四十七話
「師匠、みーつけた」
匂いを追って来たらしい。
赤ずきんが遊歩道を歩く私に突撃した。
「いたいいたい」
「うへへ」
じゃれつく赤ずきんを、なだめる。
遊歩道を並んで歩いた。
やがて聖堂の前の広間にたどり着く。
噴水から水が天に向かって吹き出ていて、それが太陽光を反射させている。
端の方で、背の高い道化師が風船を子供達に配って回っている。白塗りの顔が笑っている。
青と赤の道化師の格好をした子供がふたり、周囲の子供達の中に紛れてその手伝いをしていた。
「あ、あのパーティにいた子たちだ」
赤ずきんが目敏く気がついた。
私はもはや顔なんて忘れてしまったが、赤ずきんがいうならそうなのだろう。
赤ずきんが近づいていって赤い方から風船を受け取る。
「ブランシュ王国に住んでいたんだね、妹よ」
大人の道化師が私たちに話しかけた。
白塗りの顔が、あっという間に件の魔術師の顔に変わる。
これは、私の兄だ。
すごく、ものすごーく残念だが、私の兄だ。血縁もしっかりある。
「遊びに来ていたなら言ってくれたらよかったじゃないか。一緒にお茶をしようと誘ったのに。反抗期かと思ってお兄ちゃんは悲しくなってしまったよ」
嘆かわしい、と嘯いた。
「兄さんがこの国にいたことすら知らなかったし」
「気がついてほしくてちょっかいかけたのに、気がついていないフリをするし」
「はいはい」
兄が赤い風船を私に渡す。
「兄さん」
ふわふわと宙で風船が揺れた。
「なんだい、妹よ。お兄ちゃんが抱きしめてあげようか」
「人さらいは犯罪だよ」
ぶほっ、と奇妙な音を立てて、兄がせきこんだ。
「な、なにを…」
「ネズミを駆除する代わりに、子供を攫ったのって兄さんでしょ」
私の指摘に赤ずきんが首を傾げた。
「あれ、でもししょー。ししょーのお兄さんはネズミを殺す代わりに子供を攫ったんでしょ。ネズミ、殺していないじゃない。依頼、成立していないよ」
あれ、そういえばそうだ。
そのせいでこの街はこんなにもネズミで溢れたのだろう。
でも、
「いい、赤ずきん。兄さんなら人さらいくらいしても可笑しくないんだよ」
そう囁くと、兄がとんでもないと悲鳴をあげた。
「何を言うんだ、妹よ」
その声に、周りにいた子供達が蜘蛛の子を散らすように消え去った。幻だったらしい。手の中にあった風船も消え失せる。
後に残ったのは、パーティ会場にいたと思しき子供達だけだった。
彼らはきょとんと目を見開くと、ようやく気がついたらしく、私と兄を交互に見た。
「あれえ、お師匠さまの妹魔女だ」
「お師匠さま仲直りしたの?」
お師匠さま。
師匠ってなんだっけ?
人攫いをそう呼ぶんだっけ?
「は?」
唖然とした私に向かって、兄が胸を張った。
「どうだい、どうだい。これで分かっただろう? そうなのだ。こいつらは俺の弟子だ。俺は師匠になったのだ。すごいだろう?」
なんと言うことだ。
その言葉に、おもわずしゃがみこむ。
体から力がぬけていく。
できるだけ優しい笑みを浮かべて子供達に言う。
「ねえ、君たち。脅されているなら、お姉さんにいいなさい。親元に返してあげる」
「俺も助けるよー」
赤ずきんがはいはーい、と手を挙げる。
「ひどい冤罪!」
兄が叫ぶ。
しかし、当然乗ると思った提案に、子供達は首を横に振った。
「ダメだよ。帰ったらカゾクがこまるんだもん」
「そうだよ。ワタシとニイちゃんが帰ったら、妹たちの食べるものがなくなっちゃう」
「ボクたちが頼んだんだよ」
「お師匠さまに連れて行ってって」
その言葉に持ち直した兄が誇るように私に言う。
「そういうことだ、妹よ。これは人さらいでもなければ、人身売買でもない。二人はれっきとした俺の弟子だぞ」
「どうやらそうらしい」
「信じて良いぞ」
「この子たちがそう言うなら信じるよ」
「俺の言葉は?!…ひどいわ、もう、信じられない」
泣きまねをする兄をできるだけひややかに見つめると、やがてそのマネをするのにも飽きたのか、ふと、真顔を取り戻した。
そしてふざけた調子から一転、妹を諭す兄の顔をする。
「妹よ。なにを考えてあんなことをしたんだ?」
「…」
一瞬、ちらりと横を見てしまった。
兄は私の視線が何に向けられたのかを敏感に察したらしい。
「赤ずきん、だったか。少しこの子たちの面倒を見ていてはもらえないか?」
赤ずきんが私をじっと見てから頷いた。
「いいよ」




