閑話 とある世界樹のお話
閑話 とある世界樹のお話。
自我の芽生えがいつだったかは覚えていない。
ただ、気がついた頃にはかなりの大きさに成長していた。
もちろん人型ではなく、木としてだ。
周りには木々が生い茂り、花が咲き乱れ、オアシスで白鳥たちが戯れている。もしも楽園というものがあるとしたら、きっとこの場のことを言うのだろう。
そんな場所に生えているにもかかわらず、私の人生――いや、木生か? それは、お世辞にもいいものとは言えなかった。
枝の上には鳥が住み着いていてうるさいし。
根っこの隙間には動物が住み着いていて騒がしいし。しかも一匹はガジガジと根っこに噛みついているし。
何で噛むんだよ? 住まわしてやっている恩を忘れたか?
どうやら噛みついているのは普通の動物ではなく、魔物と呼ばれる存在らしい。
決めた。
魔物は一匹残らず滅ぼしてやる。
だから神さま動ける身体をくださいな。
結構本気で祈ったのに、神さまは聞き届けてくれなかった。いつか殴る。
様々な不満を抱きながらも(動けないので)私が艱難辛苦に耐えていると。ヒゲ面の神さまを名乗るクソジジイが私の枝を折りやがった。
一番いい枝を。
あの真っ直ぐで美しかった枝を!
しかも痛い。
無理矢理に折られたから超痛い。
寿命が縮んだ。絶対縮んだ。千年くらい縮んだ。
決めた。
神さまも一匹残らず滅ぼしてやる。
私は今から木ではなくて復讐者だ。
しかしその前に動けるようにならなければ。
神さまにも頼れないのだから自力で頑張るしかない。
動けー。私の身体よ、動くのだー。
千年くらいやっていると、何とか枝くらいは自分で動かせるようになった。
やはり私は天才だったか。
ただしここで問題発覚。地中深く根を張りすぎて根っこが動かせないのだ。なんてこった。
いやしかし、もう千年くらい頑張れば根っこも引き抜ける。引き抜けるといいなぁ。引き抜けると信じている。
そうこうしているうちに、根っこの隙間に新しい生物が住み始めた。
人間、というらしい。
根っこを噛まないなら歓迎。好きなだけ過ごせばいいさ。
……痛っ!? 葉っぱ毟るの止めてくれない!?
蘇生効果? 体力回復? 普通の木の葉っぱにそんなものがあるわけないじゃん。いかにも苦そうだから『気つけ薬』にはなるかもだけど。
そんなテキトーな医療知識で私の美しい葉っぱを毟るとは……。
決めた。
人間も一匹残さず滅ぼしてやる。
そんな人間共だけど、私のことを“世界樹”と呼び始めた。
中々にいい名前だ。壮大な感じが私にぴったり合っている。
よし、滅ぼすのは中止してやろう。
そして。
世界樹という名前が付けられたおかげか、他にも『世界樹』がある世界に接続できるようになった。
理屈? 知らん。
ただし接続できるとはいえ移動はできないので、他の世界の知識を得られるというだけだったけど。
何はともあれ、暇つぶしには最適だ。
特に『地球』という世界は素晴らしい。サブカルチャー万歳。メイドさんとか超可愛い。
いつか地球に行きたいな~という想いを胸に私は動けるように頑張った。根っこも半分くらい抜けてきたような気がする。
そんなとき、根元の人間や動物たちが騒ぎ始めた。聞き耳を立てていると“邪神”が現れたらしい。
動物も、魔物も、人間たちも逃げ出した。誰か一人くらい私を守るために戦ってくれていいのにー。
近づいてきた邪神は、地球で言うところのオオアリクイに似ていた。
邪神は私のところまでやって来て、乱暴にも幹で爪を研ぎ始めた。猫か貴様! 爪が長いから痛いんだよ!
それまでは、まぁいい。よくないけどまぁいい。今までも散々な目に遭ってきた私だ。その心は海よりも広く空よりも高いのさ。
でも! でも! 臭さは何とかして欲しいな!
体臭はもちろんだけど息が! 口臭がヤバいんだよ! 鼻がない世界樹が窒息しかけるってどんだけ臭いの!? 歯を磨け! そしてモンダ○ンしろ!
ぎゃー。もう無理ー。
少しでもオオアリクイから離れようとジタバタした私は地面にぶっ倒れた。根っこが抜けかけていたせいか意外と簡単に。
あ、やばい。起き上がれない。
根っこのほとんどが抜けちゃったから水も栄養も吸い取れない。光合成だけで何とかなるほど世界は甘くないのだ。
何とか動けるようになればいいんだけど、それより先に枯れるなこれは。
邪神オオアリクイはそんな私を気にすることなくどこかへと歩いて行ってしまった。
おのれ邪神め。一匹残らず滅ぼして――いや、いいや。もうあの口臭には近づきたくない。二度と来るな。やんきーごーほーむ。
あーしかしどうしたものかな。
思ったより早く水分が抜けているし、周りの地面も凄い勢いで乾いていく。このままじゃカピカピになるどころか化石になるんじゃなかろうか? 世界樹の化石とか絶対に希少価値があるよね。
仕方ない。最終手段!
私は最後の力を振り絞って100個ほどの種を作った。そう! 生物としての本能! 自分がダメなら頼んだ子孫! 具体的には魔物と神さまの滅亡をよろしく!
そうして私の意識は遠のいていき――
――気がついた。
地面が近い。
目はないけど超パワーで周囲を確認。背後には私の死体(いや、死木?)が横たわっていて、葉っぱの様子からさほど時間は経っていなさそう。
地面は私が生きていた頃より明らかに乾燥しており、まるで荒野。根っこにいたはずの動物や魔物、人間たちはどこにもいない。邪神が去ったから戻ってきてもいいはずなのに。
いや、無理な話か。
周りに生い茂っていた木々は枯れ果てて、咲き乱れていた花々は影も形もない。そしてオアシスの水が枯渇しているとなれば戻ってくる理由がない。もし帰ってきても生き抜くことはできないだろう。
どうやら、私は最後の力を振り絞って生み出した『種』の一つであるようだった。
周りにも種があるはず。何とかして私は意思疎通を試みたけれど応答はなし。まだ自我が芽生えていないだけならそれでもいいけれど、落ちた場所がこの荒野だ。枯れてしまったと考えるのが自然だろうか。
カンカンに照りつける太陽。水気の一切ない地面。暖められた空気は熱風としてこの身を襲い、かといって夜になれば凍えるような寒さとなる。
こりゃ無理だ。
芽を出すのは無理。
幸いにして私自身は死木の陰に落ちたようだから直射日光は避けられるし、時々降る雨のおかげで干涸らびもしなさそう。
すぐすぐ死ぬことはないだろうけど、かつてのように枝葉を伸ばせる可能性は無に等しい。
種だから動くこともできないし、これはちょっとした拷問だろう。
それから。
どれだけの月日を過ごしたかは分からない。
何度も雪に埋もれたし、風に吹き飛ばされて直射日光の洗礼も受けた。暖かな春を迎えても周囲に草木が芽生える気配すらなく、秋の実りなど、遠い遠い昔話になってしまった。
――寂しい。
今になって実感する。
魔物に囓られていたあの日々は。人間に葉っぱを毟られていたあの日常は。辛いことも多かったけれど、それでも、とても幸せな毎日だったのだと。
――誰か。
誰もいないのに希う。
――助けて。
魔物でも。
人間でも。
神でもいい。
誰か。
助けて。
このまま死ぬのは嫌だ。
このまま生き続けるのも嫌だ。
もしもこの状況から抜け出せるなら。今より少しでも幸せな状態になれるのなら。
私は、悪魔と契約してもいい。
魔王に与してもいい。
だから。
だから。
誰か。
助けて――
――空から、水が降ってきた。
いいや、水じゃない。
とても神聖な液体。
不思議と幸福感に満たされる。
今までの恨みも、悲しみも、絶望も。すべてが洗い流されていく気がする。
あぁ、これなら。
こんなにも幸せなら。
芽を出してもいいかもしれない。
たとえすぐに枯れてしまったとしても。
私は、きっと後悔しない。
どうせ苦しい未来しかない身だ。
それならば。
最後に、もう一度だけ葉を伸ばしたい。
この幸せな気持ちのまま。
もう一度……。
そうして私は芽を出して。
再びあの神聖な水――御神酒を注がれて。
ラークと出会うことができたのだ。
次回、13日投稿予定