七話
「家から出たくない」
ベッドでふとんを被って、しくしく泣いている私を尻目に、赤ずきんはなにやら楽しそうだ。
「なんで? ししょー、旅行好きじゃない」
「仕事で行くのは旅行じゃなくて、出張っていうんだよ」
「うわあ。楽しみだなあ! 俺、この国出たことないんだ」
話をきいていない。
そして、やはり付いてくるつもりなのか。都合がいいけど。危険じゃないだろうか。
しかも他国の城にあるとか。スパイの仕事じゃないか。
ほんとにブツがあったらどうするつもりなんだ。
こっそり盗めばいいのか。
盗むのか。
ちくしょう、あの野郎。いつもこんな依頼ばかりしやがって。
「ねえ、赤ずきん−」
ちらりと、ふとんの隙間から目だけ出す。
「ねえ、師匠! まさか置いていくなんて言わないよね」
先手を打たれた。
「…うん」
「よかったあ! おばあちゃんへのお土産はなにがいいかなあ」
流されやすすぎやしないか、私。
それでも、まあ、赤ずきんが楽しそうだからいいかと思う。
「ししょー、アッシェン王国ってどんな所なの?」
本棚から折りたたみの地図をめざとく引っぱり出すと、木椅子にすわり、それをベッドに広げる。
「知らない」
「またまたー。行ったことあるんでしょ?」
「あるけど、知らない」
「おしえてよー」
思い切り揺すられて、ベッドが軋む。
その動きに酔いそうになって降参した私は、かいつまんで赤ずきんに説明することにした。
ブランシュ王国にとって、隣国のアッシェン王国は切っても切れない腐れ縁みたいなものだ。
隣にあるという関係上、両国は常に競い合う運命にあった。その昔は同じ国だった両者は、二つに分かれた時から、小さないさかいや、争いを繰り返し、領土を奪い、奪われ、やがて現在の形に落ち着いた。今では表向き、お互いに「友好国」として共存を誓い、国境を通過するには小さな検問所での検問だけで済む。
国力が豊かで、農業に強いブランシュ王国に比べ、アッシェン王国は割合痩せた大地に国土を支配されている。ブランシュ王国自体がかなり豊かであるので、アッシェン国も他国と比べたら豊かな方ではあるとは言えるのだが。
その僅かに劣っている部分をアッシェン王国は機械の技術力によってカバーしてきた。最新の技術をつめこんだ蒸気機関車はアッシェン国が発明し、改良を重ねたものである。それだけではなく、時計などの精密機械や、魔力を使って発動する道具なんかも作っているらしい。職業ゆえか、職人気質の人間が多いともっぱらの評判だそうだ。
同時に、教育の質が高いことでも知られ、機械学を学びに世界中から学生があつまってくるらしい。
ちなみにブランシュ王国は芸術と魔法の国として知られている。そのせいで同じ学生でも、集う人間の質は結構違う。なんというか、こちらはより軟派なのである。
隣同士なのに、ふしぎである。
アッシェン国の王子、エーリッヒは幼いころブランシュ王国に身を寄せていたこともあり、私も彼を知っている。
赤ずきんは、へえへえ、だとか、ほおほお、だとか目をきらきらさせながら聞き終えると、ふと、いたずらっぽく私をのぞきこんだ。
「ねえ、師匠。師匠のことは、俺がちゃんと守るからね」
にか、と笑うその姿がかわいくて、髪の毛をくしゃくしゃと撫でた。
「出発前に、日持ちのしない食品を整理していかなくちゃ、ね」
*
次の日、朝から赤ずきんはうちにやってきた。近所に住んでいるし、それは構わないのだけれど。そうとう楽しみだったらしい。赤ずきんはこういう所が子供らしい。かわいい。
王都からアッシェン王国の道の途中に、私たちの住んでいる街があり、そこで徴収される予定である。ここに来るまでの道中に、予定をくるわせるほどの障害などそうそうないはずなのだが。
「来ないねえ、ししょー」
居間の食卓に座りながら、そわそわと待ちくたびれた赤ずきんが言う。
その手は、ひざの上におかれた革袋のしわをひとつひとつ伸ばしている。
ちなみに私の荷物はお手製のホウキに、ずた袋でくくりつけてある。荷物が少ないのは楽なことだ。
淹れたハーブティを飲みながら、私のなかでは期待感が高まってきた。
「うひひ…これは、もしや…今回の計画が中止になったということなのでは!」
時間通りに来なかったからのだから知らない、と放り出したい。
いや、契約を結んでしまったのだから、待っていた方がいいだろう。分かってはいる。
しょうがないから、本当に来ないという可能性に一縷の望みをかけよう。
「もう、ししょーってば。そんなに行きたくないなら、なんで受けたのさ」
「それは、まあ。いろいろと都合があるのよ。報酬とか、金銭とかね」
「お金じゃん!」
「お金は大切だよ。…それよりもこの時間のかかりようは本当になくなったんじゃ…」
「ふふ、残念! 違うと思うよ。音が聞こえる。タイヤが回る音」
がっかりだ。
赤ずきんの五感は優れている。
優れているというより、人間離れしている。
どうやら馬車がやってくる音を聞きつけたらしい。
おそるおそるドアを開け、その隙間から外を覗く。遠くから立派な二頭立ての馬車が三台、いや四台、立て続けにこちらにやってくるのが見えた。騎馬も相当数いるようだ。
「今からお腹、痛くならないかな…」
なんだか本当にお腹がいたいような気がして来た。




