六話
深紅の唇がカップから離される。
ゆったりとカップをソーサーに置くと、王妃は告げた。
「王さまの大切なモノが無くなってしまったの」
柔らかそうな黒髪をかきあげる。
とてもサマになっている。
しかし、大切という割にあまり深刻そうではない。
「それを探して欲しいの」
「それは?」
同じように紅茶に口を付ける。
私の場合は、白雪のように優雅には行かず、がちゃんとはしたない音を立てた。暴君の前でやったなら、首を跳ねられたかもしれない。
「紅玉だ」
男の声が割り込んだ。
つづいて声の主が通路から現れる。
美しいとも言えず、かといって平凡なワケでもない、評価に困るこの微妙な容姿の青年は、しかし、それを補ってあまりある鋭さを身にまとっている。目つきや、しゃんとした姿勢 、後ろに流した亜麻色の髪は、優しげな印象を与えるくせに、隙がない。
白雪王妃の夫で、この国の王だ。
「まあ、王さま」
王妃の声が跳ね上がった。
「会えてうれしいわあ」
言葉が旋律に乗る。
「僕もさあ」
王の方も合わせて歌い出す。
まさか私も一緒に歌うワケにもいかず、黙って目の前で茶番が繰り広げられるのを眺めるが。身の置き場がない。妙に手がそわそわして、意味もなく茶をすすった。
一通り、再会を分かち合って気が済んだのか、王妃をイスに座らせ、自分はそこから離れたくないというように、背もたれに腕を回す。その全身で、王妃が自分のものだと示している。
「ああ、魔女。久しぶりだね」
ようやく王がこちらを向いた。
「お久しゅうございます」
立ち上がって礼をする。
態度が完全に、他人に対するソレにシフトしている。
「なくなったのは、紅玉だよ」
その「紅玉」が大事だというのは分かる。
なぜそれの説明をしないのだろう。
どうしてそれを知っていると思っているのだろうか。
紅玉なんて言われても、普通、単語だけでは伝わらない。
ほほ笑みを浮かべる王に、あくまで恭しくほほ笑みを返す。
顔の表面を変えまいとするが、背筋につっと冷たい汗がつたう。
「君を探し出す係に任命しよう」
「……なぜ私なのです」
「理由が必要かい?」
「…ええ。人間とは、理由を探す生き物ではないでしょうか」
「なぜなら、これは王命だからだよ」
それは理由ではない。
「見つからなかった場合、僕は君を罰さなければならない」
王族らしい笑みを浮かべる。
上品で、とってつけたような。
しかし、罰とはなんだろう?
失敗したら逃亡すればいいのだろうか。
「地の果てまででも追いかけるからね」
思考を読まれた。
「国庫から、この国の国宝の一つである紅玉が消えた。時期については分からない。しばらくほったらかしにしていたからな。しかし、放っておいたからといって、そう簡単に入れる場所にあったわけでもない。おかしいだろう?」
国宝。
ああ、いやだ。
「どのような形をしているものでしょうか?」
「紅い色をしたただの宝石だよ。石自体はそれほど質のいいものでもないようだ」
「なぜそれが国宝なのです?」
「その持ち主に奇跡をもたらすと言い伝えられていた。紅林檎と父上は呼んでいたよ。分かるね? 思い出の品なんだよ」
両手の指で円を作り、大きさを示してみせる。
確かに林檎ほどの大きさだ。
そんなもの見つかるか。
だいたい、他の石に紛れてしまえば、見分けなどつかないではないか。似たような石などごろごろしている。ましてや、石自体の質が高くないのなら。
大切なら失くさないように、しまっておけばいいのに。
「城中の魔術師たちを総動員してみては? 城中を掃き清めてみたら見つかるかもしれません。個人に任せるよりは効率がいい」
「いや、城にはない。出て行ったことは掴めているんだ」
「……」
「いいかい。そもそも紅玉は歴史的に価値のあるものなんだ。大切なのは本当に奇跡を起こすかどうかじゃない。そう言い伝えられているという事実なんだ」
危険な香りしかしない。
クイーンに睨まれたポーンのような気分だ。
「…命令は受けません。魔女ですから」
一マス分、ポーンが逃げる。
「この国の国民である以上、従って欲しいものだがね。まあ、いい。ここに他に人はいないのだから」
やれやれ、とまるで私が聞き分けのない子供の相手をしているかのような対応だ。
私が悪く、仕方が無いから王が譲歩してやっているのだ、と罪悪感を抱かせようとするいつもの手である。しかし、そんな手には乗ってたまるか。
「では、命令の代わりに依頼をしよう。もし、どうしても見つからなかったら、同価値の品を用意してくれればいいよ。なんなら、同価値分の働きでもいい」
あるかい、そんなもの。
「作り出すのは、得意だろう?」
追いつめられた。
王はどうしても私にこれを引き受けさせる腹づもりのようだ。
「引く受けない、という選択肢はないはずだ」
くそう、命令されて奴隷になるよりも、契約の方がましか。
逃げられない。
私は観念した。
白旗が欲しい。
誰かが差し出してくれたら、盛大に振ろう。
「承知いたしました。受けましょう」
「それはよかった。うれしいよ」
「対価は、払っていただきます。魔女とは、人を堕落させるものです。その魔女に依頼をしたこと、くれぐれもご用心なさいますように」
せいぜい負け惜しみを言ってみた。
とん、と魔力を動かして、陣を拡げる。
テーブルが、イスが、皿が、ケーキが魔力の振動を受けてかたかたと震える。
「僕はせいぜい君が逃げ出さないことを祈るよ。『稀代』の魔女」
王が皮肉な笑みを浮かべて受けて立つ。
それによって、依頼は完了してしまった。
緑の魔方陣が宙で一気に展開されると、一瞬ののちに消えていった。
契約完了だ。
契約を結んだ魔女は依頼された内容に相応する満足を、契約者にもたらさなくてはならない。
「まあ、ソルシエールは優しいのね。引き受けてくれてうれしいわあ」
王妃がのほほんと感想を述べた。
王子はこれ以上無いくらいに上機嫌に、ぽん、と手を叩くと、私に宣告した。
「そう言うわけで、僕は君を雇った訳だけど、そうしたからには、アッシェン王国に行ってもらおう。そこの城にあるらしいという情報が入ったんだ。近々行われる王子の結婚式に前もって祝言を贈る為、使節団を遣わす。君もそこに末端として加わるといい。もちろん、きちんと報酬は支払うよ。『依頼』だからね」
依頼だろうか。
島流しじゃないだろうか。
嵌められた。
しかし、どちらにせよ、もう遅い。
「君の家に使者を遣わすから、準備して待っているといい。ああ、そうそう、必要なら、助手を連れて行くといい。知っているよ。弟子を取ったんだろう?」
「それは、ありがたいことで」
逃げ道がない。
そして、私に弟子はいない。
なんということだろう。
「向こうの王族と、エーリッヒに。よろしく頼むよ」
悪魔は飄々と魔女に嘯いた。
おまけ
「君、愛読書は?」
「それは必要な情報なのでしょうか」
「どうして必要じゃないと?」
「…『悪徳の栄え』です」
「ふふん、その答え方がいかにも君らしいね」
「陛下は?」
「『社会契約論』かな」
「さすが陛下。冗談まで面白いだなんて」
「冗談ではないけどね」
「…」




