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三十七話

 部屋に赤ずきんを連れ帰った私は、そのまま彼を寝台に横たえる。

 給仕の堅苦しい恰好では息苦しかろうと、胸元のぼたんを二三外す。

 それから寒くないように毛布を掛けた。

 すう、すう、と安定した呼吸と、それに合わせて僅かに上下する胸が私を安心させる。

 寝台の脇に椅子を引っ張って来て、その様を観察した。

 唇をいつの間にか噛んでいたらしく、口の中に血がにじむ。不味いな、そう思う。

 私のせいだ。

 赤ずきんを巻き込まれたのだ。

 苦々しくそれを反芻したところで、はっと自嘲した。

 巻き込まれたんじゃない。私が彼を巻き込んだのだ。

 エーリッヒが赤ずきんに手を出す可能性が充分にあることを知っていながら、私は彼を使いに出したではないか。煽るようなことも言ってみせた。それに、第三者が手を出したのではない限り、赤ずきんの命は安全であることもちゃんと知っていた。人が死ぬような類のものではないと高をくくっていたのだ。

 それなのに。

 私は自分がそうなるだろうと思い描いた通りになっているのに、それに赤ずきんを巻き込んだ事をとても後悔している。

 本当に心の底から、彼の為を思うのなら、私は彼をこの国に連れてくるべきではなかったのだ。いや、そもそも―——。

 そんなどうしようもない考えがぐるぐるする。

 それは考えても仕方がないことなのだ。

 過去の事実は変えられない。変えたくもない。

 






 眠りたいという気にならず、机で薬を調合する作業をする。

 ようやく夜も開けようかという頃、薬が切れたのか赤ずきんは目を覚ました。

 はっと慌てて飛び起きた後、すぐに状況を把握したのだろう。

 私に向かって、


「ごめん」


 と詫びた。

 自らが不覚をとったことに相当責任を感じているらしい。普段の溌剌としたようすは微塵もなく、しょんぼり縮こまっている。


「目が覚めたのならよかった」


 そう告げる私に、哀しそうに目元を歪めると、


「目の下クマができてる。…俺のせい、だよね」


 とさらに落ち込んだ。


「ちがう。薬を作っていた。眠り薬だよ。ゾウを一発であの世に送るほどの強烈なやつね。誘拐犯に盛ってやろうと思うんだ」


 冗談のつもりだったのだが、やはり笑えなかったらしい。沈黙が重い。


「…で、気を失ったときの記憶はある?」


 赤ずきんは考え込むような仕草をした後、語り始めた。


「ええと、師匠と別れた後、あの音楽家の後を追って裏に入ったんだ。匂いも辿っていたし、姿も見えていたから見失うはずもなかったんだけど、いつの間にか消えていた」


 相手が魔術師だからだろう。

 大方遁走の術でも使ったに違いない。


「しばらく探したんだけど結局見つからなかったから師匠の所に戻ろうとした所で、上から何か吹き付けられて…。倒れた後もしばらく意識はあったんだけど、俺を回収しに来た相手はすごく強い匂いがしていて、そのせいで鼻が利かなかった」

「そう」


 その赤ずきんを誘拐した実行犯は赤ずきんの弱点をよく理解していたということになる。エーリッヒの部下だろうか。しかし、エーリッヒに赤ずきんの情報を知りうる時間はどのくらいあったのだろうか。なにせ彼は、ブランシュ王国においてはただの一市民である。そんな人間を調査しようと思うほど、エーリッヒは暇ではないだろう。赤ずきんに対する調査が行われたのは、十中八九アッシェン王国にきてからであるはずだ。

 散らかった薬を整理して、しまう。


「赤ずきん、今日は休んでいなよ」


 薬を盛られたのだ。

 いくら赤ずきんが頑健な成体であろうとも、様子を見た方がいいだろう。

 だから提案したのだが。


「なんで」


 静かに放たれた言葉の激しさに私は驚いた。

 見ると、赤ずきんは額に皺をよせている。

 憤っている。


「それって俺は用なしってこと?」


 耐えかねたように言葉を紡ぐ。

 私は敢えて笑って見せた。


「元々赤ずきんには関係のないことだからね。観光でもすればいい」

「そういう意味じゃないか」


 いやだ、と全身で言っている。

 ごめんと謝るくせに、譲歩する気はないようだ。

 まあ、謝罪は譲歩を意味しないのだから当然か。それらは別物だ。

 困るのだというのを前面に押し出して諭す。


「赤ずきんは私の弟子なの?」

「…ちがう」

「でも、周りの人はそう思っていないみたいね。また何か騒ぎが起きて、私の評判が下がったらどうしてくれるのさ」


 そっと目を合わせる。

 赤ずきんはうっと言葉を詰まらせるが、それでも私をじっと見据えた。


「お願い、師匠」


 まっすぐな視線。

 きれいだ、とただ単純にそう思う。


「俺にもできることをさせて」


 なにがここまで赤ずきんをかき立てるのだろうか。

 魔法を修めたいというワケでもないのに。

 弟子でもないのに。

 彼はこんなにも必死だ。


「迷惑はかけない。俺、挽回するから」


 私はこのまっすぐな視線にあまりにも弱い。

 いつまでも見ていたくなってしまう。

 ふうう、と大きなため息をつく。

 赤ずきんがびくりと体を縮こまらせた。


「ばか。心配したでしょう」


 ごん、と拳を頭の上に置くと、


「いたい」


 きょとんと目を瞬いて、ちっとも痛そうでなく文句を言った。


「まったく。次に失敗したら薬の材料にするからね」


 私は手が痛い。


「うん! 任せてよ」


 にへら、と赤ずきんが笑った。

 まったくもう。私はこの頼りのない相棒がどうしても嫌いになれない。


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