竹取物語 if.ver
今となっては昔のこと。
あるところに、一人の翁が住んでいた。
翁は取った竹で様々な道具を作って嫗を養っていた。
ある日、いつものように竹を取りに行くと、その内の一本に不思議な竹を見つけた。
根本が黄金に輝いているのだ。
翁は不審に思い、警戒しつつもその竹に近づいた。
竹は、光っていることを除けば、普通の竹となんら変わりない。
翁はしばらくじっと見つめていたが、思い切って竹に触れた。
竹はほんのり温かい。
中に何か入っているようだった。
翁は、光っている少し上を切った。
それと同時に光は消える。
特に何も起こらない。
翁は、恐る恐る竹筒を覗き込んだ。
そして目を見張った。
竹の中にはなんと、小さな小さな女の子がいたのだ。
女の子はちょこんと竹の中で座っている。
女の子はとてもかわいらしく、連れ帰れば嫗が喜ぶだろうと思った。
そこで翁は節の下を切り、女の子を竹ごと連れ帰った。
家に帰り見せると、嫗はとても喜んだ。
二人の間に子がいないことを嫗は嘆いていたので、その子を娘にしようと言った。
そしてこの子は、「かぐや」と名づけられた。
二人の家は貧しく、ようやく二人が飢えをしのぐことしか出来なかった。
ところが、不思議なことにかぐやを引き取った次の日から、金の詰まった竹を見つけるようになった。
そのおかげで、幼いかぐやに貧しい思いをさせることなく、やがて二人はここらでも有数の富豪となった。
かぐやは、二人の愛情ですくすくと育ち、ほんの三ヶ月ばかりで成人になった。
髪は夜のように黒く、肌は月のように白い。
その美しさは国中の誰とも比べようがなかった。
誰もが、この絶世の美人を見たい、結婚したいと思った。
多くの貴族が家におしかけてきて、かぐやに求婚したがった。
当のかぐやは、そんなことお構い無しに野山を元気に駆け回っていた。
おかげで誰もかぐやに会えず、不満たらたらである。
そのうち貴族たちは、脅迫まがいの手段で求婚してきた。
自由を望むかぐやとしては、無用な争いはしたくない。
そこでかぐやは一計を案じ、結婚に次の条件を付けた。
「次のもの全てを手に入れて持って来た者と結婚する。
その品は、仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の皮衣、龍の首の珠、燕の産んだ子安貝の五つである。」
全て伝説の品で、手に入れるもの不可能に近かった。
しかし、富める者で諦める者は少なかった。
それから一ヵ月後、かぐや宛に手紙が届いた。
差出人は、なんと帝である。
広く知られた難題が、帝の気を惹いたらしかった。
帝はあえて求婚せず、単なる話し相手として文通を希望した。
かぐやも、求婚しないならと、文通を了承した。
その点帝は巧みである。
初め事務的な内容だったのが、段々に距離を縮めて、かぐやの気を引いた。
かぐやは知らず知らずの内に心惹かれた。
それから三年経った。
かぐやは時が止まったように何も変わらなかった。
翁が引き取った三ヵ月後から、かぐやの成長は止まっていたのだ。
またこの頃から、かぐやは月を見つめることが多くなった。
その表情は、いつも笑顔の彼女らしくない、何かじっと考えるようだった。
翁も気にして、それとなく尋ねてみるが、「今はまだ言えない」と教えてくれない。
翁はどうにも心配で、ことあるごとに嫗に相談するが、「いつか話してくれますよ」と、さして気にしてない。
それでも心配でしつこく問うが、「もう少し待ってほしい」を言われるだけだった。
さて、そんな秋の中頃、満月に近づきかけた月を見て、かぐやは帝に一通の手紙を認めた。
そしてそれを使いの者に届けさせ、かぐやは翁と嫗にこう伝えた。
「私は地上の者ではありません。
月に生まれたものです。
ずっと昔に、咎人として地上に落とされました。
次の満月に、この咎は全て流れ、月から迎えが来ます。
月に帰れば、二度と会うことは出来ないでしょう。」
二人は驚いて、どうしても帰らねばならないのか訊いた。
「断ることは出来ません。
月の人は、私を強引にでも連れ帰るでしょう。
それが掟なのです。」
翁は帝に頼んでかぐやを守ってもらうと言った。
「それは無理です。
地上の武器は、月の人にはほとんど意味を成しません。
武器を持つ多くの心は弱く、すぐに心を奪われてしまいます。
・・・・ですが、私は帰るつもりは毛頭在りません。
まだずっと、地上にいたいと思います。」
嫗が問うた。
できるのか、と。
かぐやは自信満々に、「できる」と答えた。
心配性な翁は、帝に使いをやってかぐやを守るように頼んだ。
帝はすぐに自分の部下から意志の強いものを選び抜き、かぐやを守るように命じた。
もう一つ、帝はかぐやの世話をするためとして女官を一人付けた。
翁は兵と共に家の外で迎えが来るのを待っていた。
そして真夜中ごろ、家の付近が昼間のように明るくなった。
空から大勢の人が降りてきて、地上の人々を見下ろすように宙に浮かび止った。
それを見た途端に、帝の部下は力が抜けたようにぼうっとしてしまった。
宙の一人が、宣言するように言った。
「今このときまでに、姫の咎は全て流れ消えた。
このような穢れた場に、いつまでもいさせるわけにはいかない。」
そして、翁を見て言う。
「幼き者、お前には姫が世話になったので、多くの黄金を与えた。
お前の仕事はこれで終わったのだ。
さあ、姫を出せ。」
翁は、すぐには返事をしなかった。
少しの間悩んで覚悟を決め、「できない」と言った。
「なぜだ。
なぜできぬ。
姫はそこにいるはずだ。」
翁は答えた。
「かぐやは、行くことを望みません。
この地に残ることを望んでおります。」
「ならぬ。
これは掟だ。
それに、姫に穢れを与えるわけにはいかん。
姫はどこにいる。」
すると家中の戸が全て勝手に開き、家の中が露になった。
しかし、かぐやの姿はない。
嫗と帝から使わされた女官だけである。
「なぜ、姫がここにいない。
確かにここにいるはずだ。」
嫗が手紙を持って進み出た。
「かぐやからの手紙です。」
月の人はひどく動揺したのか、思わず手紙を受け取り自分で読んだ。
手紙には、月に帰るつもりはないということと、自分が月にいた頃の周りへの悪口が書かれていた。
大半が不平不満である。
「・・・・・なんだ、これは。
姫はどこにいる!!」
「わかりません。」
嫗は答えた。
本当にわからなかった。
細工を終えてすぐに、かぐやはどこかへ行ってしまったのだ。
なお、このことは翁も知らされていなかった。
「しかし、姫の気配はここにあるぞ。
紛うことなき、月の香りだ。」
すると、今度は女官が進み出た。
そして、頭、腕、腹、足に巻きつけたかぐやの髪を見せた。
月の人はハッとする。
欺かれたのだ。
姫はもう、ここにはいない。
すぐに部下に命じた。
「姫を探せ!!
なんとしてでも連れ帰れ!!」
しかし、夜は短い。
月が沈めば、彼らは地上に降りざるをえなくなる。
それは、彼らが穢れを受けるということだ。
彼らにとってそれは何よりも屈辱だ。
何をおいても避けるべきことである。
月の人は手分けして、月が沈む寸前までかぐやを探した。
しかしかぐやは見つからない。
かぐやが持つはずの月の香りも、どこからもしなかった。
何度か、かぐやの髪が結ばれた動物や木に騙されたくらいだ。
それもそのはずで、かぐやは獣の血を全身に浴びて香りを消していた。
血は洗い流せても、穢れは消えない。
月の人が穢れ無き者を追っている以上、偶然以外でかぐやが見つかる心配はなかった。
結局かぐやは見つからず、月の人は十人ほど残して月に帰った。
穢れを覚悟の上で、地上に残った者たちだ。
彼らは何年も、何百年もかけてかぐやを探した。
しかしいつまであっても見つからず、やがて穢れによって身を滅ぼした。
一方のかぐやはというと、何年も、何百年もかけて世界を旅し見聞を広げ、地上の生活を謳歌した。
そして、決して月に帰ることなく、地上の人としてその幕を閉じた。