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五話

 朝に出発して、それでも太陽はすでに真上に来ている。

 結構な早さで飛んでいるせいか、風が冷たい。

 ローブの裾が風の煽りを受けてはためく。

 めかしこむのが好きな魔女の中には、やたらと薄着な人もいるけど、あれは絶対寒いと思う。

 王都とそれから王宮が見える。

 多くの人が、この城を広いと思うことだろう。実際、広い。

 三代前の贅沢好きな王が、その趣味を極めてできたのが、この城らしい。

 絢爛豪華なシロモノだが、維持費削減のためと王がモノを減らしているので、城内には存外がらんとしている。それが余計に、空間の開放感に拍車をかけている。

 とにかくモノが少ないのだ。

 その変わり、というわけでもないのだろうけど緑が盛大に繁殖している。王妃が歌を歌うせいだ。

 人々はそれでも美しい城だと口々に褒めそやすが、個人的にはどこか朽ちかけている廃墟のようだと思っている。城を覆うようにからまるツタがそう思わせるのかもしれない。それはそれで、嫌いじゃない。

 結界を通り抜け、人気の少ない中庭に降り立つと、どこから見張っていたのかお仕着せ姿の女性たちがそそくさと出てきた。


「こちらでございます。王妃様がお待ちかねです」


 挨拶をするヒマもない。

 ホウキを奪われた。

 いちいち楯突く気はないので、黙って後ろをついていく。

 なんとなく口笛を吹きそうになったが、睨まれたような気がしてひっこめた。背中に目玉でもついているのかもしれない。

 通されたのは温室だった。

 ガラス張りのこの部屋は、外と比べていくらか温度が高いのだろう。暖かい。

 中には彩り豊かな植物が並んでいる。

 そして、例外なく小刻みに動いていた。

 成長しているのだ。

 歌声が聞こえる。

 空気の振動。

 鼓膜にすいつくような高音。

 それは、例外なく生きとし生けるものを魅了しようとする蠱惑的な歌。

 この歌は祝福であり、呪いだ。

 育ちすぎた植物は根元の栄養を吸い上げる。

 栄養源が枯れれば、自身も枯れるしかない。

 その歌で人間を魅了してしまうことだって難しくはないだろう。

 それに絡めとられて溺れてしまうのも悪くないかもしれないが、私にその資格があるかというとそれは甚だ怪しい。

 歌がぴたりとやむ。

 植物たちの間から本人がひょっこり姿を現した。

 青と黄の簡素なドレスを着ている。

 そのドレスが本人の愛くるしさを引き立てていた。

 小走りで駆け寄ってくる。

 その肩に止まっていた小鳥が、私の存在に怖じ気づいて飛び去った。


「まあ、ソルシエール。いらっしゃい」


 紅で縁取られた唇が、笑みの形を作る。

 新雪のように白い肌と相まって、その紅が映える。

 私の口角も自然と持ち上がった。


「お招きありがとうございます。殿下におかれましては、ご機嫌うるわしく」

「まあ、いやだわ。まるで他人みたいな口の利きよう。前みたいに喋ってちょうだい」

「私は昔からこのような喋り方ですよ」

「そうだったかしらぁ」


 語尾が上がる。

 歌うのをこらえきれないようだ。


「ええ、そうですよ」

「ならそうねええ」


 今度はさがった。

 衝動を沈めたらしい。

 さすが王族。自制心が高い。


「………」

「そういえば、ソルシエール。鹿をいじめちゃだめよ。かわいそうじゃない。洗ってあげるまですごく悲しそうな顔をしていたわ」


 持ちこたえた王妃が言う。

 野生動物たちは私の家に突撃したあと、白雪の元までやってきたようだ。先回りして告げ口とはご丁寧なことである。王妃手ずから洗ったのだろうか。

 魔女の大半は動物と折り合いがわるい。天敵と仲良くしようという動物はそういない。それと同じことだ。慣れさせることはできても、手間がかかる。


「先に我が家を破壊しようとしたのは彼らです」

「そうねえ。でも、あなたは人間よ」


 理不尽だ。

 王妃は、こちらにいらっしゃい、と私の手を引いた。さすがに王妃相手に振り払う訳にもいかず、ついていく。

 設えられた茶飲みテーブルに、私を座らせると、自分も向かいに腰を下ろす。


「ところで、今日はどうして遊びにきてくれたのかしら? あらあら、そういえばあなたにお願いしたいことがあったのだったわ」

「動物たちが手紙を運んできました」


 だれに知られてもいい内容なら、人を遣わせればいいことだ。

 だれにも知られたくないから、動物をつかうのだ。


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