四十九話
「赤ずきん。行こう」
ホウキが宙に浮かぶ。
足下が不安定にふわふわと揺れる。
私はホウキで、赤ずきんは徒歩とホウキで気ままに帰ることにしたのだ。
滞在している使節団とは先行する形になる。
途中で追いつかれるかもしれないが、いいのだこれで。どうせ帰ったら国王からどやされるだけなのだし。のんびり行けば良い。
「どこに行くんですか!」
どこから見ていたのかアーノルドが姿を現した。
「あれ、お兄さん。わざわざ隠れてたのに、どうして出て来たの?」
赤ずきんの意地悪に、アーノルドが困ったように憤慨する。
「そりゃあ、お二人が我々を置いてどこかに行こうとするからですよ! 勝手な行動をされては困ります」
くるりとホウキにまたがる私を向く。
「ソルシエールさん。どこに行かれるのですか?」
情けなく垂れた眉が哀愁を醸し出している。
「のんびり帰ろうかと思って」
それが面白くて答えると、アーノルドが声にならない悲鳴をあげた。
「では俺も連れて行ってください!」
「イヤだよ。眠らされても困る」
「なんのことです。俺がお二人に何かするわけないじゃないですか」
まるで意味が分からないというように、とぼけている。それどころか、そんな事を言われて気分が悪いと憤慨してみせている。
「アーノルドさん、王のお抱えの手駒でしょ。私の見張り役、だけじゃないね。エーリッヒ王子の手助けでもするよう仰せつかった?」
対応を決めあぐねたようにほほ笑むアーノルドを見て、腹芸の向いてなさそうな人だなあとつくづく思う。王に目を付けられて、こんな任務に飛ばされただなんて同情する。
ただ、それだけならよかったのだけれど。
「赤ずきんを眠らせたのは君でしょう? 香水で気がつかれないようにしたみたいだけど、逆効果だったね」
「うん、あれはお兄さんだよ」
認めがたい事実を口にするように赤ずきんが言う。不意をつかれたとはいえ、負けたのが悔しいのだろう。
「お兄さん、まだ香水の香りがするもの。他の服にもきっと香りが移っているよ」
「迂闊でしたね。…さんざん香水を被って行ったことが裏目にでるとは。たしかにそうです。俺はソルシエールさんの見張り役を仰せつかっていました」
むう、と赤ずきんが眉を寄せる。
しかしすぐに、ちら、とアーノルドを見た。
「…すげー。スパイって初めて見た」
オモチャを前にした子供のように目が輝かいている。
「案外あっさり認めるんだね」
「ばれてしまったものは仕方が無いですから」
「なるほど。王にそう指示されたな」
こうなることを見越していたのだろう。
こう答えた方が私からの好感度が高いと判断したのに違いない。なんで好感度を重視しているのかは知らない。
殺したりなんかしないのに。
それにアーノルドは無言で答える。
「まあ、いいや。もう行くね。それから、」
アーノルドの顔の位置に私の顔が来るように下降する。そして、その耳元でずっと言いたかった事を呟いた。
「次、私のものに手を出したら許さない。あと、王に伝えておいて。—−−−って。」
ふたたび、上昇する。
「さあ。赤ずきん。行こう」
なにやら呆けたような表情のアーノルドを残して、出発する。
町外れから、やがて周囲の景色が森になった。
後ろを振り返ると城が見える。
空がきもちいい。
「師匠。唄が聞こえるよ」
同じように振り返った赤ずきんがほほえんだ。
城でエーリッヒと灰被り嬢の婚姻を祝福して歌が歌われているのだ。
それが城の内部で増幅し、街全体、そして私たちがいるところまで届いて来る。それは、さながら街自体が歌を奏でているようだった。
「いつまでも、しあわせに暮らしましたとさ、…とはならないだろうね」
独り言に赤ずきんが反応した。
「当たり前じゃん。おとぎばなしじゃないんだから。ほら、ししょー、行こう」
「うん」
ふたたび、道を前進する。
どっちが前かわからないけど、きっと体が向いている方が前だろう。
「ねえ、赤ずきん」
「なあに、ししょー」
「赤ずきんは、赤ずきんでいてね」
「なにいってるの。もちろんだよ、師匠」
赤ずきんが笑う。
こうして、私たちはのんびりと帰路についた。




