三十一話
そんなことになろうとは露知らず、栄養価の高そうな料理を私はひたすら口に詰め込んでいた。もちろん、できるだけ上品に。
王妃に挨拶はしたからいいのだ。これで。
アーノルドは忙しそうだし、ブランシュ王国の騎士団の面々もちらほら見かけるが、彼らは彼らで横のつながりというものがあるらしい。時折、嬢ちゃん、などと話しかけてくるが、混じるのもなんか違う。
私の髪の毛や爪を採集しようと企む令嬢に囲まれるのはごめんだ。
つまり積極的に料理を詰め込むに限る。
めったに高い料理なんて食べられないのだ。食べられる時に食べておこう。
「楽しんでいただけているようでなによりだ」
聞き馴染んだ声がした。
魔女に声をかける猛者がいる、と周囲の声が一瞬静まる。
この声はすでに聞き知っている。振り返る。
エーリッヒが真っ白な顔をした灰被り嬢を連れていた。化粧ではなく、血の気がひいて白くなっている。だいじょうぶだろうか。
二人はどうやら遅れてやってきたらしい。
声をかけた本人は気楽なものである。
「おかげさまで、たいそう、楽しゅうございます」
精いっぱい優雅にお辞儀をする。
明らかに皮肉だと分かっていながら、エーリッヒもまた王子の笑みを浮かべた。エーリッヒの場合は顔立ちにそれなりに気品があるから、ブランシュ国王と比べると、随分王族らしい。いや、向こうだってまごうことなき王なのだけれど。
「それはよかった」
しかし、目の方は本気で笑っている。
ふざけるな、と睨みつけると、ますますその目の笑みが深まった。笑い出してしまいそうなのをこらえているのだ。
「紹介しよう。灰被り。こちらがあの、稀代の魔女だよ」
そう名前だけ知れ渡っている私の通名を告げる。
灰被り嬢がスカートをつまんだ。
私も礼を返す。
「魔女殿にも紹介しよう。私の婚約者だ」
「ご紹介いただけて光栄でございます」
「お会い出来てうれしゅうございますわ」
お互い機械的に言葉を交わす。
一切、私に視線を合わせようとしない。
言葉の最後にちらりと灰被り嬢はうかがうように、エーリッヒを見上げた。
エーリッヒはそれに気がつくと、にこりとほほえんだ。
それを見て、灰被り嬢もようやく口元をほころばせる。
「どうだ。灰被りはうつくしいだろう」
エーリッヒが、挑発するようにこちらを見て笑う。
まるで、灰被りは自分のものだと誇示するような言葉だが、その言葉が選択したのは、美しい、という言葉を女性に向かって言えるのだぞ、と私に誇示したからというだけのような気もする。
どうやら、自分は灰被り嬢相手に照れているわけではない、という事を証明したいらしい。
しかし、その耳はうっすらと赤くなっているし、体はどうみても硬直している。
灰被り嬢は、それにまったく気がついていないようで、エーリッヒの言葉に照れて俯いている。そんな灰被り嬢の様子を見て、王子の目元もこれ以上ないくらいに垂れ下がった。
彼女の着ている、白いドレスと珍しいガラスのシューズはたしかに彼女の無垢さと花のような儚さを強調している。
その言葉に全面的に賛同してやった。
「ええ、ええ。おうつくしい。…そう、まるで王妃さまのようなお美しさです」
「いや、…すこし、いや、ぜんぜん違うだろう」
王子はまるで苦いものでも飲み込んだかのような顔をする。知るか。
「まあ、美醜は人によってちがうからな」
ふう、と息を吐く。
「あら、それはどういう意味かしら?」
王子に声をかけたのは王妃だ。
どうやらわざわざ自分の息子を見かけてやってきたらしい。
「自分の母親がとても見られたものではない、とでもいいたいのかしら。この息子は」
扇子で隠されているが、その口元はつりあがっているに違いない。目がほほ笑んでいるようで、ほほ笑んでいない。
エーリッヒは慌てて首を横にふった。
「いや、違うんだ母上。ただ、母上と灰被り嬢はタイプがぜんぜん違うということが言いたかっただけだ。二人ともうつくしいことには変わりない」
口から出てくる言葉の軽い事、軽い事。
「あら、そうなの。ならば、エーリッヒ、女性を褒めるときは、言い回しに気をつけなくてはね。あなたの大切な婚約者を傷つけることになりかねなくてよ。わたくし、灰被りのことを娘のように思っているのだから、いくら息子でも無粋な言葉で泣かせるようなマネをしたら許さなくてよ」
エーリッヒは口元を引きつらせて頷いた。
「もちろんです。母上」
「まったく男性ときたら、これだからいけませんわね」
と王妃が高笑いする。
それに付随して周りに笑いが上がった。
笑っているのは主に結婚しているような女性である。若い女性の中には悔しそうに顔をしかめて笑みが笑みになっていないのもいる。大方、エーリッヒに懸想でもしていたのだろう。男性にいたっては引きつった顔で笑みを浮かべていた。こちらは、身をつまされているか、女のくせに、と思っているに違いない。




