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屋根の下のクインテット  作者: 膵臓
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プロローグ

大学生の頃に書いていたシェアハウスの小説を連載していくことにしました。

少しずつあげていくのでよかったら読んでください。

 今朝食べたサラダとスクランブルエッグの光景がはるか昔に感じられる。


 日曜の夜、もう日付も替わった頃。


 未だ厚手のコートを着込んだ女性が、重たい足をなんとか持ち上げて玄関の扉を力なく開けた。

玄関は薄暗く、土間にはいくつかの靴が無造作に置かれている。土間を上がった先の廊下は、リビングで申し訳程度についたオレンジの灯りが、擦りガラスの扉を越えて少し伸びてきてグラデーション状になっている。ただ、女性の立つ場所まで辿り着く光は無いようで、土間は外よりも冷たく感じられた。


「ただいま…」


 返ってくる言葉が無いだろうことを分かりながらも、その常套句を口にせずにはいられない。おそらく、それは彼女自身の心に告げたのだろう。

 女性は靴を脱ぐのも半ばに、土間と廊下を区切る段差に一度腰を下ろすと、体を壁に預けて目を閉じる。

当たり前になりつつある帰宅に、既に溜息すら出ない。そのまま眠ってしまいたい気持ちと頭の中で争う声だけが、静まり返った玄関でよく響いていた。




 それから何秒か、何十秒か、何時間か…、しばらくして薄目を開けると手首の赤い跡が目に入ってしまった。


 女性は片方の手でもう片方の赤い跡をそっとさすり、もう一度目を閉じる。

 明日の朝までには消えるだろうか。

 この赤い跡が消えても、無かったことになるわけじゃない。


 …それでも、今は赤い跡が消えることだけを彼女は切に願った。


 心の中で何かを自分に言い聞かせた後、思い出したように体を起こす。濡れた目を拭って、だらしなくかかった黒いヒールをつま先から抜き玄関に綺麗に揃える。周りで遊びまわっている靴たちも、同じように綺麗に揃えた。

 廊下とリビングを静かに抜けて三階まで上がり寝室に入ると、まず一番に普段はあまり着ない元お気に入りのワンピースを皺にならないようにハンガーにかけてクローゼットにしまった。そして洗顔シートで軽く化粧を落としてからようやくベッドに崩れ落ちる。少し硬いベッドの感触も今の彼女には気にならない、むしろ心地よいものであった。


「シャワーはもう明日でいいかな…」


 呟いて、アラームを早めにセットする。もういつ眠りについてもおかしくない状態だ。だが、しばらく無言で今日を振り返った後、眠っている体を無理やり起き上がらせた。


「やっぱ無理だ。」


 心の底からそう呟いて寝室を出ると、もう一度一階へ降りて行った。

 リビングを抜けてシャワールームへ向かう際、少し長めに鼻で息を吸う。少しも残っていない今朝の残り香に彼女は寂しげな表情を浮かべ、そのままシャワールームへ消えた。











 日曜の深夜、広い家の中に、いつもより長いシャワーの音が響き続けていた。


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