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 あいでー

作者: 藤村綾

 マキノさんがLINE友達一覧から姿を消した。

〈メンバーがいません〉

 とゆう意味不明なあれだ。

 あたしはスマホをまるで使いこなせないたちなので、LINEもなんとうなくノリでしてみた程度だけれど電話帳にいる人々も少数なためLINE友達などほとんどいない。

 電話番号で自動的にLINEに登録されるみたいなのもよくわからない。調べたらいいのでは。そう思うも、パソコンも持っていないし、スマホにも不慣れだし、なんといっても難題はめんどくさい。

〈メンバーがいません〉

 なんとも間抜けな羅列に一笑をついた。

 マキノさんの電話番号も知らないのになぜLINEにいたのだろう。メンバーがいませんならば、電話帳の中にいるだろうと思って調べたけれど(と、いっても電話帳の中にもあまり人はいない)マキノさんはいなかった。


「らいんあいでぃーおしえて」

 以前、マキノさんにいわれ

 らいんあいでーってなあに、そう聞き返すも

 あたしはよくわからないわ。と、ゆうふうに首をよこにふった。

「貸してみ」

 そう切り出しあたしのスマホを取り上げて勝手にLINEに登録をしたのだ。

「これでつながったから」

「うん」

 電話番号もメアドもそういえば知らないかも。とゆう疑問をかかえながらもLINEでつながったなら、まあいいや。あたしは早速、クマがピースをしているスタンプを送った。『シュポ』とゆうあほくさい音が耳触りだった。


 マキノさんは結婚をしている。おおきなお子さんとちいさなお子さんがそれぞれの奥さんにいる。2度結婚をしていて、今の奥さんとの間のお子さんはまだ2歳だけれど、一番最初の奥さんとの間のお子さんは20歳だと教えてくれた。

「嫁とはね、うまくいってないんだよ」

 あるいは

「最近顔を見るのも嫌でね」

 などと奥さんにまつわる愚痴をあたしに吹聴をする。けれど、そのような家庭でのことなどあたしには関係はない。あっているときだけはあたしにとってマキノさんは男だしあたしは女だ。

 そうゆうことをしたいので奥さんの愚痴をこぼすのかとかんぐったこともあるが、仲が悪いのはどうやら本当のようだ。

 普通に夜にあって脱いだシャツを反対に着て帰ったり、靴下を脱いで帰ったり、あげくシャンプーをして帰ってゆくことも多々ある。

 奥さんにばれちゃうよ。あたしの方が気にして問うもマキノさんはちっとも物怖じしない。

 奥さんとゆう立場になったことのないあたしだけれど、奥さんとゆう立場には決してなりたくないとつくづく思う。

 パンツを洗い干してたたむ。その奥さんが洗濯をしたパンツを履いて他の女に会いあたしは脱がす。

 あー、いやだ。いやだ。

 あたしは本当に途方にくれる。


 仕事がやっと終わり車に乗ろうとしたとき、運転席の椅子の上にふたつに折りたたんだ紙がちょこんと置いてあった。あれ? あたしは一瞬身を強張らせた。

 いつも車の鍵をかけないあたしだ。おそるおそる紙を手にとって紙を開いた。

【牧野です。LINEID が消えてしまったのでIDを書いておきます。検索とゆうところに番号をいれてください ◯◯◯◯◯1975】

 マキノさんからの思いがげない手紙だった。

 あたしの住まいを知っているのに、それならうちに来たらいいのに。

 真っ先にそう思ったけれど、なにしろまずなぜその前に電話番号を書いてないのだろう。とゆう疑問を持った。電話番号を登録すれば自動的に友達になるのに。

「はぁ」

 手紙の字は無駄に達筆だったし、マキノさんの吸っているタバコの煙の匂いがした。

 うーむ。

 さしてむつかしいことではない。ただあいでーを入れるだけだ。

 けれど、ちょっとだけ悩んだ末その日にはあいでーをいれないでいた。すぐにあいでーをいれてLINEがつながることをあたしが望んでいると勘違いされては困る。

 困る。どうして。

 あたしは自分の気持ちがよくわからなかった。別にいやらしいことをするだけの相手だし、深く考えないでもいいはずなのに。けれど、身体だけは素直で心とは裏腹に指先だけはあいでーを打ち込もうとしている。

 身体だけがマキノさんを呼んでいる。

 心ではない。嘘のぬくもりなどいらないし、ごめんだ。


 あいでーは次の日の昼休みに打ち込んだ。マキノさんも昼休みだったらしくすぐにつながって

《スマホを変えてLINEが消えたから。よかった》

 既読

《そっか》

 既読

《今夜行ってもいい? ダメなら明日にでも》

 既読

《うん》


 時計を見たら13時を回っていた。その後一向に既読にならず、けれどなにか言葉を送ろうとしても思い浮かばずに、またおなじような夕方を迎えた。

 おそろしいほど橙色した夕焼けの空にカラスの大群が群れをなしている。カー・カー。

 スマホはあのまままだ既読にならず、あたしは自販機で冷たいペットボトルのアイスミルクティーを買った。

 その場にしゃがんでミルクティーを口に含む。甘い優雅な香りが鼻を抜け、冷たい液体が喉を通って胃に溜まるのがわかる。

 残暑の夕方の風は心地がいい。生ぬるいお湯に浸かっているみたいに。

「よいしょ」

 立ち上がって車の停まっている駐車場にゆく。

 あたしの車の前に細長く伸びた影が見えた。

「マキノさん?」

 ふわんと白い煙りが天に立ちのぼっている。

「あのね、今日は車の鍵ね、締めたから」

 マキノさんは少しだけ笑ってあたしの頭を撫ぜた。

「でね、そんでね、」

 やっぱり顔を見れたのがあまりにも嬉しくて既読にならないLINEのことなどすっかりと忘れていた。



 

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