四十八話
「なぜ、王子に呪いをかけたんだ」
悲しそうな、困ったような顔をする兄に私は答える。
「王子自身が賭けにのったんだ」
「どんな」
「人生には成し遂げようもないこともある。たとえば、人生の選択をいっときも後悔しない、なんてこともそうでしょう?」
兄は悲しそうにこくりと頷いた。
「けど、彼はそれを成し遂げてみせるといった。自らの命を賭けてまで。それが決して可能なものではないと私は知っている。彼もまたそれを知った時、この呪いは彼にとってどういう意味をもつんだろうね。興味深いと思わない?」
赤ずきんと、子供達二人が楽しそうに追いかけっこをしている。
私と兄の髪の毛は両方とも黒い。
それが風に吹かれて、たなびく。
ん、と兄が首を傾げた。
「しかし、あの呪いは命を奪い取るようなものではないだろう?」
「取らないよ。周囲から価値を見出されている人間の命を奪おうとするほど、めんどうなことはないもの。あれは、記憶の魔法なんだ。彼が自分の賭けに負けた時、それは発動する」
「友達なんだろうに。そんなに追いつめるもんじゃない」
やれやれと首を振るが、兄にそんなことを言われたくはない。
「べつに。友達だから、願いを叶えたんだ。ちゃんと、彼の望み通りになった。兄さんが甘すぎるんだよ。私たちは魔法使いなのに」
「でも対象者はあの嬢ちゃんだろ?」
「そうだね、王子の願いを叶えたのはついで」
くふふ、と変な笑いが口から漏れる。
「困ったものだな。妹の一人勝ちじゃないか」
「なに言ってるの。私は色んな人に散々使い走りにされたんだ。これくらいの旨味がなきゃ割に合わない」
それに、と続ける。
「もし彼がその人生を賭けて、それをほんとうに証明できるのなら、これほど美しいものはないと思わない?」
ふー、と兄が息を吐き出す。
「安定も大切だぞ、妹よ」
諭すような言い方。
分かってないなあ、と言いたくなる気持ちを抑えて事実のみを告げる。
「しばらく王の使い走りなんだ。安定した生活をしたいのはやまやまなんだけどね」
「そんなもの、破棄すればいいだろう」
「まあ、それができたらいいんだけど」
兄は意外そうな顔をする。失礼な。
まじまじと私を見た後、自分たちの弟子に視線を向けた。
「なるほど」
私も視線を向けると、赤ずきんが男の子を振り回して楽しませていた。
「まあ。がんばれよ」
励ましの言葉。
思わず笑ってしまった。
「さあ、今度は兄さんの番だよ。どうして灰被り嬢を助けたの?」
兄もまた笑う。そして当然だ、と胸を張った。
「かよわい女の子を助けるのは俺の義務だからだ!」
兄曰く、困った女の子を見捨てておけないタチらしい。
まったく、ほんとにタチが悪い。
ため息をつく。
「あー、はいはい。どうせいつもの女好きがでたんでしょ」
「なっ、ちがうぞ。俺はかよわい女の子の守護者たらんとしているだけだ」
「はいはい」
「陛下からの依頼を受けたのがことの始まりさ」
兄が詳細を話し始めた。
「依頼はこうだ。国中で起きている鼠害の対処をしてこい。まあ、簡単な仕事だったね。ただ問題は、その後だ。俺には大量のネズミを殺す勇気がなかったのだ。だから、とりあえず鼠を一箇所に集めて、つれ歩き、この首都に戻ってきて、街中をうろうろしていた。もちろん、姿隠しの魔法はつかっていた。そうして、ぶらぶらしていたらすすり泣きが聞こえたんだ」
兄が声真似をする。
低いテノールの声が、芯の細い、少女の声に早変わりした。
「『わたし、わたしは… どうして、わたしは愛されないの。お掃除も、お洗濯も、がんばったのに。どこかに、行きたい』
ってな。
これはもう、俺の出番だろうって思ったのさ。まさか、こんなことになるとはな」
兄が先ほどとは一転、能天気にがはは、と笑う。
「まさに災い転じて福となす、だな」
「いや、それ、逆だから」
まったく、兄は後先を考えなさすぎるのだ。
これで安定などと片腹痛い。
「ぞれにしても、随分優しい解釈をしたんだなあ。人とは優しいものだと思うことができる妹のことがお兄ちゃんは誇らしいぞお」
わかってるくせに。そんなこと言う兄が憎い。
「あれは、新しい形として与えたものだよ。ほんとうはきっと、彼女は自らの待遇に慣れすぎていたから事件が起きたんだ。彼女は愛されたいと願っていた。けれど同時に、それは未知で、恐怖でしかない。だからこそ、それらを彼女は避けたいと思った。その結果じゃないのかな? つまり、究極の自己本位だよ」
私の言葉に、兄が頷く。
「そうだなあ。実際のところはそんな所だろうなあ」
「希望が自分に降りてくるかもしれないと言う期待、つまり王子に見初められるのを夢見ながら、虐待されつづけること。それが彼女にとって自らのあるべき姿だった。だというのに、まさかの王子本人に見初められるという事態が起きてしまった。彼女は未知の領域に恐怖した。まじないはそれに反応し、彼女の莫大な魔力に呼応して、動物たちが騒ぎを起こした。しかも兄さん、大量にいたネズミをまじないに使ったからもうめちゃくちゃだよ」
凡庸なまじないは、願い事が曖昧であったために、複雑に作用し、彼女の本当に望むものを達成せんと作用したのだ。兄の腕がそれなりだったのも原因の一つだろう。きちきちの紐のように結ばれたまじないはそう簡単にほどけない。
「彼女が求めていたのはきっと、『平凡』であり『幸せ』であり、『母親』だ。だから、なおさら彼女は王子の妃になるわけにはいかなかったんだよ」
彼女はエーリッヒのことをどれくらい知っていたのだろう?
「そう思っているのに、友達と結婚させるのか?」
「いいんじゃない? だれであっても、そう変わらないよ。問題は、ただ、本人たちの意思のありかなんだ」
灰被り嬢の姑息なあり方は、やり方としては悪くない。
ただ、—。
ため息をつく。
「赤ずきんはシュトーレンをもらっていた。あれは、わざとだろうね」
赤ずきんを巻き込んだ。
そこだけが気に食わない。
自分のことは棚に上げて、
「まったく、いやんなっちゃうよ」
再度ため息をつくと、兄がからからと笑った。




