三十六話
変な光線を出している機械があったので、魔力を注ぎ込むと、白煙をあげて故障したようだった。変な電波が出始めたので、それが漏れないように魔法で封じ込める。ちょろい。
ドアを蹴破るようにして開ける。
姿隠しの魔法は使っている。
万が一他人に見られても、王子の部屋がひとりでに開いたように見えるだけだ。べつにたいしたことじゃない。いくらでもいいわけはできるだろう。王子が。
後ろ手にドアを閉めて、やつに近づく。
「遅かったな」
案の定、奴はどっしりと椅子に腰掛けて待ち構えていた。
グラスに入っているのは、なんの酒だろうか。
それを一気に飲み干す。
「どういうおつもりですか?」
「お前を動かすためにはこうする方が早い」
特になにを言う気もないようだった。
「へえ。それが己の首を締めることになるかもしれないのに」
部屋の中の調度品がかたかたと揺れる。
壁に飾られた皿が床に落ちた。
派手な音を立てて割れる。
辺りに破片が散らばった。
「追いつめられると周りが見えなくなるのは相変わらずですね。忠告したはずです。手段は選べと」
「怒っているのか」
エーッリヒ。
彼がまるで迷子の子供のように私に問う。
「そう見える?」
「その薄気味悪い笑みじゃあ、喜んでいるように見えるぞ」
そう言って、寝台に寝かせられている赤ずきんの金の髪に手をからませた。
「大切なんだな。この坊やが」
「手を離してもらおうか」
「……お前は自分の為以外に動かない。俺の望みを叶える為にはこうするしかなかった」
俯いているせいで、表情は陰に隠れている。
「へえ。それで人のものに手をだした、と」
「わるかった」
降参、とでもいうように手をあげる。
その人の神経を逆撫でるような動作が、逆に私を落ち着かせた。
魔力の波が自然と収まって行く。
「…ふん」
寝台に歩み寄り、赤ずきんの体を奪い取る。
「眠らせているだけだ」
たしかにその言葉にうそはないらしい。息はしているし、脈も正常だ。堅苦しい給仕の恰好は、どこも乱れてはいない。
「俺はこの国のことを思って第一に行動する必要がある。それでも俺は諦めたくない。助けて欲しい」
エーリッヒが勝手に言葉を続ける。
ああ、苛々する。
そう思った。
勝手に壁に飾ってある皿が一枚落ちる。
「原因はわかっているんでしょう? ていうかあんた、最初から分かっていただろ」
「…灰被りの魔力は強い。そして、魔術を学んだこともない。それはたしかだ。だが、理由もないんだ。こんなことをしてどうするというんだ。まるで意味がないじゃないか」
「よっぽど殿下との結婚がいやだったんじゃないですか。で、私にどうしろって?」
「お前は魔女だ。そして俺の唯一の友人だ。だから、お前にしか頼めない」
エーリッヒが祈るようにしてさらにうなだれた。
「たのむ、事実を作り替えてくれ」
この旅で人が項垂れるのを見るのは、もう飽きた。どいつもこいつも。人に頼るなよ。
あえて、わざとらしくため息を付く。
「エーリッヒ様。聞きたいことがあります」
「なんだ?」
エーリッヒが頭をあげた。
「灰被り嬢のご生母について教えてください」
エーリッヒが訝しげな表情をする。
「商家の娘だったと聞いているが。灰被りもよく覚えていないらしい」
「彼女はどのようにして結婚を?」
エーリッヒが顎に指先をあてる。
「それは…、恋愛結婚だったそうだ。素敵でしょう、と灰被りが話していたから覚えている。それがどうした?」
首を横に振る。
どうしても気になっていた。
灰被り嬢の実の母親。
それは、重要なキーポイントかもしれないと。
「もうひとつ、聞きたいことがあります」
「おう。なんだ」
「どうしてもあの娘がいいのですか?」
その言葉にエーリッヒが分かりやすいくらいに動揺した。
「な、なんで。彼女がいいに決まってるだろ」
「どうしても?」
「どうしてもだ」
「なぜです?」
「なんだと?」
「なぜ、彼女でなければいけないのですか?」
「お前、なに言って…。まさか、お、お前、俺のことを…」
エーリッヒがそそそ、と座ったまま体をそらす。一瞬、心底イヤそうな顔をした。
その反応に私も思わずげっと顔をしかめた。
「バカなことを言わないでください。ありえない」
「そ、そうだよな。わ、悪かった」
「とっとと質問に答えてくださいよ」
エーリッヒはしばらく考え込んだ後、おもむろに語り始めた。
「それは…、結婚をしろと言われたとき、ほんとうは誰かと一緒になるなんて考えていなかった。結婚は義務だ。楽しいものじゃない。俺には昔から互いを支え合っているような白雪とシャルルみたいな関係は築けないと思っていたんだ」
エーリッヒは彼らに憧憬でも抱いていたのだろうか。
「選択の余地があるのは幸運でも、本当の望みはそこにはなかった。どうせ選ばなければいけないのなら、だれを選んだって同じだと思っていた。だから適当に選んだんだ。容姿がきれいで条件が合っているならだれでもいいかって。でも、灰被りを知るうちに、その感情は変わった。彼女を美しいと思った」
一国の王子が訥々と、ただひとりの女性に向けて想いを語る。
「明るくて、朗らかで、よく笑うけど、なにかを抱えているように見えて、俺はたまらなくそれを知りたいと思った。そして彼女がほんとうの意味で俺を選んでくれたらいい、と」
その声は掠れて、哀切の響きをもっている。
「彼女をえらんだことで国をけっして危険にさらしたりはしない。だから、彼女といっしょにありたい。隣で笑っていて欲しい。彼女の代わりなどいないんだ」
代えることの出来ない存在。
そんな存在などあるのだろうか。
けれど、それを信じたい気持ちは分かるような気がした。
しばらくして、なんでお前相手にこんな話なんかしなくちゃいけないんだ、とアンツが毒づく。私だってべつにこんな話、聞きたくもない。
「それが彼女を壊すことになっても?」
「意味が、分からない。俺は、彼女を選んだ。彼女も俺を選んでくれると信じている。夫婦とは、そういうものだろう?」
放っておいてもいいことだ。
「俺と彼女の間には積み重ねて来たものは少ない。お前は俺を軽蔑するか?」
首を振る。
けれど私はそうしないだろう。
「私は断罪者ではありません」
他人に、人の人生を左右する権利などない。
けれど、他者に影響を与えない人間もまたいない。
私は、その先にあるものに興味がある。
権利なんて、義務なんてどうでもいい。
私は魔女なのだから。
「貸し、一つですから。代金の方は、友人料でお安くしときますよ」
エーリッヒが苦笑する。
「それは、ありがたい」
エーリッヒに右手を差し出す。
「願いを成就させましょう。その代わり、あなたに呪いを。彼女を選んだという事実を心底後悔するようなことがあったら、その時、あなたの命は呪いで散ります」
「一国の王子の命を要求するのか。がめついな」
「すべてを手に入れようとする欲張りにはちょうどいいとおもいません? それぐらいリスクを背負わないと」
エーリッヒは私の言葉に、上品で繊細な顔立ちに似合わない、挑発的な笑みを浮かべた。
「ああ、それもそうだな」
エーリッヒががし、と私の手を掴んだ。




