四十二話
「客人は二人います。その一人がついたようです。きっと会った方が早い…赤ずきん!」
私の呼び声に開け放しておいた天窓から、影が二つ、内側に転がり込んできた。しかし、やってきたのは窓の外に広がる青空からではなく、縦に切り裂かれた漆黒の闇を覗かせる空間だ。
そこから突風のごとく舞い込んできた。
「お待たせ、師匠!」
華麗に着地した赤ずきんとは別に、もう一つの人影は床をゴロゴロと転がり、壁に衝突してようやく止まった。
「ううう」
うめき声が上がる。
そしてガクッと脱力した。
全身を埃まみれにした赤ずきんは、どの道を通ってきたのだろう、手でそれをはたいている。
「赤ずきん、荒運転は感心しないな」
「違うよ師匠。走っただけなのにこの人が弱すぎるんだ」
私の文句に赤ずきんは納得がいかないと首を傾げた。
そして影に近寄り、相手を揺り起こす。
相手はうっすらと目を開けた。
「うう…なんだ、ここは」
うめき声をあげる。
「誰だ、この人は」
えーヒッヒが異質なものをみるかのように、その人物を見やる。
また面倒そうなのが増えた、とその表情は言っている。
私は彼を紹介させてもらった。
「この男が、全ての元凶の、」
へたり込みながら、茫然自失でキョロキョロと周囲を見回す男を指差す。
「魔法使いです」
紹介した途端、スイッチが入ったのか魔法使いがすっくと立ちあがる。
濡烏のように黒い髪。
闇夜の瞳。
痩躯の長身だ。
黙っていれば、そこそこの容姿である。
ところが、彼は黙っているという事を知らない。
「確かに俺は魔法使いだ! おお、ここはどこかと思ったら、いつかの物置部屋じゃないか!」
案の定、素っ頓狂な声をあげて、私たちの顔を見回した。
「王子に、いつかのお嬢さん、おやおや、誰かと思えば俺の妹までいるぞ! 素敵なカフスじゃないかあ。おや、君は誰かな、少年。なんだ、これは。お茶会に招待されたのかな。嬉しいなあ」
よくこの雰囲気でその感想が出てくるなあ。呆れるやら、さらに呆れるやら。
反射的にはああ、とため息をついた私に魔法使いがたしなめた。
「こら、ため息をつくのは良くない。幸せが逃げてしまうじゃあないか」
そういってがはは、と大きな声で笑う。
「この愉快犯め」
私の言葉を耳ざとく聞きつけた魔法使いが反論した。
「違う! 俺はか弱い女の子の味方なだけだ!」
「少し黙ってくれませんか。この変態」
指を鳴らして、口を封じる。
魔法使いは、それにも関わらずフゴフゴと口を動かし続けている。きっと次元の彼方にいる精霊とでも話をしているつもりなのだろう。あまりのハイテンションに頭が痛くなって来た。
エーリッヒは正気を搾り取られた顔をして私に尋ねた。
「待っていたと言うのはこの二人か」
「まあ、一人は。呪いをかけた張本人です。赤ずきんは違いますよ」
「……。どこから連れて来た」
「ご存知ではありませんか?」
私の質問に知るか、と投げやりに首を振る。
「一緒に城にお住まいではありませんか」
「城にいる者の顔は全て覚えている。そんな筈は…」
エーリッヒは目を細めて、口をパクパクと動かし続ける魔法使いを見やった。何かに気がついたらしい。目を大きく見開いた。
「…そうか、母上付きの奏者か。魔法使いだったのか。ただの奏者かと思っていた。元凶はずっと身近にいたのだな」
「そう。灰被りさまに魔法をかけたのは彼です。今やただの呪いよりも恐ろしい災害と成り果てていますが、おそらく元は祝福のまじないとして授けたものだったのでしょう」
「どうしてそれが分かる」
エーリッヒの疑問に答える。
「それはやはりこの魔法使いがそういう存在だからです」
「しかし、祝福のまじない程度がどうして災害に姿を変えられるのか」
「それは灰被りさまの力が強かったからでしょう。そして、彼女がそれを願ったからでもあります。祝福と呪いは裏表一体のもの。容易に姿を変えられるのです」
エーリッヒは苦悶の表情を浮かべた。
「しかし、俺との結婚を喜んでいたと言ったのはソルシエールじゃないか」
「そうです。けれど、言っていたのは王子じゃないですか。彼女は優しい人間だと」
「人を呪うのが優しい行為なのか?」
「普通に考えればそんなことはありえません。しかし、これは呪いではないし、ある類の思考をたどるとそれは人を思いやっての行為となるのです」
「どういうことだ」
「魔法使い。この、灰被り嬢の願い事はなんだったのですか?」
魔法を解除する。
すると待ち構えていたのか、魔法使いは途端にベラベラ喋り始めた。
「そりゃあもう、決まっているだろう! ええと、なんだったっけ」
「記憶をほじくり返してください」
「俺の記憶は腐りかけているんだ! ああ、思い出しそうなんだけどなあ。ううん…ああ。そうだ。そうだ。たくさんの人々が幸せになれますように、だよ。それが彼女の願い事だ。かわいらしいよねえ」
聞きたいことが聞けたので、また魔法をかける。
「彼女の対象も、願いも曖昧なただのまじないは、彼女の力が強すぎたあまりに具現化してしまったのです。そして、心の優しい彼女のまじないは自分を虐待した母親にも向けられた。継母の幸せをも願った」
灰被り嬢が狭い世界を生きていただろうことは想像に固くない。
その世界の中での「たくさん」の意味なんてたかがしれている。
きっと一人一人に当たられた願いの熱量は、それは大きなものだっただろう。
「しかし、困ったことが起きてしまう。彼女は継母の幸せの形をたった一つしか知らなかったのです」
「どう言うことだ?」
つくづくこの王子は、マイナスな方向の感情に縁がないらしい。
誰かに愛されて育つというのは祝福されるべきものだけど、愛されすぎてそれ以外の感情に鈍感になるというのも考えものだ。
全く思い至らないらしい。
まったくもう、しょうがない。
「それは、自分が不幸になること。しかし、同時に彼女は自分の幸せも願っていたの。その結果、自分の幸せと継母の幸せとが相反し、まじないには歪みが生じた。そして、この国では彼女の望みを叶えるべく、動物たちが異変を起こしたのです」
「なんだ、それは。なんで、そんなこと…」
まさに理解ができない、という顔。
「それじゃあ、灰被りは幸せになれないじゃないか。…俺は、どうすればいいんだ」
「王子は何もする必要はないんです。あなたは彼女にとっての王子なのだから」
もしかして、ようやく自分と灰被りとの間にある距離を自覚して、その距離に苦悶しているのか。なんというとんでも王子だ。
「言ったじゃないですか。私が出してみせるって。この水晶、彼女が望むのなら出てこれる」




