四話
説明回です
私はソルシエールと呼ばれる魔女だ。
魔女や魔法使いは魔法学会に所属せねばならない、という原則の元、私は魔法学会に所属している。魔法学会に所属しているからといって特に規則はない。ただ属しているだけである。
魔女や魔法使いはルールや規則に縛られてはいけない、というのが唯一のルールだということになっている。実際には、規則はないが、学会関係はかなり細々とした暗黙の了解などというものがあったりする。
まあ、そういう建前がある以上、住んでいる国の法律に従う必要も、税を納める必要もない。誰かの命令に従う必要もない。それらに従ってしまったら、その人物はもう魔法使いとは言えない。代わりに、その生は誰にも保障されていない。殺されても文句は言えないし、所持品をはぎ取られることなんて腕のない魔術師ならザラだ。
魔法使いと言う技能を駆使する人間達が、こんなふうにして放置されても問題にならないのは、ひとえに魔法使いの絶対数が少ないからだろう。また魔法使いを手なずければ、それなりの利益を見込めるからでもある。魔法使いの用途は多いのだ。
要するに、狩られる事もあるけれど、雑草を食ませるために放置されている野鹿のようなものである。
ただ、魔法使いのルールにはパラドクスが生じている。
ルールに縛られてはならない、というのなら、『ルールに縛られてはならない』というルールにもまた、縛られてはならないはずなのだ。
ゆえにそれを重視しないで、大抵の魔法使いや魔女たちが国籍を得て、市民権を獲得しているのもまた事実である。もちろん、税やら何やらだって支払っているだろう。なかには宮仕えしている変わり者たちだっている。いわゆる普通の市民なのだ。闇でならともかく、魔法使いを狩ろうとする人間だって、そんなことをすればすぐにお縄になるだろう。
まあつまり、魔法使いと言う存在はごちゃごちゃしているのだ。
ブランシュ王国。
それが、私たちの住む国の名前である。
正式名称はもっと長いらしいが、特に知らないで困ったこともないので覚えていない。脳みそをほじくれば、いつか答えが出てくるかもしれない。
国土の半分以上が森で覆われ、自然が豊か。ついでに鉱物や素晴らしい農作技術のおかげで国が潤っている。
その昔、隣国で飢饉が起きた時にはその煽りを受けて、一時的に国が荒れたりもしたらしいが、今となっては昔の話。平和すぎるくらいに平和な国だ。
特に現国王と王妃は戦争に対して否定的な考えの持ち主で、三年前に彼らの代になってからは戦争のせの字を聞く事もなくなった。
すばらしいことである。
戦好きが勝手に戦をするのは構わなくても、自分はその場に駆り出されたくはない。
優秀といわれる国王夫妻はその能力と人柄ゆえに、国民から心からの感謝と敬愛と畏怖を込めて敬われている。王はその政治能力と外交能力を存分に発揮し、戦争をしなくても国として存続して行けるだけの土台を整えた。また王妃は夫を支えながら、その優しい心の持ち主故に国母として慕われている。動物や植物たちにまで優しいともっぱらの評判だ。
すばらしい王。
その評判は決して間違ったものではないだろう。
しかし、それはあくまでも彼の働きぶりにおいてであって、人柄までもがそうかというとそうでもない。
遠くから見える像が虚像であるとは限らないが、真実であるとも言えない。
近くにいれば自ずと分かる。
そして私は他と比べると、王に割合『近い』。
別にそうなりたくてなったワケじゃない。
生まれも育ちも平民ながら、付き合いはかれこれ十年近くにもなるだろうか。その間、王子だった彼と、その妃の白雪に振り回され続けた日々を思うと、自分が哀れでならない。その不満をうっかり表で漏らそうものなら、どこに潜んでいるか分からない王の信奉者たちに袋だたきに合いかねないが。
その迷惑っぷりをよく現しているのが、私のあだ名だ。
王は時に、私のことを『稀代の魔女』なんていう恥ずかしい呼称で呼ぶ。そう呼ばれたことがある、と口を滑らせたら、それ以降、主にいやがらせの為に使われるようになった。
断っておくが、私は平均的な魔女である。王家の面々を見知ってはいるが、べつに宮廷魔術師でもなんでもない。ただの魔女である。
そんな大層な呼び名にふさわしくないのは、呼んでいる方も、呼ばれている方も知っている。
なのに、そう呼び続ける彼はまさに悪魔の権化である。魔女も悪のようなものだが、仲間のはずの悪魔とは仲良くなれそうにない。
もはや天敵である。
つくづく思う。
そもそも私より優れた魔術の使い手はいくらでもいる。
それなのにそんなあだ名が定着したのは、主に彼のせいだ。
中には王族に取り入ろうとして、ご機嫌伺いで私をそう呼ぶものもいる。主に歳を食った老獪な連中と、野心に燃える下っ端どもである。見当違いだと言っても、ご謙遜を、なんて言われてしまう。
まさに虎の威を借る狐。に群がる狸たち。
しかも、へこへこされてる狐としては虎の意を借りたい訳でもない。
力量以上の名誉なんて、無駄なごたごたに巻き込まれるだけだ。自分が仕組んだわけでもないのに。
自分よりも上手で、しかも年嵩に、『稀代の』なんて付けられた時なんて、末恐ろしさでいっぱいだ。
とはいえ、確かにこちらも、それで美味しい思いをしているので、虎を一方的に責めるわけにもいかない。
これが世に言う官民癒着というやつではないだろうか。
いかにも魔女らしいことである。
王も王とて問題だが、より困ったのは王妃の方だ。
今回の呼び出し主である。
理解の範疇を越えた存在。
彼女は存在自体が謎である。
彼女は人に悪意を持って接しない。その代わりに、おそらく、無邪気に無理難題を押し付けてくるのだからたまらない。故意にやっていることを自覚しているだけ、王の方が対処しやすい。
そして王妃自身は気付いていないのだろうが、彼女には魔法の素養がある。
しかし、その職業はあくまでも王妃であって、魔女ではないから、単に能力と言い換えても良い。
魔力を含め、人間には誰にでもなんらかの能力が一定値はそなわっている。なんの能力も持たない生き物は、それは既に生き物と言っていいのか疑問だ。
人は呼吸をするために肺という機能を持っているし。
歩くためには、足に筋肉をつける必要がある。
魔力もそれと変わらない。
それを使いこなせるように修行をつんだものが魔女、あるいは魔術師と呼ばれている、というだけである。シェフになるにはまず下働きとして、なにをどうしたらおいしい食事ができるのか、勉強しなくてはいけないのと同じだ。
ところが、稀に使い方を学ばなくても、その生まれ持った素質がすばらしい者もいる。
多くは、生活に困らない王侯貴族の子弟などの、時間に余裕のあるものたちである。ヒマだから、いじくりまわす時間があるのだ。彼らの大半は、体系立った勉強をしないため、その使い途は限られてしまう事が多い。
『動植物に懐かれる能力』
王妃の能力はこれ一択である。
その上、王妃が歌って見せた時にもっとも効果が現れる。
最初に見た時は度肝を抜いた。
動物のみならず、植物までもが彼女に都合がいいように動くのである。
蔓科の植物が地を這うさまはまるで虫のようで、私からしたらなんともグロテスクだった。
この王妃、とても変わっている。
王族に生まれ、王妃として宿命付けられたから変わっているのか、そもそも変人なのか見極めはつかない。
これはまだ王妃になる前の話であるが、勝手に人の家に入り込んだ挙げ句、その家で三回も死にかけたこともある。入り込まれた方はいい迷惑である。
なにはともあれ、その存在は大きすぎて、とても一介の魔女ごときでは全容をつかむ事ができない。
今回やってきた牡鹿含めた動物たちも、王妃のいわゆる手先である。
どうすれば彼女に扉の修繕費を負担させるだけの説得ができるだろうか。
頭がいたい。




