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九話

 荷馬車のなかで赤ずきんが静かに眠る。

 野山を駆け回って疲れたのだろう。子犬のように体を丸め込んでいる。毛布を被せてやると、小さく身じろぎした。

 王族所有の馬車はさすがに作りがしっかりしているが、これは荷馬車であり、人間用につくられていない。そこに贈物と一緒に放り込まれるとは、尊重されているのかいないのか分からない。守役としては適任かもしれないが、あくまで私は魔女である。こういう采配をする辺り、いかにもあの王らしい。要するに、ふざけている。

 スペースをほとんど取っている贈物の山が、振動している。赤ずきんも同様に振動しているのだが、気にならないのだろう。

 

 


 すり鉢でごりごり木の根をすりつぶしていたが、赤ずきんを見ていたらなんだか眠くなってきた。


「…もう少しで国境か」


 小窓から外を覗く。

 進行方向に巨大な川が流れているのが見えた。

 流れのたおやかな、美しい川だ。

 あれが二つの国を隔てている。

 あの川を越えたらアッシェン王国だ。


「師匠、ついたの?」


 寝ぼけ眼をこすりながら、赤ずきんが体を起こした。


「まだだよ。これから国境越えだ」

「なんだあ」


 一緒に外を覗く。


「あ、さっきの騎士のにいちゃんだ」


 目線の先には、数頭の騎馬にまたがっている騎士がいるが、どれがアーノルドなのかは分からない。同じような騎士帽をかぶっているせいだ。


「あの人、きっと強いよ」


 唸るようにして、赤ずきんが呟く。


「そうなの?」


 ついに、荷馬車が川を越えた。

 検問で一旦停車したのち、また車体が動き出す。

 アッシェン王国に乗り込んだのだ。


「それに、なにか隠してる」

「そりゃ誰にだって、隠し事の一つや二つあるだろうさ」

「それに…気に食わない」

「ええ?」


 赤ずきんが、誰かに対して「気に食わない」とは珍しい。

 しかし、それきり、赤ずきんはむっつり黙り込んでしまった。

 無意識にだろう。唇の先が尖っている。

 次に言葉を発したのは、黒い木々がそびえ立つ、漆黒の森の内部に馬車が進んだ時だった。


「ねえ、師匠。おかしな音が聞こえる」

「音?」

「それに、何か揺れてる」

「馬車ではなくて?」


 内部の振動しか私は感じない。


「これは…ううん、なにかが近づいてきているんだ」


 赤ずきんの直感は信じた方が良い。


「一旦ここから出よう」

「うん」


 後ろの扉を開いて、荷馬車の屋根にホウキを片手によじ昇る。続けて赤ずきんが器用に飛び移った。背に弓矢を背負っている。


「なにをやってるんですか!」


 御者がぎょっとしたような声を上げた。


「なにかが起きるかもしれない」


 屋根の上で四つん這いで踏ん張りながら答える。


「師匠、あれ!」


 仁王立ちで辺りを見回していた赤ずきんが声をあげ、進行方向の右側を指差す。


「い、イノシシの群れ…魔獣?」


 普通のイノシシの二倍も三倍もある巨体の群れが、辺りの真っ黒い木々を押し倒しながら、丘陵を下に、つまりこちらに、向かってきていた。

 優に二十は超す大群だ。

 稀に魔力を暴発させる動物はいるが、この規模は珍しい。


「な、なんだ、ありゃあ。あんなんがいるだなんて聞いてねえぞ!」


 御者がすっとんきょうな声を上げる。


「ど、どうすれば」


 騎士たちも気がついたのか、周囲にどよめきが上がる。


「速度を上げろ!」


 誰かのかけ声で、馬車の速度が上がる。

 車体の揺れもおおきくなった。

 屋根の上にいるせいで、風に体を持っていかれそうだ。


「荷物を捨てて馬で逃げた方がいい!」


 御者に叫ぶが。


「そんなことをするぐらいなら、王命に従って死んだ方がマシだ!」


 つれない返答。

 王国の忠実な僕はこれだからイヤだ。

 その間にもイノシシたちは土煙をあげて、こちらに向かっている。

 …このまま逃げ切れるだろうか。

 群れは下ってきているせいか、えらく速い。

 その点、こちらは一本道とはいえ平坦な上、荷を積んでいる。

 十中八九、無理だろう。

 考えてみよう。

 そもそも、私が受けた依頼の内容は紅玉とやらを探すことだ。

 この一行に黙ってついていくことじゃない。

 結果として、命を落とすことでもない。

 第一、依頼と命だったら、命を優先する。

 よし。


「逃げよう」


 別ルートで行こう。

 ホウキに股がる。

 魔力での上昇。

 みるみる馬車が小さくなっていく。

 ところが、ガクンと急に動きが鈍くなった。

 後ろをふりかえると、赤ずきんが片手でホウキにぶるさがっている。


「なに、してるの?」

「ししょーだけ逃げようなんてずるいよ」


 満面の笑みを浮かべている。

 私も同じような笑みを浮かべた。


「うひひ…、いやあ空中で待機しようと思ったんだ。…重い! 重いよ! 重量オーバーだよ!」


 ホウキが重さに堪え兼ねて撓んでいる。折れそうだ。

 私の魔力も耐えきれずに、ゆっくりと下降をはじめた。


「いやあああ。このままじゃ突進にまきこまれる」

「今日はおいしい猪肉が食べられるね、師匠」

「聞きなよ、話を!」


 ついに、最後尾の馬車の屋根に着地してしまった。

 群れはもうすぐそこまで迫っている。

 これじゃあわざわざ群れの中に突っ込んで行ったようなものだ。

 避けきれない。

 必死にへばりついて、衝撃にそなえた。

 直後に、馬車を横転させかねないような一撃が加えられる。

 衝撃が直に伝わり、体が跳ね上がる。


「うわっ」


 やっとの思いで、バランスを取り直す。

 ぶつかったイノシシは、余計な障害が腹立たしいのか、なんども突進を繰り返し始めた。

 他のイノシシもそれに煽りを受けて、同じように車体に攻撃を加える。たかだか数頭だが、私がふり落ちるより先に馬車が壊れる方が先かもしれない。

 異常に膨れ上がった魔力が、ケモノたちの精神を異様に高揚させている。見たことないほど攻撃的だ。

 奇妙だ。攻撃的すぎる。人間のヒステリーさながらだ。

 だけど、それどころじゃない。

 落ちたら、死ぬ!

 ここにいてさえ、この巨大な獣たちのなま臭そうな鼻息が聞こえる。

 たぶん、気のせいじゃない。


「ひいいい」

「師匠、そこで待っててね」


 それなら空にいても同じである。

 なんて言う間もなく、赤ずきんは、颯爽と下に降りていった。

 俊敏な獣のように、猪たちの突きをするりするりと交わして、狙いを定めた標的相手に小刀で命を削り取っていく。自分の何倍もの体格の獣を小刀で殺そうとして、実際にやれるのは赤ずきんくらいなものだろう。

 滑らかな動きは、まるで演舞だ。


「お、俺たちも」


 自分たちでも対処出来ると思ったのだろう。

 その様子を見た騎士たちも抜刀して後につづく。後ろから他の者が弓矢で援護する。

 その隙に、流れに飲まれた馬車が同士が固まる。

 しかし対人専門の騎士たちには分が悪いのだろう。そうでなくても、囲まれているせいで空間が限られている。動きがとりづらいのだ。

 突進出来る巨体の方が明らかに有利なのだろう。

 赤ずきんのようにうまく避けられるはずもなく、間もなく地獄絵図のような様相を呈してきた。

 このままでは、人間側が力つきる。

 明らかに人手がたりない。


「このままじゃやられる…!」


 焦りのこもった叫びが聞こえた。


「…ええい、乗りかかった舟か」


 ローブのポケットをまさぐると、赤ずきんが摘んできたヒカルソウの花弁を袋に集めたものがでてきた。


「これでいいや」


 可能な限りわしづかみをすると、それを両手で屋根に押し付ける。

 そのまま魔力を地面に向けて流し込んだ。

 魔力と地とが一体となり、流れができる。

 その膨大な力のままに、花弁が宙に舞い上がった。

 赤ずきんがまっさきにそれに気がついた。

 彼が声を張り上げる。


「目をつむって!」


 舞い上がる花弁のひとつひとつに力を込める。

 それぞれが閃光のように、強烈な光を放つ。

 辺り一面、真っ白になった。 

 瞼を閉じていても光が白い色となって網膜に映る。


「うわあ」


 獣の咆哮に混じって、悲鳴も聞こえる。

 誰かがうっかり目をつむりそこねたのだろう。

 お気の毒に。でも、死ぬよりマシだ。

 やがて光が収束し、視界がクリアになる。


「…すごい! 倒したぞ!」


 周辺で気絶する獣に歓声があがる。あぶないだろうが、と怒声も聞こえるが、知ったことか。

 いくにんかの騎士は光で気絶してしまったらしい。

 お詫びに後で目薬を差し入れしよう。

 ああ、普段使わない筋肉を使ったせいで体中がいたい。

 


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