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この世はとかく、生きづれぇ  作者: 霊魂ふわふわ
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1.ニートの朝は清々しさとは程遠い

 ——剣士、魔法使い、盗賊、武闘家、魔物使い、僧侶etc

 ——占い師、医術士、芸人、商人、案内人、拾い屋、武器屋etc


 この世界では戦闘において大きな役割を果たす職業と、日常生活や娯楽において大きな役割を果たす職業の二つに分類される。

 一人につき一つ、必ず適正職業があり、十歳を超えると誰でも簡単に調べることができる。

 ……しかし、一つだけ上記の二つに当てはまらない職業がある。

 例外と言えばかっこいいが、それはただ単に当てはめられない、どちらかに当てはめれば他の職業に失礼、というだけのことなのである。

 その職業は『遊び人』まさかのニート適正。

 齢十歳にして職業ニートが確定した俺は一週間部屋にこもって泣き続けた。思えばこの時からニートとしての才覚が表れていたのかもしれない。

 これは、確率で言えば1%にも満たないニート適正に恵まれ、十九才となった俺と、そんな俺に付き従う従者のある朝の光景である。




 我が家の食卓には重苦しい空気が流れていた。


「…………」


「…………」


 俺の目の前に座っているメイドの恰好をしたメルチィも息苦しく感じているのか、長く尖った耳をひくつかせている。


「……うーん」


「ルシ様、失礼します」


 メルチィが立ち上がり、身を乗り出すと——パァン!

 叩かれた。


「あぁ! どうかこの愚かな私奴の無礼をお許し下さい。悪気があったわけではないのです」


「なんかここまで急にぶたれると言い分が気になるな。言ってみろ」


「はい。ルシ様がフォークを片手に大層眠そうにしてらしたので、どうにかお目覚めになってもらおうと」


「叩く必要あった?」


 しばらくの沈黙を経て、椅子に座り直したメルチィは答えた。


「お言葉ですが、ルシ様。世の中には必要ないものなどないのです。それがたとえゴキブリだとしても——」


 ダンッ、と音がした。

 テーブルの下を覗くと、かつてGだったものがメルチィの足元を中心に飛び散っていた。


「この古ぼけた我が家然り——」


 と、メルチィの蹴りが強すぎたせいか、バキィッという音とともに床が抜ける。


「ルシ様が座っているその椅子ももちろん——」


 連鎖反応なのか、俺の椅子の右足二本が支えにしていた床も同時に消失。

 右に傾き変に体重のかかった椅子は悲鳴を上げて木片と化した。


「それらと同等に目覚ましビンタも必要なのでございます」


「矛盾だらけだぞおい」


「ルシ様、床で横になってないで早く朝食を摂りましょう」


 メルチィの屁理屈を一蹴すると、それをさらに一蹴してきたメルチィは主を待つつもりはないらしく手を組んで祈りを捧げ始めた。

 メルチィが食事前にするエルフ特有の儀式だ。大地の恵みに感謝するという意が込められているらしいが、ただの人間の俺には関係ないことだ。

 ……そんなことより!


「なあメルチィ」


 祈りが終わるタイミングを見計らって俺はメルチィに話しかけた。


「はい何でしょうか」


「なんで朝ご飯がニラの束なんだ?」


 そう、これだ。朝から重苦しい原因は。

 ニラってお前……家畜ですらまだましなもん口にしてるぞ。


「ルシ様、これはニラではありません」


「え、あそうなの?」


「雑草です」


「下回ってきやがった!」


 上を期待した俺がバカだった。

 この見た目でニラの上があるわけないのに。


「庭から採取してきました。産地直送です」


 やかましい。


「さあルシ様、大地の恵み100%の草を食べましょう」


 こいついいように捉えるなぁ。

 というか食えるのか、これ。

 前を見ると、メルチィはナイフとフォークを器用に使って次々と口の中へと雑草を運んでいた。

 左手のフォークで刺して、右手のナイフで切る。それを口にして「ほぅ……」といちいち恍惚とした表情を浮かべるメルチィを見ていると、なぜか唾液が止まらなくなる。

 なかば草食動物同然のエルフと雑食動物の俺は味覚が違う。だから俺がこの雑草を食べても美味しいと思えるわけがない。

 だというのに。


「なんですかこの高級料理店に出てきてもなんらおかしくない美味な草は! 素晴らしいですね。こんなに美味しいものが庭でいつでも採れるなんて、私は人生の勝ち組です」


 なんだこの過大評価は。

 雑草で人生の勝ちを宣言できるほどエルフの人生は安いのか?

 それとも本当にこの雑草にそれだけの価値があるというのだろうか。


「あれ? 食べないのですか? でしたら私が——」


「ふぅざけるな! これは俺の朝ご飯だ!」


「そうですか……」


 肩を落とすメルチィを尻目に、俺は切り取った雑草を恐る恐る口に入れる。

 うん不味い。

 そう不味いのだ。一言で表すなら土の味。さすが大地の恵み100%を大言するだけはある。大地そのものだった。


「ルシ様」


 顔を青くさせる俺の傍にコトリと水を入れたコップを置くメルチィ。

 珍しく気の利くメイドだ。

 が、その水にパラパラと白い粉を入れ始めたメルチィ。

 そしてスッと、俺の方へ寄せ、


「ドレッシングでございます」


「塩水じゃねぇか」


 ひもじいぜ。


 ~十分後~


「金を稼ごう。とにかくたくさん稼ぐんだ」


 じゃないと、朝昼晩草ということになりかねない。


「と言ってもルシ様。ルシ様はクソの役にも立たない掃き溜め職『遊び人』でございます。今以上の働き口はあるのですか?」


「口悪すぎないか? ……確かに『遊び人』の俺はどこに行っても門前払いだ。なら今ある働き口の仕事量を三倍、四倍にするしかない」


 ドレッシングを飲み干した俺は、草をもしゃもしゃ食べるメルチィに若干の苛立ちを覚えながら言った。


「ルシ様、ただでさえ十二時間労働をなされている身、このままでは体調が壊れてしまいます。どうかご自重を」


「何俺の身を案じていいメイドアピールしてんだよ。お前だよ。三倍、四倍働かなきゃいけないのは」


「……何故でございましょう?」


「知ってんだぞ。お前が気に入らない客の飲み物の中に下剤入れてることも、気に入らない客の足を通り過ぎざまに踏んでいることも、気に入らない客の頭の上にシラミに見立てて塩をふりかけていることも。言っててなんだが、お前マジでなんなんだ」

 よくクビにされないな。

 まあクビにされない理由は目に見えてるんだが。

 こんなことこいつには口が裂けても言いたくないが、メルチィは見てくれだけはいいのだ。

 エルフという種族上当たり前なのかもしれないが……。

 エメラルド色の短髪、サファイアの瞳、大きすぎず小さすぎの胸、細いくびれ、でかい尻、長い肢体。

 ……褒めたくなさ過ぎて最後適当になったが、仕方ない。俺はこいつを色眼鏡でみることは出来ないんだ。

 誰もが頬を緩ませてしまうメルチィの微笑みも、俺からしたらただの厚化粧と同じで、鳥肌しか立たないし、夢や希望が詰まってそうなその胸だって、俺は草しか詰まってないと思っている。


「お前のそういうとこが店長に見られていて、給料に響いている可能性は十分にあると思うんだが?」


「その点の心配はご無用です。私の犯行は完璧です」


 俺にバレてる時点で完璧じゃないだろ。ルックスのおかげで許されてるだけだからな?


「私よりもルシ様、ルシ様の方が気を付けなくてはならないのでは?」


「……何?」


「知っていますよ。食器洗いの時、割れてしまったお皿を裏口近くの地中に隠していること

 も、店長のハゲ頭を見て笑いを堪え——」


「これはお互いの秘密ってことで!」


 水掛け論ほど無駄な争いはないもんな!

 ……よし、じゃあ——


「バイトに行くか」


「はい、ルシ様」

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