはリュアに対して友情とか仲間意識みたいなものを抱いているので敬語を使われるのはちょっと寂しい。
『寂しいとか……。萌える』
リュアがなにやら恐ろしいことをつぶやき、俺の二の腕に抱きついてきた。
エリザの身体はリュアより少し高いので、リュアは背伸びをしながら俺の耳元でそっと囁いた。
『特別な関係になってくだされば、この口調や呼び方を変えてもいいのですけれどね?』
胸が! たゆんたゆんが二の腕に当たっているんですけど!? くっそう木なのに柔らかいなぁ!
俺が煩悩と必死に戦っていると、エリザが素っ頓狂な声を上げた。思わずそちらに目を向けてしまう。
「――とぅあ! ですわ!」
見事な空中三回転。しながらエリザの服が消えて一瞬だけ裸になり(エロい)、着地するときにはメイド服に身を包んでいた。
素晴らしいメイド服――じゃなかった、早着替えだ。
俺に気づいたエリザがふよふよと近づいてきて、まず俺とリュアを引きはがした。
「抜け駆け禁止! ですわよ!」
結構衝撃的な言動なのだが、自覚はあるのだろうか? 一応当事者であるこっちが気恥ずかしくなってしまう……。
もちろん、そんなエリザを見てリュアはニヤニヤとした笑みを浮かべている。
リュアの温かい視線に気づくことなくエリザは胸を張った。
「さて、ラーク! どうかしらこのメイド服は!」
「おう、似合っているぞ」
メイド服は正義。メイド服を前にすれば多少の気恥ずかしさなど吹き飛ぶのだ。
「ふふん、そうでしょうそうでしょう! かつては『黄薔薇』と呼び称えられたわたくしですもの! 当然ですわ!」
金髪だから黄色い薔薇なのかな? そんなことを俺が考えていると――
「――かはぁ!」
エリザが吐血した。
もはや芸の一つになりつつあるな。
「おぅ、どうしたエリザ?」
エリザは膝から崩れ落ち、地面に両手を突きながら心境を吐露した。
「め、メイドとは使用人階級ですもの……。わずかに残された公爵令嬢としての矜持が、胸に深々と突き刺さりましたわ……」
相変わらず凄いなK.P(心・ポイント)へのダメージ。
あと、公爵令嬢の矜持うんぬんは笑うべきポイントだろうか? さすがはお笑い系悪役令嬢である。
次回、16日更新予定